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第五章その1

 第五章、この滅亡から生き残れ!


 海水浴から数日、遅咲きのエーデルワイス団は全員揃うことなく、八月三一日を迎えていよいよ今日、最後の日がやってきた。

 唯たちの通う高校のエーデルワイス団が解散前夜祭をやるということはバッカニアで知った。それもここだけでなく全国各地の学校に広がってるという。

 唯は制服を着て夕暮れの高校前駅で陽奈子と合流すると、学校に続く坂道へと歩く、この綺麗な夕暮れの江ノ島を見るのも、最後かなと思いながら訊いた。

「陽奈子……灰沢君来るって言ってた?」

「うん、来るっては言ってたけど……水前寺君は来ないって」

「可哀想だよね……記憶を失くして一人ぼっちだなんて」

 短期間とはいえ一緒に遊んだ友達だ、何もしてやれないのが悔しくて自分が許せない。陽奈子も話すことさえ辛いのか、話題を逸らそうとする。

「何もできないって辛いよね、直美ちゃんはどうしてる?」

「LINE送ったけど、全然返事が来ないの……灰沢君から聞いたんだけど、羽鳥君を亡くして水前寺君に出会う前に戻っちゃったって」

 あの隕石群の翌日、緊急の登校日を終えて唯はこの踏み切りで陽奈子に声をかけた。

 それが始まりだったが、あまりにも遠いと唇を噛む。

 あの日はもう二度と戻って来ない、つまりこの時も今しか存在しないのだ。


 高校の校門を通って校内に入ると、校庭では男子生徒たちがシャツとズボンを砂だらけにしてサッカーしていて、あちこちの教室ではエーデルワイス団のメンバーらしき生徒たちが楽しそうに話して盛り上がっていた。

「あれ? 唯じゃん!」

 後ろから自分を呼ぶ声がして振り向くと、坂崎香織がこの前と変わらないノリで挨拶してきた。

「か、香織……どうしてここに?」

「どうしてって……聞いたよ、紺野さんに声かけてエーデルワイス団を作ったんだって?」

 唯の背筋に緊張と呼ぶには生温い電撃が走る、あの日衝動的にやったとはいえ香織たちを差し置いてエーデルワイス団を作り、いろんな所に遊びに行って本音を言い合える陽奈子や直美と過ごしたのだから。

 唯は一瞬でも、僅かでも動揺を見せないように愛想笑いしながら訊いた。

「あれれ? どうして知ってるのかな?」

「いつだったかな? 紺野さんがクラスメイトと言い合いしてたところ見たのよ、江ノ島に行く橋で」

 弁天橋で陽奈子がいじめっ子を撃退した日だ、その時エーデルワイス団だと公言している、唯は絶体絶命だと全身から冷や汗が滲み出そうになる。

「それでさぁ、みんなで話して決めたんだ。唯がエーデルワイス団を作ったなら……あたしたちもエーデルワイス団を作ろうって」

「えっ?」

 唯は思わず耳を疑った、香織たちもエーデルワイス団を作った? 香織は申し訳ないって表情で謝る。

「ごめんね。あたしたちもエーデルワイス団を作ったの、まあやることは対して変わらなかったし……唯も誘おうと思ったけど、言い辛くてさ」

「い、いいのよ香織! あたしも香織たちに言わずエーデルワイス団を作ったんだから」

「それにしても意外だよね、紺野さんと唯ってまるで正反対なのに」

 香織はちょっと羨ましげに微笑みながら陽奈子に目をやると、陽奈子は誇らしげな笑みを見せる。

「唯ちゃんがあの時……声をかけてくれたから……勇気をもらったの」

「そうか、紺野さんって灰沢君のこと好きなんでしょ?」

 香織はニヤけた表情で言うと、陽奈子の顔が瞬時に真っ赤になって頭からポンと水蒸気が噴き出す。香織は気に入ったのかニヒヒと笑みを浮かべながらおちょくる。

「ああ照れてる照れてる! 超可愛い!」

「わかる香織? 陽奈子って照れたり笑ったり表情豊かで超可愛いのよ!」

 唯は思わず裏返った高い声でもう抱き締めたいと体で表現する。すると夏服姿の一敏が空虚な表情で自転車を押して校門に入ってきた。

「あっ、おーい灰沢君!」

 唯はいつものノリで声をかけるが、唯たちに会釈だけして通り過ぎようとしてる。隣には直美がいない、陽奈子によれば一敏は今まで以上に拒絶されたらしい。

 あの馬鹿……親友の好きな男の子をあんな風にしやがって! 唯は思わず怒りを胸に秘め、微笑みで隠しながら陽奈子をたぶらかす。

「やっぱり元気ないね灰沢君……陽奈子、直美が拒絶するなら……今がチャンスよ」

「えっ!? でも……」

「明日の今頃には全員死んでるかもしれないのよ、今しかない今を悔いのないように過ごす。それがエーデルワイス団でしょ?」

 唯は陽奈子に発破をかける、これでいいんだ。灰沢君と陽奈子が結ばれればほんの少しだけど、人類の存続に貢献できるかもしれない。

「うん、ありがとう唯ちゃん!」

 陽奈子は決意と覚悟を決めた表情で肯くと、一敏の後を追って唯は寂しげにその背中を見送った。



 校舎に入った陽奈子は決意を固めて一敏を探すと、三年一組の教室ですぐに見つかった。

 他の教室にはそれぞれのエーデルワイス団のメンバーたちが楽しそうに笑ったり、時にはお互いに感謝の言葉や、この前の隕石群で亡くなったメンバーを想って涙する生徒もいた。

 廊下には走るなという決まりなんて、どこ吹く風と言わんばかりに鬼ごっこしてる生徒とすれ違い、グラウンドには野球したりサッカーで遊んでる生徒もちらほらいた。

 だが一敏のいる場所だけ、まるで違う世界にいるような感じだった。


「紺野! お前本当は生きたかったんだろ! 学校にお前の居場所がないなら、一緒に探してやるから!」


 陽奈子はあの日、江ノ島の稚児ヶ淵で助けてくれた男の子が、今はやつれた表情で席に座ってる。今度は私が助けるんだと陽奈子は教室に入る、不思議なことに一敏以外誰もいなかった。

 もしかすると、この前の隕石群でメンバーを亡くした子かと思われたのかもしれない。陽奈子は一敏に優しく声をかけた。

「灰沢君……水前寺君と直美ちゃんは?」

「来ないって、悪いが紺野……一人にしてくれ」

「そんなの……できる訳ないよ」

 陽奈子は一瞬躊躇った口調になってるのを自分で気付き、凛とした声を響かせると、一敏はやつれた表情のまま顔を上げた。

「今の灰沢君、あの時の私と同じよ! 灰沢君を一人になんかしたくない! だって――」

 陽奈子の言葉は一度途切れて躊躇うが、それを振り払って大声で言い放った。


「私、灰沢君のことが好きだから! 一緒に夜を越えて朝を迎えたい!!」


 誰かに聞かれるんじゃないかと思うくらい我ながら大胆な告白だ。心臓が弾けるんじゃないかと思うくらい、陽奈子の心臓が脈を打っていた。

 教室に沈黙が流れる、一敏はまるで微かな希望を見出だしたかのように見つめている。

「なんとなく……知ってた、紺野が俺に思いを寄せていたの」

 陽奈子は自分を必要としてると胸が高鳴る瞬間、一敏は空虚な笑みを浮かべた。


「でもごめん、美咲にあんなことしても……それでも俺は、直美が好きなんだ」


 陽奈子はなんとなくわかってた、一敏が直美に邪険に扱われても見放さなかったのは彼女が好きだからと、でもそれを意識に上らせることさえ目を背けていた。陽奈子は唇を噛み締め、今にも溢れ出てきそうなものを必死で抑える。

「なら……ここで燻ってる暇なんてあるの?」

「紺野?」

「直美ちゃんのことが好きなら、今すぐ行ってぶつけてきなさいよ!! ウジウジしてるくいらいなら、全力でぶつかってきてよ!! まだ間に合うわ!!」

 陽奈子は彼に寄せた恋心と決別し、振り払うつもりで叫んだ。誰かに聞かれていても構うものか! 一敏は目を丸くする。

「灰沢君、言ってたよね? 一緒に居場所を探してあげるって、あの日……結局見つからなかったけど……作ることはできたわ!」

 陽奈子は声が震えてしまわないように捲し立てる、もういつ崩れ落ちてもおかしくなかった。

「そうか、あの日々は……無駄じゃなかったんだな」

 一敏は席から立ち上がり、目を伏せてゆっくりと開くと瞳に覇気が戻ってた。

「ありがとう紺野、もう迷わない……直美の所に行ってくる!」

「うん、頑張って!」

 陽奈子は精一杯の笑顔で肯くと、一敏は少し心配した表情に変わる。

「紺野……お前は大丈夫か?」

「うん、私は唯ちゃんと過ごすから寂しくないよ!」

「すまない、ありがとう!」

 一敏は礼を言うと教室を飛び出し、陽奈子はその背中を見送った。

 静かな教室に一人残された陽奈子、外には楽しそうに遊んでるエーデルワイス団のメンバーや、今日知って飛び入り参加した生徒たちの歓声や掛け声が遥か遠くに聞こえた。

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