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第四章その3

 そして僕たちは午後五時前まで遊び倒し、海の家で着替え終えると昨日から泊まってる江ノ島の見える旅館へと向かう。前で歩いてる文芸部のみんなは僕たちに気を遣ってるのか、自分達だけで会話を楽しんでる。

 厳つい男子部員はタンクトップに半ズボンにサンダルと、地元の人間と間違えられそうだった。

「ああ死ぬほど遊んで日焼けしたな」

「先輩、朝に比べて真っ黒ですよ」

 後輩の女子部員が無邪気に笑いながら言う。僕と彼女はいつの間にか手を繋いで海岸線を歩いていた。

「今日も楽しかったね美咲君」

「ああ、くたくただよ……今夜はぐっすり眠れそうだ」

「あの子たちが寝かせてくれないと思うよ」

 僕の彼女の視線はふざけ合いながら前を歩いてる男子二人に向く、美咲はふと一敏のことを思い出した。

「なぁ××……僕はあいつに……一敏にエーデルワイス団のことを教えればよかったのかもしれない」

「親戚の灰沢一敏君のこと? 前に話してたね」

 いつの時期だったか思い出せないが僕は彼女に一敏のことを話してたらしい、まだ付き合ってると話してないが。

「あいつ……三日前から一週間、受験合宿に連れて行かれたって……曰く、親が勝手に申し込んだらしい。さっきLINE見たら……みんな死んだ魚みたいな目をしていたって」

 一敏には同情する。人類最後の夏休みを快適な牢獄の中で過ごさなければならない、いやむしろそれが受験生の夏休みのあるべきことなのだ。

 ジェネシス彗星が来なければ、僕も彼女も一緒に勉強漬けの日々だった。

 僕の彼女も重く、沈んだ口調になる。

「あんまりだよね、最後の日々でさえ自分がどのようにして過ごすかを……決めることさえ許されないなんて……」

「だからあの事件が起きたんだと思う、でも……エーデルワイス団のおかげで決して少なくない数の人たちが救われたと思う」

「二度とやってこない今年の夏休み、自分たちの手で後悔なく――いえ、何もしないで諦めて後悔するより、みんなで精一杯頑張って失敗して後悔した方がいいわ……それがいつか、経験してよかったって言える日が来るってお祖母ちゃんが言ってたわ」

「そうか、そう言える日が来るのかな……僕たち」

 ニュースで彗星破砕作戦が報道されていたが、果たして成功するのだろうか? でも、もし成功してしまったらエーデルワイス団の存在意義はどうなるんだろう? いや、どの道エーデルワイス団は夏休みの終わりと同時に解散する。

「きっと、来ると思うわ……夏休みの終わりの滅亡を生き延びることができたらね」

 彼女の眼差しは真っ直ぐだった、僕はその瞬間気付いた。

 僕はこの子と生きたい。例えこの夏が終わって世界も終わってしまっても、来年の今頃が夏の来ない、あるいは蝉の泣かない八月になっても、僕は思わず彼女の手を握った。

「その時は僕も……君の隣にいたい」

「私も、八月三一日の夜は……美咲君と過ごすわ!」

「二人っきりでね、その時の君は……エーデルワイス団代表でも文芸部部長でもなく、僕のたった一人の彼女としていてくれる?」

 僕は自分でも引くくらいクサイ台詞を言うと、彼女は素直な笑みで肯いた。

「勿論よ、美咲君は私にとって……ただ一人の王子様よ」

「王子様って……小説というより少女マンガみたいだよ」

「私だってマンガ読むわよ、投稿したの……普通の女の子と異国の王子様の恋物語なんだから」

 ロマンチストな僕の彼女は照れ臭そうに微笑み、やがて僕の意識は現実に引き戻された。


「――来たことがある、この場所で僕は……あの子と遊んだんだ」

 美咲は涙を流しながら片瀬東浜海水浴場を見回す。そう、ここがあの子や文芸部の仲間たちと過ごした場所だ。目の前に浮かぶ江ノ島、もう一度あそこに行けば何か思い出せるのかもしれない。

 一敏は確信したかのような表情で訊く。

「思い出したか美咲」

「ああ、君のことも話したよ……勝手に受験合宿に連れて行かれたこと」

「嫌なことを思い出させてくる、なぁ……直美」

 一敏は苦笑しながら視線を直美にやると、彼女も頭痛そうに表情を歪める。

「あれは地獄だったわ……エーデルワイス団のことは聞いてたけど、まさか本当に存在して自分もその一員になるなんて夢にも思わなかったわ」

「あたしもよ……でも、そのおかげで直美が立ち直ってくれたし、何より陽奈子と友達になれた」

 唯は横目で陽奈子を見つめてウィンクすると陽奈子も嬉しそうに微笑む、なんかこの二人親友以上の関係かもしれないと思ってると、直美は引いた眼差しで唯に指摘する。

「ねぇ唯、あんた陽奈子と最近仲いいけど……仲良すぎじゃない?」

「い……いいじゃない、あたし陽奈子のこと大好きなんだから」

 唯は頬を赤らめながら目を逸らす、一見すると男と遊んでいそうな見た目に反して女の子が好きなのか?

「私も、唯ちゃんのこと……大好きだよ」

 陽奈子はまんざらではないのか、それとも友達としてなのかはわからないが、無邪気な満面の笑みで肯くと唯は表情が固まった。真っ先に異変に気付いたのは直美だ。

「あれ? ちょっと唯どうしたの? もしもーし」

 直美は唯の前で手を振るが、反応しない。まるでフリーズしたハムスターみたいだと美咲は首を傾げる。

「奥平? おい、どうした?」

 一敏も声をかけると唯の鼻からたらりと血が垂れ、ゆっくりと両膝付いて倒れようとしてるのか徐々に海面下に沈み、一度止まったかの思ったら後ろに傾斜して沈もうとする。

「わぁあああ唯ちゃん! 大丈夫!? しっかりして!」

 沈もうとする唯を陽奈子は細い腕で支えようとする、そして唯の表情はまるで全てをやり遂げて満足して死んでいった人のような笑みを浮かべていた。

「沈めるな! おい、ライフセーバーを呼べ!!」

 一敏は動揺しながらも陽奈子と唯を支え、砂浜に引き上げていった。


 唯をパラソル付きのデッキチェアーで休ませ、陽奈子が献身的にスポーツドリンクを買って一緒にお喋りを楽しんでいた。幸い出血はすぐに止まり、唯曰く嬉し過ぎてもう死んでいいと思ったという。

 美咲はその間、一敏と直美にさっき見たフラッシュバックを話せるだけ話すと、一敏は羨ましげに言う。

「そんなことを話してたのか、受験合宿の時にエーデルワイス団の噂は流れていたが……」

 すると、直美も思い出したかのように話す。

「実はあたしと同じ部屋の子……エーデルワイス団だったの、半信半疑で聞いてたら活動してることがバレないように敢えて参加したんだって……あたし、その子に貴重な一週間なのに? って聞いたら……その子、七月から活動してたの……もう十分過ぎるほど思い出を作ったって」

 直美の表情はとても羨ましそうだった、もしかしたら嫉妬してるのかもしれない。そして一敏は脱線しかけた、話しを戻す。

「実はな今日、ここの海水浴場に選んだのには理由があるんだ」

「美咲の記憶に関わること?」

 直美は構えたような表情になる。一敏は少し間を置いて「ああ」と肯く。

「美咲、お前は確かこの前の隕石落下でスマホを無くしたんだよな?」

「ついでに記憶もな」

 美咲は自嘲気味に言うと、一敏は鞄から小さな透明のプラスチックケースを取り出してテーブルの上に置いて美咲はそれを見つめる。

「実はなお前の鞄を見つけた時にはもう壊れていてな……最初は途方に暮れたが、マイクロSDは奇跡的に無事だった」

「それってもしかして!」

 直美は目の色を変えてプラスチックケースの中身を見つめる、中に入ってるマイクロSDで美咲はまさかと思いながら顔を上げる。

「ああ、ここの海水浴場にお前と彼女と一緒に写ってる写真があった。江ノ島を背景にな、お前は彼女とここに来ていたんだ……あとはお前自身で確かめろ」

 美咲は思わず唾を飲み込んでそれに手を伸ばす、この中にあの子の思い出が詰まってる。これは僕の記憶を取り戻す鍵でもあり、かけがえのない宝物が入ってるんだ。

 美咲は希望を掴もうとした瞬間、直美の悲鳴に近い声が響いた。

「待って!」

 美咲は手が止まり、直美は立ち上がる。彼女の表情は明らかに動揺していた。一敏も驚きを隠せずに焦った口調になる。

「どうしたんだ直美、これさえあれば美咲は記憶を取り戻せるんだぞ!」

「わかってるよ、けど美咲……あんた記憶を取り戻したらどうするつもり!?」

 直美の問いに美咲は迷わず答える。

「その子に会いに行く、そしてその子と……最後の瞬間を迎える」

「今からでも行けると思ってるの? 調べたんだけど、この前の隕石群で九州の交通網はズタズタよ。鉄道も道路も規制が敷かれて、熊本空港はまだ閉鎖が続いてるし……近隣の空港に向かう飛行機も、新幹線も満席状態よ」

 確かに直美の言う通り、西日本では交通規制が続いてるが行けないことはない。だから美咲は躊躇いも迷いもなかった。

「歩いてでも、這ってでも、僕はあの子の所に帰りたい」

「じゃあそれまでに辿り着けなかったら? 辿り着けたとしても、その子が亡くなっていたら? どの道、ここを離れたら……美咲は一人になっちゃうよ」

 直美は脅してるかのようで、一敏は汗を滲ませながら必死で反論する。

「何を言ってるんだ直美! 美咲はエーデルワイス団の仲間だ。尊重してやるのが仲間だろ!」

「そうよ美咲は大切な仲間よ、だからこそ……一人ぼっちで滅亡を迎えてほしくないの、一人っきりになるって一番辛いことよ」

 直美は美咲の心を貫くような眼差しと声音だった。美咲の心の奥底にある不安と恐怖が、地の底から上昇してくるマグマのように心を引き裂いて噴き出しそうだった。

「あの子が……もうこの世にはいない」

「直美!! こいつは両親を亡くしたばかりだぞ、どうして不安を煽るようなことを言うんだ!? 美咲、例えあの子がもうこの世にいないとしても、忘れたままでは浮かばれない……向こうで会えるさ、だから――」

 一敏が視線をプラスチックケースに落とした瞬間、 直美はまるで獲物を捕まえて飛び去るトビのようにそれを取り、海岸の方へと走ると一瞬遅れて一敏も追う。

「おい! 何をするつもりだ!! やめろ!!」

 その瞬間、美咲は彼女が何をするのかわかった。やめろ!! あの中には僕とあの子の宝物が入ってるんだ! 美咲は全身から寒気が襲った。

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