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第五章その3

 気が付くと僕は温泉浴衣姿で、和室にある大きな窓際の低いテーブルに置いてあるお茶を飲んでいた。月明かりの江ノ島がとても綺麗だ、お風呂から上がった彼女が温泉浴衣姿で戻ってきた。

「彗星でも探してるの?」

「えっ? ああ、いや……よく予約が取れたなと思ってね」

 僕は浴衣姿で火照った彼女に思わずドキッとして、窓の外に見える明かりを灯した江ノ島の方に目を逸らす。エーデルワイス団が現れてから、旅行に行く人たちも激増してホテルの予約が各地で困難になって、よく取れたものだと思う。

「うん、五月ぐらいから予約してたの。美咲君やみんなも湘南に行きたいって言ってたからね……実はね、予約した時から美咲君と二人になるの……意識してたの」

 美咲は「えっ?」と彼女を見る。赤い唇がとても妖しく、濡れた髪は艶やかで美咲は思わず舐め回すように爪先から顔まで見る。

 どこかで聞きかじった話だが浴衣姿の女性は下着を着ないことがあるという。

 美咲は心臓の鼓動を速めながら、心を落ち着かせようと温かい緑茶を飲み干して言う。

「意識してた?」

「うん、この日までに告白して恋人になるんだって、自分で決めたの」

 唇が艶かしく動く。上品に羽織と浴衣を着てるが、浴衣の下は生まれたままの姿だとしたら? 美咲は全身の血液がじっくりと弱火で熱せられたように熱くなる。

「そうか……僕の方から告白してくるって、考えてた?」

「ほんの少しね」

 彼女は頬を赤らめながら愛くるしい笑みで肯く、熱せられた僕は心臓の鼓動と温度が最高潮に達して理性が静かに崩れ落ちる。僕はゆっくりと立ち上がり、左腕を彼女の腰に回して抱き寄せた。

「美咲君?」

 僕の彼女は少し驚いた表情になるが、すぐほのかに頬を赤らめながら目を閉じて受け入れる意思表示を見せてくれた。僕と彼女は星明かりの江ノ島を背景に唇を重ねる、世界でただ一つしかない柔らかい感触。

 彼女を独り占めにしたいという独占欲が、僕を突き動かして何度も重ね続け、もっと求め合いたいという衝動に駆り立てられ、彼女の舌と絡み合う。

 一旦唇を離すと、糸を引いて目を合わせる。体が猛烈に彼女を欲しがっていた。

「××……どうしよう……抑えきれない」

「我慢しないで、私もよ」

 彼女の声は少し震えていて、思わず僕は両肩に手を乗せる。

「大丈夫? 嫌なら言っていいんだ」

「少し不安だけど……私は……美咲君のものになるつもりだから」

 本当に僕でいいのか? 理性と欲望が複雑に入り混じって両手が震える。僕はアイコンタクトで彼女が着ている羽織の紐に手をかけると、彼女はゆっくりと肯く。

 僕は覚悟を決めて紐を解き、羽織を脱がせるとそのまま床に落とす。そして僕は躊躇いを振り払って浴衣の帯を解くと、部長の胸元が広がって下着を着けてないことがわかる。

 まさか、最初からそのつもりで? 僕は思わず彼女を見ると、確信犯的な微笑みを見せた。つくづく策士だと思わず苦笑して、もう止める必要はないと僕は彼女の浴衣をはだけさせようと手をかけた瞬間、雰囲気をぶち壊さんばかりに入り口のドアが開いた。

「水前寺! 倒せない奴がいるんだ! 手伝ってくれ!」

 同級生の厳つい男子生徒がノックもせずにドアを開けてきた瞬間、僕たちは思わず大慌てで羽織を拾ってそれを彼女に着せてはだけた姿を隠す。

「××! ノックぐらいしろ! マジで心臓止まるかと思ったぞ!」

 完全に雰囲気をぶち壊しやがった! 飛行機で言うなら離陸時に機首を上げて地上から離れた瞬間にトラブルが起き、離陸失敗墜落炎上乗員乗客全員死亡だ。

「あっ、すまん……お取り込み中失礼しました」

「もう遅い、それで? どうしたんだ?」

 僕は用件を聞くと厳つい男子生徒は携帯ゲーム機を見せて言う。

「オンライン対戦してるだけどさ、こいつが滅茶苦茶強くて……水前寺、すまんがやってくれないか? みんなも集まってるんだ」

 僕は思わず溜め息吐いてどうする? と彼女に判断を委ねると彼女は苦笑していた。

「いいよ美咲君、みんなの所に行こう……時間はまだあるから」

「そうだな、まだ夏休みはある。二人の時間は作れるさ……先に行ってるよ」

「うん、私もすぐ行くわ」

 僕は彼女と笑顔で交わし、みんなが泊まっている向かいの部屋に行くと男子部員しかいなかった。嫌な予感がする、僕は思わず身構えると後輩の男子部員が素早く背後に回ってドアの鍵をかけて退路を断つ。

「ふっふっふっ……逃げられませんよ水前寺先輩」

 やっぱりな、僕は苦笑しながら諦めて適当な場所に腰を下ろすと、厳つい男子部員が早速踏み込んだ質問を投げかけてきた。

「なぁ水前寺、今さっき××とエッチしようとしただろ?」

「お前のせいで離陸失敗して墜落、大破炎上だがな」

「直前だったわけだな、コンドームを受け取らなかったのにやるとは侮れんな」

 厳つい男子部員は褒めてるのか貶めてるのかわからなかった。僕はいい雰囲気をぶち壊されて不機嫌になってると、女子部員二人と彼女が入ってきた。

 背の高い女子部員が部屋を見渡して言う。

「お待たせ、明日帰るから今夜はみんなで過ごそう。旅行中に不純異性交遊なんてあってはならないからね」

「もしかして××先輩、部長と水前寺先輩がエッチするのが羨ましくて妬んでるんですか?」

 後輩の女子部員が頬をほのかに赤らめながら訊くと、背の高い先輩の女子部員が真っ赤にして捲し立てる。

「ち、違うわよ! もし二学期の終わりに部長が妊娠したってなったらどうするのよ!? この前違う学校で一二人の女子がほぼ同じ時期に妊娠したって話し、登校日で聞かなかったの?」

「はい、だってあたし先生の話し聞き流す方ですから」

 後輩の女子部員は悪びれる様子もなく言うと、背の高い女子部員は呆れた表情になる。

 僕の彼女は恥ずかしげに頬を赤らめていて何も言えない様子だった。

 結局僕たちは文芸部員のみんなと携帯ゲームの対戦をしたり、アメリカの大統領をあしらったトランプで遊んだり、ボードゲームをしたり、彼女が僕との惚気け話をしたりして盛り上がった。

「皆さんは彗星が来なかったら将来何になりたいと思ってました?」

 後輩の女子部員が唐突に将来のことを聞く、もうすぐその意味がなくなるにも関わらず部長は微笑みながら答える。

「私は小説家かな? 物語を書くのは好きだし、もし生き延びることができたら沢山のエーデルワイス団の人たちから話を聞いて、物語を書こうと思ってるの」

「小説家というよりノンフィクション作家ですね、水前寺先輩は飛行機好きだからやっぱりパイロットですか?」

「そうだね、卒業したらパイロットになるための大学に行こうと思ってる」

 僕には大気を切り裂くように駆け抜ける戦闘機よりも、大空を優雅に飛ぶ大型旅客機の方が性に合う気がした。それなら自衛隊の輸送機や、対潜哨戒機もありかもと言われればそれまでだが。

「そして世界中の空を飛び回りたいんだ」

 僕はエーデルワイス団でもちゃんと勉強はしてる、もしかすると滅亡しないかもしれないし、生き延びるかもしれない。後輩の男子部員は少し沈んだ表情で僕を見つめる。

「先輩たち……ちゃんと将来のことを考えてるんですね」

 背の高い女子部員はエーデルワイス団の解散後のことを考えているのか、毅然とした態度でみんなに言う。

「当然よ。私たちエーデルワイス団は夏休みの終わりとともに解散する、その後は受験勉強や将来に向けた活動を再開するんだから……後に響くような真似は慎むべきよ!」

「××先輩は人類が滅ぶとは思ってないんですか?」

 後輩の男子部員が訊くと、彼女はハッキリ言う。

「五分五分だと思ってるから二つのケースに備えてるわ……彗星が地球に衝突して人類が滅びるか、それとも地球を逸れていつもの九月一日を迎えるかよ」

 その言葉は僕の心に焼き付きくかのように残った、もし滅亡しなかったら僕たちはどうなるんだろう? エーデルワイス団の解散後も、こうやってみんなと楽しい時間を過ごせるのだろうか?

 やがて日付が変わり、くたくたになった僕と文芸部部長は部屋で布団を並べて電気を消して寝る。

 仰向けになり、明日はみんなと離れて両親と合流して親戚と過ごす、一敏に話そう。もしかすると彼もエーデルワイス団を作ってるのかもしれない、それだったら面白いなと僕は思わず微笑んだ。

「ねぇ美咲君……まだ起きてる?」

「ああ……眠れないのか?」

 僕は手を伸ばしてその先に顔を向けると、彼女は身体を僕の方に向けていて伸ばした手を不安げに、だけど大切な宝物のように両手で優しく包む。

「うん、怖いの……美咲君が遠くに行ってしまうのが」

「僕もしばらくの間、君と顔を合わせられないと思うとね……でも、なるべく早く熊本に帰ってくるから、約束する」

「うん、約束だよ……美咲君」

 押し潰されそうな不安を堪えていたのか、彼女の声が震えていた。もしかしたら泣いてるかもしれない、僕は彼女の頬にそっと指を撫でた。

「泣かないで――」


「ゆうの……」

 名前を呼んだ瞬間、美咲は現実に引き戻されて煌めく星空に向かって叫んだ。

「ゆうううのぉぉぉぉっ!!」

 次の瞬間には美咲の頭の中からその名前は流星のように儚く消え、ボロボロと溢れ出る涙を流しながら自分に問う。

「あれ? 僕は……なんて叫んだんだ? あの子は……一人で大丈夫なのか?」

 思い出せない女の子の身を案じながら空を見上げると、夜空に流星がポツポツと現れ始めた。

 いよいよ滅亡の時がやってきて、そこら一帯――恐らくは日本中に全国瞬時警報システム(J‐ALERT)によって背筋が凍るような警報が鳴り響いてるのだろう。

 美咲は名前も知らない女の子のそばにいてやれない無力さに押し潰され、ただひたすら呆然と空を見上げていた。

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