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第五章その2

 一敏は自転車に乗って高校前駅近くの踏切から国道134号線を疾走する。こんな潮風を浴びながら自転車で走れるのは、今日が最後かもしれない。江ノ電に乗って向かおうと思ったが、待つ時間が惜しい。

 江ノ電の電車が一敏のそばを悠々と走り抜けて行く、まあいい一端家に帰り着いたら「あれ」の封印を解いてやる! 一年の終わりにバイク屋の手伝いで得た資金で買ったものだ。

「待ってろ直美!! 今度は必ず救いだしてやる!!」



 鶴田直美はカーテンを閉めきった薄暗い部屋で、啓太が幼い頃にプレゼントしてれた特大サイズの怪獣のぬいぐるみを抱き締めながらベッドの中で泣いていた。あたしはもう終わり、美咲をいなくなった啓太の代わりにして、酷いことをした。

 でももう今日で終わるわ、砕け散った彗星の欠片が地球全域に降り注ぐ。九割九分は大気圏で燃え尽きるとはいえ確実に落ちてくる、直美は早く夜が来てここに落ちて自分を啓太の所に逝かせてくれることを祈った時だった。

 インターホンが鳴り、母親が出ると話し声が聞こえる。すると階段をかけ上がる足音が近づいてくると、ドアを激しく叩く音が響いた。

「直美! 直美! 起きてるか!?」

 一敏だ、もうあたしのことはいいのに、あんなに拒絶したのにどうして? もうあたしのことは放っておいてって言ったのに。

「直美、俺のことはいくら罵っても構わない……だがこのまま今夜啓太の所に行ったら、あいつは喜んでくれると思うか?」

 そんなの誰にもわからないよ、だって啓太はもういない。あたしももう啓太の所に行ってもいいでしょ? だから放っておいてよ。

「直美……前に言ってたよな? 美咲を励ます時、誰だってみんな死ぬ。だけど死んだ後会いに行って精一杯生きたぞって胸を張って言えるようにしようって……俺はこの滅亡を生き延びたい、お前と一緒に生きたいんだ!」

 これじゃ告白じゃない、どうして性格悪いあたしなんかを? 陽奈子だってあんたに思いを寄せてるじゃない。直美は布団からゆっくり出てきてドア越しに訊いた。

「どうしてあたしなんかを? あたしなんかより陽奈子の方がいいわよ。あの子、あんたのことが好きなんだよ」

「ああ、知ってたし……さっき告白された。でも俺は……直美のことが好きだって紺野にはっきり言った……そしたらあいつ、俺の背中を押してくれたんだ!」

 一敏の口調に迷いは感じなかった。

「啓太に頼まれたからじゃない、俺は直美が好きだ。お前とこの滅亡を生き延びたい!」

 この熱血馬鹿、そんなこと言われたら本気で好きになるじゃない。ああ、そうだよね陽奈子が好きになるのもわかる気がする。

 直美は今まで一敏を邪険に扱ったことの罪悪感と、それでも自分を好きでいてくれる人がいることの嬉しさとありがたさが混じりあって、涙を堪えきれなかった。

「直美……泣いてるのか?」

 一敏の心配した声。そうよね、あんたの友達を心配させちゃ駄目だよね、ごめんね啓太。あたし、一敏と一緒にあんたの分まで強く生きてみるわ。

 直美は決意して扉を開けると、身構えてる表情の一敏に尋ねた。

「一敏、あんたに縋りついて……いい?」

「ああ、俺もお前に寄り添っていこうと思ってる」

 一敏は優しく抱き寄せてくれた。

 温かい。

 この温かさを知るまで、どれほどの時間を費やしてしまったんだろう? 傲慢で身勝手な自分のせいで、この温かさを持つ男の子を何度傷つけてしまったのかしら? でも、やっとわかったんだ。

 ありきたりな言葉だけど、あたしは……いいえ、人は一人では生きていけない。

 直美は一敏と抱き合い、この滅亡を生き延びる覚悟を決めた。



 学校の中庭で解散前夜祭が始まり、エーデルワイス団のメンバーが持ち込んだのかバーベキューセットで肉や野菜を焼いて食べたり、ジュースや烏龍茶を飲んで楽しく騒いだり、グラウンドで花火をしたりして遊んでいた。

 唯はベンチに座ってあの緊急の登校日、陽奈子に声をかけてからのことを香織に話していた。

「そうだったんだ、紺野さんって気の弱いイメージだったけど……強い子になったんだね」

「うん、それにしても陽奈子戻ってこないわね……LINEしても返事が来ないのよ」

 唯は始まってから陽奈子の姿が見えず、スマホを見ても既読の表示がなかった。香織は物怖じせずに最悪のケースを口にする。

「紺野さん灰沢君に振られたかもね」

「まさか、そんなことあるわけないよ」

「でも最悪のケースを考えた方がいいわ、エーデルワイス団できたのも最悪のケースを考えてできたからだと思う」

 香織の言う通りだ。エーデルワイス団は今回の滅亡における最悪のケースを考え、作られたものだ。唯はすぐに行動を起こすため立ち上がる。

「香織、あたし陽奈子を探してくる」

「うん、それがいいよ。二学期になったら紺野さんと遊んでみたいわ」

「ありがとう香織、必ずまた、みんなでね」

 香織は微笑んで肯き、唯は礼を言って走り出した。校舎内に入り、陽奈子を探すがすぐに見つかれば苦労しない。唯は思いきってスマホを取り出して電話をかける、幸いすぐに出てくれた。

『……唯ちゃん?』

「陽奈子! 今どこにいるの?」

『……高校前駅、私ね……やっぱり駄目だった』

 最後の方は声が震え、今にも泣き出しそうだった。

「待ってて、すぐに行くから」

 唯は返事を聞く前に電話を切って走り出し、学校を出る。坂道を駆け降り、校庭で打ち上げられる花火が果てしなく遠く聞こえる。陽奈子、失恋したからって馬鹿な真似するんじゃないわよ! 息切れしながらあの踏切まで走ると、人影がぽつんと立っていた。

 そこは唯が陽奈子を追いかけて声をかけ、全てが始まった場所だった。

「陽奈子……」

 次にかける言葉がないことに気付いて途切れる、陽奈子は外灯の明かりの下で立って背を向けていた。

「唯ちゃん……私、灰沢君に振られちゃった……灰沢君……優し過ぎるよね?」

「その優しい灰沢君に、陽奈子は惚れたんだよね?」

「うん……でも灰沢君は……直美ちゃんのことが好きだから」

 背を向けたままの陽奈子は声を震わせてる、唯は意を決してゆっくり歩み寄る。

「陽奈子……あたしはあなたを、一人にしないわ」

 唯はゆっくりと両腕を斜めに広げると、陽奈子は肩を震えさせながら振り向いた。

 陽奈子は大粒の涙を流していた、それでも必死で止めようと表情を強張らせている。

 陽奈子は強い子だ、だけど――唯はゆっくりと優しく包むように抱き締める。

「我慢しなくていいよ」

「唯ちゃん?」

「陽奈子が一人で泣いてるのに、放っておける訳ないじゃない」

「うっ……うっ、うう……」

 陽奈子は唯の胸の中で泣きじゃくり、泣き止むまで優しく撫でてあげた。残された時間は少ない、彗星の欠片となった流星群の襲来まで残りあと二時間を切ってるだろう。



 美咲は一人、夜の江ノ島を歩いていた。サムエル・コッキング苑の前でベンチに座り、星空を見上げていた。既に営業時間も終わって江ノ島シーキャンドルは灯台として光を放ちながら回ってる。

 あの日以来、ただ惰性のように過ごして今日を迎え、江ノ島を一人ブラブラしていた。昼間は最後の日であるにも関わらず、いつものように賑わいを見せていたが、まるで美咲は一人取り残された気分だった。

 あの子も、僕と同じようにこうして待ってるのかな? 星空を見上げた時、意識が遠くなった。思い出してももう、意味ないのに……。

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