第三章その2
やはり、思った通りだ! 航空券に触れた瞬間、ほんの一〇秒程度だが美咲はフリーズしたかのように固まり、気が付いたと思ったら溢れ出る感情と共に滂沱の涙を流す。
「思い出したか? 美咲」
「ああ……僕は……あの女の子と……文芸部の仲間と……飛行機に乗って行った」
「記憶があるうちに、話せるだけ話せ! 思い出す鍵が見つかるかもしれない」
一敏はそう言うと陽奈子はショルダーバッグからメモ帳とボールペンを取り出す、流石だ。気が利くだけじゃなく、泣きじゃくる美咲への気遣いも忘れない。
「ゆっくり話していいよ……私たちは水前寺君の味方だから」
「すまない……僕は……熊本の学校で文芸部をしながら、エーデルワイス団をしていたんだ――」
美咲によれば熊本市内の学校で、文芸部に所属していたがそれを隠れ蓑にしてエーデルワイス団の活動をしていたという。
夢に出てくる文芸部部長とは覚えてないが、かなり親しい間柄で一緒に高校野球の地方大会を見に行ったり、お祭りに遊びに行ったという。
話を聞きながら付き合っていたのかもしれない、と一敏は何となく確信していた。落ち着きを取り戻し、話せるだけ話すと一〇時半を回っていた。
「今から羽田空港に行こう、思い出せるかもしれない」
残り少ない夏休みはただの一日も貴重だ、今年はそれが桁違いな程に。
だから午前のうちにみんなの賛否を訊いて悔いのないように行動する、それが一敏なりに考える遅咲きのエーデルワイス団の行動方針だ。
異議を唱えるなら今しかないと直美も肌で感じてるのか、すぐに疑問を口にする。
「ねぇ、空港なんてただの旅の通過点でしょ? 都合よく思い出すと思う?」
「直美、俺は美咲の記憶が容易に戻るとは思ってない……だが俺は美咲が記憶を失ったまま滅亡を迎えるというのも、納得いかないんだ」
一敏は微かに美咲と出会った時から直美に違和感を感じていた、親しげに接して昨日はまるで――主観的になるが、啓太と接してるかのようだった。
考えすぎだと思うが、まるで記憶が戻って欲しくないと思ってるようにも見える。
幸いにも唯と陽奈子が味方になってくれた。
「直美、最近の空港ってショッピングモールみたいになってるわよ! ほら、羽田空港ってさ、イギリスの航空サービスリサーチで有名なスカイトラックス社の世界空港ランキングで上位常連よ!」
「うん……ターミナルにはプラネタリウムや美術館、美味しいお店が沢山あってデートスポットにもなってるの!」
唯と陽奈子の言う通り羽田は日本最大の空の玄関で、成田より羽田に乗り入れしたがる海外の航空会社も多く、東京オリンピックの時は大混雑だったという。
因みにこの前の隕石群では夏休みの大混雑と重なり、全便欠航となって大混乱に陥ったという。
唯と陽奈子に押し負け、直美は渋々承諾してくれた。
「それじゃあ……空港でしか食べられないスイーツとかもあるなら……今日だけよ」
「よし、それじゃあ決まりだな」
一敏は僅かな手懸かりだけでも、また大切な記憶を思い出して涙することがあっても……絶対に支えてやるんだ、こっちにはとっておきの切り札がある。
まだ手に入るかどうかわからないが。
すぐに遅咲きのエーデルワイス団はJR藤沢駅から東海道線に乗り、途中の横浜駅で広く複雑な駅構内で仲良く迷子になりながら、京浜急行に乗り換えてそこから更に京急蒲田で空港線の乗り換えに手こずってやっと東京国際空港――通称:羽田空港に到着したのは昼の一時過ぎだった。
「着いたぁあああーっ! 懐かしいわ! 修学旅行で京都に行った以来ね!」
空腹でテンションだだ下がりの一行を横目に唯は羽田空港第一ターミナル二階出発ロビーにある五階までの吹き抜けで見回す、そうそう修学旅行の時は飛行機で大阪国際空港――通称:伊丹空港までSALの飛行機に乗ってバスで京都まで……あっ、しまった。
そこで一敏は気付いた、ここはSALのターミナルで美咲が乗って来たのはFEA、反対の第二ターミナルだった。
「美咲……すまん、ターミナルを間違えた」
「気にするな、それより昼飯にしよう! 僕が奢るからさ」
美咲は空腹にも関わらずと爽やかな微笑みで言うと直美も一気にテンションを上げる。
「それじゃあどうせなら飛行機が見えるレストランに行こう!」
「賛成だ、五階に美味しいレストランがある。そこに行こう」
一敏も肯いて早速そこのレストランに向かう、周りは旅行者や出張のビジネスマンだらけで正直高校生五人は気が引けるかと思ったが、他のエーデルワイス団も来てるのか同じ世代の若い人が多かった。
ウェイターさんに飛行機が見える席に案内されると、女子三人はメニューを見るよりも空腹を忘れてスマホで飛行機をパシャパシャ撮りまくる。直美は国際線ターミナルに近づく四発エンジンの超大型旅客機を撮っていた。
「おおっ! 何あのエンジン四つに二階建ての飛行機 見たことないんだけど!」
「あれはドイツのアイゼンフォーゲル航空ボーイング747-8! 通称:ジャンボジェットさ。A380と並んで今はもう絶滅寸前の四発エンジン旅客機で、昔は日本の航空会社も使っていたんだ」
美咲はメニューを置いて隣に座ってる直美に言うと、陽奈子も唯と空港という非日常的なシチェーションに夢中になっていた。
「ねぇねぇ唯ちゃん、あのFEAの小さい飛行機可愛い!」
「あっ! あれでしょ! あたしも思ったわ!」
唯も空腹を忘れてるのかスマホで撮る、ツイッターかインスタグラムとかに投稿してるのだろう。美咲は微笑みながら饒舌に話し始める。
「あれは国産旅客機のMRJ――三菱リージョナルジェットだな、部品供給してるのが地方の下町工場だから下町ジェットなんて呼ばれていて――」
おい、お前ら飯はどうした? 腹減ったんじゃなかったのか 結局みんなが料理を注文したのが二〇分後でレストランを出たのが午後二時過ぎだった。
遅い昼飯を食べ終え、第一ターミナル展望デッキに上がるとSALやそれと提携したり、コードシェアしてる新規参入航空会社の旅客機が忙しく動き回ってるのが一望できる。
小さな男の子のように瞳を輝かせながらフェンス越しに見下ろし、隣にいる直美もスマホを構えて撮りまくる。
「美咲って飛行機好きなんだね、少しわかる気がしてきたわ」
「ああっ、あそこが国際線ターミナルで――」
美咲はまた饒舌に話し始める、確かにここで飛行機を眺めながらボーッと過ごすのもいいかもなと、一敏は眼下の光景を見下ろす。
エプロンにはこれから離陸する飛行機がプッシュバックしてターミナルを離れ、逆に着陸した飛行機は航空機誘導員に誘導されてターミナルに近づく。
唯はスマホを自撮りモードにして陽奈子を手招きする。
「風が気持ちいい……ねぇ陽奈子、写真撮ろう!」
「う、うん!」
陽奈子はぎこちない笑みで肯き、唯と顔をくっつけて少し恥ずかしげにピースサインして撮る。すっかり紺野は奥平に心を許してるなと安堵し、思わず口許が緩む。
「陽奈子、もっとにっこり笑っていいんだよせっかく可愛いんだからさ!」
「ええそんなことないよ、唯ちゃんみたいに華やかじゃないし……胸も小さいし」
陽奈子はがっくりした表情で言う、確かに何もかも唯とは対照的だがそれでも陽奈子は可愛いくて、それに献身的で強い子で、唯ともう一枚撮ると美咲に声をかける。
「ねぇ水前寺君、何か思い出した?」
「いや……やっぱり第二ターミナルに行かないと思い出せないかな?」
美咲は遠くを見るような眼差しで見下ろしていた。
彼の視線の先にある誘導路には各航空会社の大小様々(殆どがエンジン二つの双発機)な旅客機が行ったり来たりして、ここから見えるA滑走路には数分おきに旅客機が着陸して逆噴射装置を作動させ、轟音を響かせながら減速する。
やはり、美咲が乗って来たFEAの第二ターミナルに行くしかないと一歩踏み出した時、直美が遮るように提案する。
「ねぇねぇ次さ、あっちのターミナル行ってみようよ!」
直美の指差す先はA滑走路の向こう側である国際線ターミナルだった。
「おいちょっと待て直美――」
「いいよ、無料連絡バスが走ってる。次の行き先は国際線ターミナルだな」
第二ターミナルに行って美咲の記憶を探さないと! そう言おうとした時、美咲はあっさり承諾した。
「いいのか? 美咲……お前」
一敏は呆然とした表情で美咲を見つめるが、美咲は繊細で優しげな笑みで肯く。
「確かに、僕もかけがえのない記憶を思い出したいけど……一敏みたいな遅咲きのエーデルワイス団にも、大切な思い出を作って欲しい」
「優しいわね美咲、あんたのそういうところ好きよ! 過去の記憶も大事だけど、今を大事にしなきゃ!」
直美はそう褒め称えるが、美咲は優し過ぎる。そんなわけないと信じたいが、微かな可能性を恐れ、それに向き合おうとせずに目を背ける自分がいる。すると唯が異変に気付いて歩み寄る。
「どうしたの灰沢君、急に石みたいに固まって」
「ああ……大丈夫だ」
一敏は肯くが、ふと陽奈子を見るとジッと見つめていた。それが一敏なのか、それとも直美や美咲なのかはわからなかった。




