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第五章その4

『ここ横浜のスタジオからでも見えてきました! まもなくジェネシス彗星の破片が流星群となって地球に降り注ぎます。専門家によれば、破片の九割九部は大気圏で燃え尽きてしまうそうですが……大きな破片はそのまま隕石として落下するとのことです、この放送をお聞きの皆さん……頑丈な建物内、地下鉄や地下室、屋内に待避してできるだけ窓から離れてください!』

 唯はスマホのラジオアプリを起動させ、肩耳イヤホンで必死で動揺を抑えながら放送するFMラジオのニュースを聞きながら陽奈子に手を引っ張られ、江ノ島の岩屋洞窟を目指して走っていた。

 夜空を見上げると、一面覆い尽くさんばかりの流星群で思わず唯は立ち止まりそうになるが、陽奈子が激しく息切れしながら叱咤する。

「唯ちゃん! 最後まで……諦めないで!」

 唯は無言で肯く。

 最後の日まで走ってる江ノ電に乗って、江ノ島駅からすぐに走って江ノ島に向かい、弁天橋を突っ走り、弁財天仲見世通りを駆け抜けると、江ノ島神社正面に続く坂道を右に曲がると休日の昼間でも人通りの少ない下道に入る。

 そこなら石段を使わずにある程度ショートカットできる。

 昼間に観光客が行き交う道に出ると岩屋洞窟へと急ぐ、ここまで肺と心臓、筋肉を極限まで酷使してきた。石段を駆け下りると夜の海は思わず怖いと思うほど真っ暗だが、スマホのライトで道を照らして洞窟へと急ぐ。

 するとバッカニアで聞いた通り営業時間は終了したはずなのに鉄格子の扉は開いていた。

「ここまで来れればきっと大丈夫よ」

 陽奈子は迷う様子もなく中に入る。

「大丈夫だよね? 陽奈子」

 真っ暗で怖い、ここに落ちてきたら果たして岩盤が耐えられるのだろうか?

 バッカニアで聞いた話では、この前落ちた隕石群は地下駐車場を地中貫通爆弾(バンカーバスター)のように貫いたという。貫かなかったとしても崩落で閉じ込められたら?

 不安と恐怖に怯えながら振り向くと入り口が遠くなる、すると暗闇の洞窟の中で明かりがいくつもある。近づいてみるとこの洞窟に避難してきた人たちで一人、あるいは数人のグループで身を寄せ合い様々な表情で励まし合い、怯え、すすり泣いてる。

 命がかかった極限状態なのに唯はなんとなく、不思議と冷静に口にする。

「あたしたちと同じ考えね」

「うん、破片は夜明け前まで降り注ぐって……つまり陽が上ればきっと大丈夫だよ」

 陽奈子の言う通り、ラジオのニュースでもそんなこと言ってた。適当な場所に腰を下ろすと陽奈子は唯の肩に細い腕を回してくる。

「唯ちゃん、私も怖いけど……絶対に一緒に朝を迎えようね」

 その手は震えているが声は必死で抑えようとしてるようにも聞こえた。こんな自分を小さな身体で必死に守ろうとしてる、やっぱりこの子は強くて優しい子だ。

「陽奈子……あたしあの時、声をかけてよかった……最後の夏休みに……本音で話せる友達ができて……本当によかったわ」

「私も唯ちゃんと、大好きな友達になれてよかった」

「あたしも、陽奈子のこと……好きよ」

 今際になって気持ちを伝えるなんて、あたし馬鹿よね。唯は自嘲気味に微笑みながら身を寄せ合う。

 江ノ島に破片が落ちたのか洞窟が鈍く揺れ、砂がパラパラと少しずつ落ちてきてあちこちで短い悲鳴が上がった。



 身を寄せ合って怯える両親に構わず、直美は外に出て家の前で流星雨の空にはしゃいでいた。なんという、いろんな意味で図太い神経だと思いながら一敏は一緒に外に出る。

「見て見て一敏! 流れ星が多過ぎ! あり得なくない!? 適当に願い事しても叶うんじゃない?」

「どんな願いをするんだ? それ以前願い事しても朝まで生き残れなきゃ意味がないぞ」

 数秒後には破片がここに落ちてきて跡形もなく消し飛んでもおかしくないのに、一敏は苦笑しながらも、美咲のことが心の片隅にぽつんとあって気がかりだった。

 直美は今更後悔するようなことを言う。

「あーあ、こんなことなら学校行けばよかった。人類滅亡記念を口実にして馬鹿騒ぎもよかったのかもね」

「直美……一緒に町中走り回るのはどうだ?」

 一敏は提案すると、直美は振り向いて苦笑しながら訊く。

「走るってあんた、自転車でも持ってきたの?」

「いや、もっと速いものだ……親父がバイクショップをやってるからな……学校にも内緒で免許を取らせてくれたんだ」

 一敏は直美の家の近くに停めていたバイク――カワサキ・ニンジャ250を押して持ってくる。

 一敏の両親は湘南の元暴走族だ。現在はバイクショップを経営していて、店の手伝いという名目で学校が禁止してるアルバイトで貯めた金でこっそり免許を取り、バイクを買ったのだ。

「一敏! これまさか……一敏の!?」

「ああ、しかもただのカワサキ・ニンジャじゃない。名付けて……フランク・イェーガー号だ!」

 ただ単に灰色にカラーチェンジしてハイイロギツネを描いただけだが、親父が好きなゲームキャラクターの名前から取ったらしく、響きがいいから一敏はそのまま採用してしまった。

 自信満々に、自慢気に言う一敏に直美は苦笑しながら訊いた。

「うわぁ……だっさい名前……それでどこに行くの?」

 返事の代わりに一敏はイェーガー号のメットインから、予備のヘルメットを取り出してそれを直美に手渡す。

「美咲を探す、あいつスマホ持ってないし走り回って探すしかない」

「はぁっ!? あんたこの期に及んで美咲!? そっちの気でもあるの!?」

 直美は生きるか死ぬどころか、人類の存続に関わる状況下で美咲のことを口にして不満を露にする。

「あいつをこのまま放っておくわけにはいかない! 早く乗れ!」

 一敏は急かすように水冷DOHC4バルブ並列二気筒エンジン始動すると、直美は慣れない手付きでヘルメットを被って後ろに乗る、夢にまで見た好きな女の子のおっぱいの感触で背中が熱くなりそうだった。

「行くぞ、しっかり捕まってろよ! 絶対に振り落とされるな!!」

 一敏はイェーガー号を急発進させて制限速度ギリギリで住宅街を駆け抜ける、流星雨は時折燃え尽きずに藤沢市内のどこかに落ちては爆炎と轟音を響かせ、消防車、救急車、パトカーのサイレンが鳴り響いていた。

「一敏、やっぱり落ちてきたよ!」

「だろうな」

 畜生、辿り着けるのか? どこへかわからないが、止まっていられない。

 そう思った時、一敏の目の前に淡く青白い光を纏った啓太が現れた。

「啓太?」

 一敏は呆然としながら呟く、もうこの世にはいないはずなのに、啓太は頼もしげに笑みを浮かべながら右手を下から突き上げ、ついてこいとジェスチャーする。

 ついてこい? 読み取ると啓太も読み取ったのか、ニヤリと肯いてまるで見えない翼があるかのように宙に浮かんでる。

「直美……行くぞ!!」

 一敏は絶対に生き延びると腹を括って国道467号線を出ると、深夜にも関わらず雑多な車や人が道路の真ん中や端っこに停車している。

 きっとどこかに避難しようとしてたんだろう。

「ちょっと、まさかこの中を突っ切るつもり!?」

 直美は動揺した声を上げる、今夜は夜明けまで地球に安全な場所はない、上等だ。

 お前についていくぜ、啓太!

「当たり前だ、覚悟を決めろ!!」

 一敏はヘルメットの下で口元に笑みが浮かべ、躊躇うことなくアクセルを回して加速。

「ちょっと――いやぁああああああっ!!」

 直美は絶叫しながら振り落とされまいとしがみつく。

 一敏は啓太に導かれ、一瞬一瞬を瞬時に判断しながら歩行者、車、障害物を避けて時には突っ切り、時には急減速してやり過ごすとまた急加速。

「もうヤケクソよ!! いいいいやっほおおおおうっ!! 行っけえええ飛ばせ一敏!!」

 直美は発狂を通り越してヤケクソモードになったのか、ノリノリで叫ぶ。

 時には転けるギリギリまでの角度までイェーガー号を傾けて曲がる、やはり後ろに一人乗せると難易度が大きく違う。

 啓太がいなかったらもう一〇回以上クラッシュして死んでもおかしくない状況だ。

「いいぞ、その意気だ。直美と共に突っ走れ! 一敏!」

 一敏の頭の中に啓太の力強い声が響く。

 通った数秒後には後ろで隕石となった欠片が落ち、数人と車を巻き込んで吹き飛ばしたかと思えば、啓太が急に止まって手で止まれと合図すると急停止。

 するとその先に欠片が弾丸のように落ちてきて、あと数秒速かったら確実に直撃か巻き添えなんてこともあった。

 啓太に導かれ、国道467号線を南下、片瀬東浜海水浴場に面した国道134号線と合流する交差点が見えてくると、啓太は右に曲がれとジェスチャーする。

 行き先はまさか、一敏はハンドルを握り締めて交差点を曲がると啓太は交差点で左に曲がれとジェスチャーする。その先は神奈川県道305号線――通称:江の島線だ。

 やはり江ノ島か! 一敏はイェーガー号を江ノ島大橋に進入させると啓太はすぐ横を並んで飛ぶ。ありがとう啓太、導いてくれて。

「なぁに、俺もすまなかったと思ってる。直美のこと頼んだぜ」

「ああ、勿論だ」

 一敏は肯くと、直美は「啓太?」と呟いたが次の瞬間には啓太は夜空に向けて上昇していく。まるで天国に昇っていく姿そのもので一敏はイェーガー号を停止させ、空を見上げると流星雨は止んで流星の数は徐々に減っていった。

 ありがとう、啓太。お前のことはずっと忘れない、いつかまたあの世でな。

 啓太の冥福を静かに祈った瞬間、江ノ島に落ちてきた破片が江シーキャンドルを斜めに切り裂き、江ノ島大橋からでもハッキリ聞こえるほどギシギシと断末魔のような轟音を立てて倒壊した。

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