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第四章その4

 みんなに迷惑かけちゃったけど、嬉しかったな……陽奈子に大好きって言ってもらえて。

 唯はパラソル付きのデッキチェアーでスポーツドリンクを飲もうと起き上がると、陽奈子が小走りでかき氷を買ってきた。

「お待たせ唯ちゃん、買ってきたよ」

「ありがとう陽奈子、悪いね面倒かけちゃって」

「いいのよ、でもすぐに鼻血が止まってよかった……でもどうして出たんだろう? 熱中症とは違うみたい」

 陽奈子は首を傾げながら言う。


「私も、唯ちゃんのこと……大好きだよ」


 陽奈子にあんな無邪気な笑顔で言われてあたしの中の箱根山か富士山――いや、マントルプルームが地殻を突き破って破局噴火を起こし、二億五〇〇〇万年前の古生代ぺルム紀の大絶滅を再現するんじゃないかと思ったくらいだ。

 もうね、イッちゃうなんてレベルじゃない、陽奈子の子供を産みたいっていうくらい処女懐胎するかと思ったわ。とはいえ唯は陽奈子に申し訳ないと思いながら笑顔で誤魔化す。

「あ……あたしはもう大丈夫だよ、一緒にかき氷食べよう」

「うん、私も唯ちゃんもいちご味! お揃いだね!」

 できれば違う味で食べあっこして陽奈子と間接――いや、もうその柔らかそうな唇をほひひひ……。唯は抑えがたい衝動を抑えながらかき氷を口にする、いかんいかん、かき氷食べて頭冷やそう。

 そう思ってた時、唯は陽奈子の視線に気付いて見ると、羨望の眼差しで見つめていた。

「いいな唯ちゃん、胸大きくて」

「結構不便よ、男子からはいやらしい目で見られるし……肩は凝るし」

「私も唯ちゃんとまではいかなくてもいいから……大きかったらな」

 陽奈子はしょんぼりする、ものの見事にフラットトップレシーバーで大きい子には大きい子、小さい子には小さい子なりの悩みがあるんだな。ああ、この表情を見せる陽奈子も可愛過ぎる。

「そんなにしょぼくれないの、それに灰沢君は胸で判断するような男の子じゃないわ」

「それはわかってるけど……もう少し大きかったらな」

 陽奈子はジッともの欲しげにに見つめる子どものように、唯のはちきれんばかりの乳房を見つめる。あってはいけないけど、もし陽奈子が泣いてたら抱き締めて上げるわ! この、自慢のおっぱいで!

 そしてその後はベッドに連れ込んで、押し倒して、生まれたままの姿にしてほひひひひひ……いかんいかん、妄想が過ぎるわ。

「落ち込んでもしょうがないわ、それにあたしは今のままの陽奈子が大好きよ」

 いやだもう!! さりげなく好きって言っちゃった! どうしよう、気持ち悪いなんて思われてないかな? 待てよ、蔑むような目とか、ドン引きされるような眼差し……それはそれでたまらないかも。

「ありがとう、なんの取り柄のない私を受け入れてくれた。唯ちゃん、私も大好き」

 陽奈子は嬉しそうに満面の笑みを見せると、もうここで押し倒して一線を超えたいという衝動に襲われた時だった。

「直美、やめろ!! それを返せ!!」

 一敏の悲鳴に近い声がした方を見ると、直美は何かを握り締めて砂浜を走る。立ち止まったと思った瞬間、手に持ってるのは小さなプラスチックケースで、中の物が太陽の光に反射してる。

 直美はそれを素早く取り出し、一瞬忌々しげに見つめると、大きく振りかぶって思いっ切り投げた。それは一瞬、太陽の光を反射したかと思った瞬間波の中に消えてしまった。

「はぁ……はぁ……あんなものが……あるから」

 直美は息を切らしながら忌々しげに相模湾の果てに目をやる。

「なんてことをしてくれたんだ……直美」

 追いついた一敏の表情は青褪め、美咲の顔は絶望に満ちていた。何をしたかわからないが、直美はきっととんでもないをやらかしたに違いない。唯は立ち上がって美咲の所に歩み寄ろうとすると、一敏は直美に静かに声を荒げた。

「なんてことしてくれたんだバカ野郎、そんなに美咲の記憶が戻って欲しくないのか?」

「戻ってもどうしようもないのよ、戻ったところであたしたちに何ができるの? 何もできないわよね?」

 直美は悲しく空しい笑みで首を横に振ると、唯は直美が投げ捨てたものは記憶を取り戻す鍵だと確信した。そして陽奈子も同じ考えなのかキッとして唇を噛んで歩み寄り、直美は空虚な眼差しでみんなに目を配る。

「だったらさ、もうこのままみんなで最後まで楽しい時間過ごそうよ、一敏だってわかってるはずよ……啓太を亡くした時の悲しみを、せっかくみんな集まったのに美咲が欠けてしまっちゃ――」

 甲高く乾いた小さいが、通るような音が砂浜に響いた。唯はただ呆然と見ているしかなかった。

 ついこの前までいじめられっ子で内気な陽奈子が、毅然とした表情で直美の頬を引っ叩いたのだ。直美は呆然とした目で叩かれた左頬を手にやってただ見つめ、周りの人たちも何事かと視線が集まる。

「直美ちゃん、今自分がしたこと……わかってるの?」

「なによ、あんた……何が言いたいの?」

「今……水前寺君と彼女さんだけの、大切な宝物を投げ捨てたんでしょ!」

 陽奈子は人目を憚らず、美咲にも聞こえるような声で言い放って反論させないと言わんばかりに追い討ちをかける。

「水前寺君、記憶を思い出すたびにどうして泣いてたかわかる!? 心を通わせた女の子を思い出せない、必死で思い出そうとしてるのに思い出せない……だから泣いてたのよ!」

 陽奈子の口調は容赦なかった、動揺を露にする直美に更に捲し立てる。

「水前寺君には好きな女の子がいて、その子も水前寺君のことが好き……前にも言ったよね? 人を好きになるのは沢山の偶然と奇跡が重なってできた賜物だって、そうしてできた思い出はかけがえのない一生の宝物なのよ」

 思い出、それは自分と親しい人と永遠に共有できる宝物、唯の心に突き刺さる言葉だった。陽奈子はまだ喋るのをやめない。

「直美ちゃんはそれを……いとも簡単にゴミとして捨てたのよ!! こうしてる間にも水前寺君の彼女さん、残り少ない日々の中で……必死に不安に耐えながら、生きて帰ってくるって祈りながら待ってるかもしれないんだよ!! 水前寺君の気持ちを考えてあげてよ、それがエーデルワイス団の――」

「もういいんだ」

 美咲の一言で陽奈子は目を見開いて止め、呆然と見つめる。美咲の瞳に憤怒や憎悪なく、穏やかで悲しげな微笑みで直美を見つめる。

「鶴田さん……ごめん、僕は……羽鳥君の代わりなんてできない。一敏から羽鳥君がどんな人か聞いたよ、明るくて優しくて頼れる人……僕とは正反対だ」

「美咲……お前」

 一敏は呆然とした表情で美咲を見つめる、すると美咲は爽やかな笑顔になる。

「一敏、みんな……今まで本当にありがとう、僕はもうエーデルワイス団を抜ける……一敏、僕のことは気にせずエーデルワイス団を楽しんでくれ」

 美咲は踵を返して海の家へと歩いて、やがて姿が見えなくなった。

「あたしも、今日はもう帰る」

 少し時間を置いて直美も俯いて帰り、一敏も青褪めた表情で「俺も」と直美の後を追って帰って行った。


 海水浴場には唯と陽奈子だけ残された。唯は何もできず、直美のことも見て見ぬふりして、気付かないうちに都合のいい時だけ陽奈子を可愛がることで逃げた自分が許せなかった。

「ごめんね、陽奈子……何もできなくて」

「唯ちゃんは悪くないよ……だけど灰沢君も……水前寺君も優しすぎるよ」

 陽奈子は声を震えさせていた。今すぐ抱き締めてあげたかった、だけど今の自分にそんな資格はない。


 遅咲きのエーデルワイス団はバラバラになったまま八月三一日を迎えた。

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