第四章その2
外に出ると相変わらず容赦ない日差しと、そこら中に蝉が鳴いてるがそれさえも愛しく、流れ出る汗も心地よく感じるほどだった。家の近くにある藤沢駅周辺のレストランで早めの昼食を食べてから小田急江ノ島線に乗って片瀬江ノ島駅に向かう。
夏といえば海水浴だ、特に湘南は日本における海水浴発祥の地で、藤沢市の海岸部は東洋のマイアミビーチと呼ばれている。
江ノ島が見える片瀬東浜海水浴場に到着すると、家族連れや若い人、外国人で賑わい。砂浜に作られた海の家には日焼けした陽気なお兄さんが客引きをしている。
特設ステージには湘南出身の年配のアーティストが、夏にぴったりな歌を歌って行き交う人の足を止めていた。
遅咲きのエーデルワイス団は早速海の家で水着に着替え、美咲は頭にゴーグルをかけて紺色のトランクスタイプに着替えた、一敏も灰色のサーフパンツに着替えると上機嫌に聞いてくる。
「なぁ美咲、緊張してるのか?」
「ああ、でも女の子たちと海水浴に行くって……初めてじゃない気がする」
「そうか、俺なんか毎年行ってたぜ、そうだ! 去年の夏休み啓太の奴……ブーメランパンツ履いてきやがったんだ」
一敏はゲラゲラと思い出し笑いしながら話す。
「あまりにも露出度が高かったんだから、どうしてこれにしたんだって俺が訊いたら気持ちがいいってさ、しかもあいつ海の中でパンツ降ろして遊んでたんだ……直美に罵倒されまくったけどね」
「相当変な奴だったんだな」
美咲は苦笑して着替え終えると、サンダルを履いて外に出る。不思議とこの緊張感を知ってるような気がする、合流場所である海の家前で待つと最初に陽奈子が来た。
「えっと……お待たせ、に……似合うかな?」
「ああ、大丈夫……とても似合ってるよ」
モジモジしながら歩み寄ってくる陽奈子に一敏は柔らかな笑みで肯くが、やはりどこか陰りのある笑みだった。
陽奈子は小柄で胸も小さいことを気にしてるのか、ピンク色で胸元には可愛らしいリボンのワンピースタイプの水着だ。色っぽいというよりも可愛らしいという言葉が似合う。
「やっぱ砂浜は熱いわね、まるで焼き肉の鉄板みたい」
続いて唯が出てくる。元々派手な女の子ということもあってか、レインボーカラーの紐ビキニにブレスレットやアンクレットを飾っている。錆びたりしないのか? 足の爪にも水色のマニキュアを塗っていた。
気付いてるのかどうかわからないが、三人の中で一番胸が大きく文字通りのボンキュッボンだからか、周囲の男たちの視線が集まってる。
「そりゃあそうよ唯、あんた湘南に住んでるのに泳いだことないの?」
最後に出てきたのは直美だ、もともと彼女もクールビューティーなタイプでくびれのあるスタイルで唯には及ばないが、胸も大きく大胆にも黒の三角ビキニだからかなり色っぽい、本当に高校三年生か?
ふと美咲は横目で一敏を見ると、視線の先には唯と楽しそうに歩きながら言葉を交わす直美がいた。
「そんなわけないよ。だって熱い砂浜に足を踏み入れるとさ、海水浴に来た! って感じがするじゃない!」
「そうね……今年は海に行けないって諦めてたわ」
「諦めなくてよかったじゃない、陽奈子のおかげよ」
唯がそう言いながら優しげな眼差しを向けると、陽奈子は頬を赤らながら顔を逸らす。
「そ、そんなことないよ……だって唯ちゃんがあの時、声をかけてくれたから」
「あはははは……まぁ頑張りな陽奈子、応援してるからさ」
何を応援するんだろう? 美咲は首を傾げるがこれでメンバーは揃った。一敏は待ってましたと言わんばかりに、海の家で膨らませた水色のビーチボールをみんなの前に出す。
「それじゃあ早速これで遊ぼうか」
海に入ると海水は温かく、寄せては返す波に陽奈子は歓声を上げる。少し動くと一気に水温が下がって冷たくなる、もしかすると南から流れてくる黒潮と北から流れてくる親潮が混ざり合ってるのかもしれない。
一敏がトスしてボールが唯に向かって飛んでいくと、陽奈子にトスして飛ばす。
「ほい陽奈子!」
「わっ、わわっ! はい直美ちゃん!」
陽奈子は戸惑いながらトスして直美に渡すと、難無く直美はトスした。
「美咲、そっちに行ったよ!」
自分に向かって飛んでくるボールをトスしようと両手をかざす、直美の言う通り受験生なのにこんなに楽しい時間を過ごしてる。あの事件で死んだ人たちが見たら苦笑いするか、きっと後悔するだろうな。
「一敏、行け!」
美咲は一敏に向けてトスすると、今度は直美にトスした。
もしかすると、くっそぉっ、あの時死ななかったらいい思い出ができてたのかもしれない! そんなことを言ってるかもしれない。
直美はボールをトスしながら美咲に視線を向ける。
「美咲、行くわよ!」
それなら、僕たちはあの世への土産話にできる思い出を沢山作ろう! その言葉が過った瞬間、美咲の手が止まる。
そうだ、最初のエーデルワイス団が現れたのは大量自殺事件の一週間後だった。世間に知れ渡るのはもう少し先だったが。ビーチボールが美咲の目の前に落ち、波に押し流される。
「どうした美咲、また何か思い出したか!?」
一敏は海水を掻き分け、水しぶきを上げながら駆け寄ると陽奈子もジッと見つめながら突っ立ってる。
「いや、ここ前に――」
来たことがあるような気がすると話そうとした瞬間、羽田空港に遊びに行った日以来、久しぶりに意識が遠くなる。
ああ、また過去に飛ばされる。
次の瞬間、砂浜に立っていた。周囲を見回すと江ノ島が見えるが一敏たち遅咲きのエーデルワイス団たちの姿はなかった。
「どうしたの美咲君、ボーッと突っ立っていて」
左下を見下ろすと、レジャーシートを敷いて水着姿の彼女が体育座りしていた。僕の彼女はフリル付きの白ビキニに空色のパレオを巻いていた。
それはまるで青い空と白い雲の組み合わせだ。
美咲だって健康な思春期の男の子だ、意外と大きい自分の彼女の乳房に、つい目がいってしまうと頬を赤らめながら視線を逸らして座る。
逸らした視線の先に遊んでる人々に混じってに文芸部のみんなが、押し寄せてくる波に歓声を上げたり、ふざけ合ったりしながら遊んでいた。
「どうしたの美咲君? やっぱり……ちょっと大胆だったかな?」
「あ、いや……その××の水着姿可愛い……その――」
ヤバイ、××のおっぱいがこんなに大きいなんて、触りたい! 触ったらきっと柔らかいんだろうな。
僕は下半身がキツくなってムズムズし、手で押さえたくなるような気分になると、突然雷鳴のような爆音が響く。
「美咲君! あれなに!? 戦闘機!?」
彼女は驚いて空を見上げ、海水浴を楽しんでる人たちの多くが空を見上げる。
僕は思わず瞳を輝かせ、心が踊った。
「そうか! ここは厚木飛行場の近くだったんだ! あれはアメリカ海軍のF/A18戦闘攻撃機だ!」
アメリカ海軍の戦闘攻撃機――F/ A18で下から見るとわからないが、最新型のE型かその複座型であるF型のスーパーホーネットだろう。ゼネラル・エレクトリックF414‐GE‐400を激しい雷鳴のように響かせながら着陸体勢に入っていた。
やがてF/A18が高度を下げながら内陸の方に消えていくと、人々は何事もなかったかのように今しかない時間を楽しむ。僕は戦闘機の爆音がまだ耳に残っていて、空を見上げたままでいると、彼女は上目遣いで微笑みながら訊いた。
「ねぇ……美咲君の夢ってもしかして……飛行機の操縦士さん?」
その通りだ。だけどそれを口にしたら同級生たちにだいたい笑われたり、先生や親たちはもっと現実的な夢はないのか? 君にできるのか? それよりも人や世の中の役に立つ仕事に就こうと思わないのか? そう言われていつしか僕は、自分の夢を誰にも口にしなくなった。
「うん、僕は将来……パイロットになりたい、××がよく航空冒険小説を教えてくれたから、思いがより強くなったよ」
だけど僕の彼女なら応援してくれる気がして、偽りなく隠さず誤魔化さずハッキリ言うと部長は微笑んで肯いた。
「なんとなく気付いてたわ。私も将来小説家になりたいの、この前も実は出版社に応募したわ……二次選考で落ちちゃったけど、手応えを感じたわ!」
彼女の眼差しは二次選考で落ちて落胆するどころか、一次選考を通って次は必ず賞を取ると情熱を燃やしていた。僕は純粋にかっこいいと、思わず微笑んで言った。
「凄いな××は……自分の夢に向かって行動できるなんて」
「そんなことないよ、ありきたりなお話しだったし……落ちたらさ、投稿サイトに発表すればいいって思ってたの……だけどこの前、私の小説を読んでくれた人が『この作品に出会えて凄く嬉しいです』って書いてくれたの! だから、もう一度挑戦してみようと思うの!」
ありきたりなお話しなのに出会えてよかった、その人はきっと純粋な人なのかもしれない。彼女が書いた作品はどんなのだろう?
「読んでみたいな、君の書いた小説」
僕は何気なく言ってみると、部長は急に頬を赤くして動揺する。
「ちょっ……ちょっと、まだ……美咲君に見せるには自信と勇気がないの!」
「そっか、いつか××が小説家になってそれを本に出したら、読んでいいかな?」
「うん、感想はその……直接は言わないでね!」
僕の彼女は真っ赤に頬を染め、恥ずかしそうに潤んだ瞳で言うと唇を固く結んだ。
これが今の彼女が素顔だった。文芸部やエーデルワイス団を仕切る時は知性的で、凛としたリーダーだけど、本当は恥ずかしがり屋で本が好きな内気な女の子だ。
「うん、約束する」
僕は約束を言葉にする。この女の子を好きになり、思いを通じ合い、そして最後の時を過ごすと決めたのだと改めて実感する。
彼女の横顔を見つめると同じ気持ちなのか、彼女も僕と目を合わせる。
「不思議ね、もうすぐ世界が終わっちゃうのに……こうやって美咲君と夢を語り合ってる」
彼女の言う通り不思議で滑稽だ。もうすぐ世界が終わって受験勉強も就職活動も放り出し、残された今を精一杯過ごしてるのに。
「いいんじゃないか? 自分の理想の未来を言葉にするくらい」
僕は立ち上がって背伸びする。せっかく江ノ島が見える海水浴場に来たんだ、思いっきり楽しまなきゃ勿体ない。彼女も立ち上がって潮風を全身で受け止めるように両腕を大きく広げる。
「そうよね、美咲君って泳ぐの好き?」
「うん、海はしょっぱいけどね」
「私も好きよ! 濡れた髪を洗うのは大変だけどね」
僕を見つめて強く肯いて海に入る。海の水は透き通ってるとは言えないけど、押し寄せてくる波に、僕の彼女は無邪気な歓声を上げる。
「きゃっ! 冷たい!」
「今日は温かい方さ! これでも毎年ここで泳いでるんだ!」
「いいわね! 毎年湘南に来て泳げるなんて!」
僕の彼女は押し寄せてくる波の音に負けない声で返すと、おちょくってやろうと微笑み、近くで遊んでる文芸部員にも聞こえるくらいの声で叫ぶ。
「今年は特別さ! 大好きな君と一緒だから!!」
飛びっきりクサイ台詞を言ってやると、部長は海水が沸騰するんじゃないかと思うくらいに、顔を真っ赤にする。きっと仕返しにしょっぱい海水をかけてくると思った瞬間、彼女は照れながらも満面の笑みで叫んだ。
「私も、美咲君と一緒に来られて……幸せええぇぇっ!!」
僕は思わず恥ずかしくなって頭にかけていたゴーグルを装着し、潜ってしまう。
××は内気なのに変なところで大胆になる! 一敏が聞いたら羨ましがるだろう、ふと僕は濁った水の中で同い年の親戚の子のことが頭を過った。
あいつは今頃、箱根の保養施設かリゾートホテルで親が勝手に申し込んだ受験合宿に無理矢理連れて行かれ、箱根の自然を楽しむことも許されず、エアコンの利いた監獄で朝早くから夜遅くまで勉強漬けだとLINEで愚痴っていた。
例年なら、受験生だから当然だと受け入れるが今年は違う。世界が終わり、人類の歴史に終止符が打たれる。それなのに、将来のために勉強してなんの意味がある? いやそれ以前に本当に世界が終わるのだろうか?
僕はそう思ってるうちに海面から顔を出す。
どこまでも広がる青い海と空、遠くに見える雄大な積乱雲、寄せては返す波に、遠くに見える富士山、僕たちを優しく見守るかのように浮かぶ江ノ島。
「美咲君、潜って逃げないで聞いて、私は君とこうしている時が凄く幸せよ!」
そして僕のことを好きでいてくれる優しくて、そして強い心を持つ僕の彼女、そして少し置いた距離から見守ってくれる仲間たち。××の言う通り、 僕たちは幸せ者だ。
「うん、僕もだ……××!」
一敏、今どうしてるんだ? 夏はエアコンの利いた部屋にいるより、外でみんなと汗を流して今を楽しむ、これが青春を謳歌するというものだろう。
僕たちは歩みを止めない、今を楽しんで思い出という宝物を作る、それがエーデルワイス団だ!




