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第三章その1

 第三章、記憶を探しに行こう!


 一敏は突然感情を噴出させて、泣き出し、腫れぼったい顔になった美咲と家に帰る。

「大丈夫か美咲?」

「ああ……なんとか」

「なにか思い出したか?」

「断片的だよ……夢と同じだ。目が覚めたら忘れてる」

 それが美咲にとって辛いことだろう。

 家に帰り着いて夕食と風呂を済ませると、美咲は泣き疲れてしまったのか、小さな子どものように眠ってしまった。するとバイクショップを経営してる父親から、倒壊した親戚のリゾートマンションの瓦礫から美咲の私物らしきボディバッグが見つかったという。

「一敏、お前の方から美咲君に渡してやってくれないか?」

「ああ、目が覚めたら渡してみるよ」

 父親から砂塵に塗れた黒いボディバッグを受け取り、自室に入ると美咲はベッドでスヤスヤと眠ってる。

 起こさないように部屋の電気を点けず、机のデスクライトだけを点けて座る。

 美咲は記憶を思い出すたびに涙を流す、誰かを想っての涙なのか? それならせめて滅亡がやってくる前に思い出させてやるべきじゃないのか?

 一敏は瓦礫の中から見つかったボディバッグを見つめ、プライバシーに踏み込むようで申し訳ないと思いながら恐る恐る開けて見ると、まずスマートフォンが出てきた。

 美咲のスマホはひび割れていて、一敏は縋るような気持ちで電源スイッチを押し込むが、起動しない、駄目もとで自分のスマホの充電コードを繋いで待つことにした。

 ボディバッグを探ると財布が出てきて中身を見るとそれなりに現金は入ってる。よかった、これであいつも気まずい思いをしなくて済むと微笑み、財布を鞄の中に戻す。

 そろそろいいかな? 一敏は充電した美咲のスマホのスイッチを押すが起動しない。

 隕石落下の凄まじさは身をもって知っているが、改めて凄まじいものだったと思う。

「クソッ……これじゃ……せめて思い出の写真でもあれば……」

 美咲は落胆する。せめて写真一枚だけでも取り出すことができれば……一敏は自分の不甲斐なさを嘆いてると美咲が「ん……」と静かに寝言を呟いた。

「ゆ……の……」

 女の子の名前か? 一敏は起こしてしまわないかと思いながらバッグに手を突っ込むと、何かの紙に手が触れた。

 それを取り出すとコンビニの封筒で、中身を見ると思わず目を見開いた。

 その日付は美咲が記憶を失う前のものだ。おかしい、美咲の家族――確か伯父さんが船旅好きでいつも藤沢に来るときはわざわざ車でフェリーに乗って来るくらいだった。

 だが今はそのことよりも、美咲をそこに連れて行けば手がかりは得られるかもしれない。時計を見るともうすぐ日付が変わる。

 明日の朝、すぐに直美やみんなと相談しよう。



 みんなの前で泣き崩れた江ノ島観光の翌日、美咲は一敏と家を出て藤沢駅近くのマクミランバーガーでみんなを待つ、一敏は寝不足なのかブラックコーヒーを注文していた。

「ヤバイ……死ぬほど眠い」

「一敏……大丈夫か? 昨夜眠れなかったのか?」

 美咲が朝起きた時には一敏はもう寝室にはいなかった。一敏がLINEでみんなを朝から呼び出したという。

 陽奈子、唯、直美が次々と我が遅咲きのエーデルワイス団のメンバーがやってきて揃うと、唯は真っ先に聞いてきた。

「それで? 今日はどこへ遊びに行くの?」

「唯ちゃん、今日は水前寺君の記憶探しだってLINEで言ってたはずよ」

 陽奈子は苦笑しながら言うと、美咲もすまないと思いながらも微笑んで言う。

「僕はいいよ、残された日々を楽しく過ごすのがエーデルワイス団なんだから」

「それで一敏、手がかりってのは?」

 直美が訊くと一敏は肯いて視線を美咲に移す、今朝渡した黒いボディバッグに入ってたあれを取り出す。

「実はな……お前に悪いと思いながら、ある物を見つけた。美咲……これを」

「これは……航空券? 熊本発……羽田行き!?」

 一敏に渡されたコンビニの封筒、チケットとかを入れるもので中身は大手航空会社――極東空輸(きょくとうくうゆ)――通称:FEAの熊本発羽田行き六四三便の航空券だった。次の瞬間、美咲はまただ! みんなに伝えようとした瞬間、言葉に出す前に意識が遠くなった。


 気がつくと僕はキャリーカートを引きながら蝉の鳴く蒸し暑い外から、エアコンで涼しく快適な建物の中に入る、中は僕たちと同じようにキャリーカートを手にした旅行に行く人たち――僕たちと同じ若い世代が圧倒的に多かった。

 背の高い女子部員が興味ありげに見回す。

「夏休みだからやっぱり多いわね」

「でも先輩、まだ始まったばかりです。帰省ラッシュはこれからですよ」

 後輩の女子部員がスマートフォンを手に持って見回す。すると、後輩の男子部員が馴れ馴れしく訊いてくる。

「それで、美咲先輩……××先輩とはどこまで言ったんですか?」

「どこまでって……××とは健全なお付き合いをしてる、とだけ言っておくよ」

「ああっ! 先輩もう名前で呼び合ってるんですね!」

 どうやら僕と彼女は名前で呼び合ってる。そして今それを知ったらしい、すると厳つい男子生徒が注意する。

「××君、こういう時はそっと見守ってさりげなく気遣うんだよ」

「ええお手本見せてくださいよ先輩!」

「よし! 水前寺、部長との恋路に……幸運を!」

 厳つい男子生徒は僕に顔を近づけながら言うと、手になにかを握らせる。

 視線を落として手元を見るとコンドームだった。

 美咲は思わず頬を赤らめて思わず部長のあられもない姿を想像する。

「こ……こんな物は必要ない」

「なるほど、もうすぐ滅亡するから避妊は必要ないってことだな」

「余計な気遣いは無用だという意味だ」

 厳つい男子生徒の余計な気遣いに内心感謝しながらも、美咲は強引に返却した。搭乗手続きを早めに済ませ、荷物を預けて保安検査場に並ぶ、出発時刻までまだ少し余裕があった。

「ええっと五番搭乗口か……おおっ!」

 保安検査場を無事通過すると、ガラス張りの向こう側――四番搭乗口に駐機されてるのは敷島航空(しきしまこうくう)――通称:SALのエアバスA350‐900だ。流線型の機首にサングラスのようなキャノピー、主翼端が滑らかに曲がったレイクド・ウィングチップ。

「××! A350が来てる、修学旅行の時に乗った飛行機だよ!」

 僕は心踊らせながらがスマホを取り出して写真を取る、二年生の終わり――修学旅行の時に乗った飛行機だ。あまりにも遠く、懐かしく感じる。部長も懐かしそうに微笑む。

「乗ってたね。美咲君が機内で饒舌に話してたの……覚えてるわ。エアバスは人間はミスをするからコンピューターを優先する、ボーイングは人間のミスを正すのは人間で最終的に判断するのは人間だって」

「ああ、飛行機がどんなに自動化されようと――」

「最後に操縦桿を握るのは人間の手……でしょう?」

「先読みされたな……不思議だな、つい五ヶ月前のことなのにまるで遠い昔のように感じるよ」

 僕はこれから乗るFEAとコードシェアしてる新規参入航空会社のボーイング737‐800が離陸するのを目で追いながら呟いた。

 修学旅行で一緒の班だったクラスメイトの一人は四月の事件で犠牲になった。

 もっと早く、エーデルワイス団が表に出ていれば何人かは救えたのかもしれない。

「そうね、行こう美咲君……五番搭乗口だからあっちよ」

「うん、行こう」

 あの事件で犠牲になった人たちのためにも、僕たちは歩く。五番搭乗口にはFEAのボーイング787‐8が出発に備えていた。

 流線形の機首が隣のA350に似てるがお互い双発の中型のワイドボディ旅客機でライバル同士だから似通ってる、ついでに搭載してる二つのターボファンエンジンもイギリスのエンジンメーカー――ロールス・ロイスのトレントシリーズだ。

「やっぱり多いわね」

「ああ、あの噂の影響で旅行に行く人――特に日本中のエーデルワイス団が爆発的に増えたから、どこの空港も大型機を回しても足りないって……ネットのニュースで聞いた」

 背の高い女子部員と厳つい男子部員が話す。

 他の文芸部員は僕たち二人を気遣ってるのか、少し距離を置いた場所でお喋りに花を咲かせていた。やがて搭乗時刻になり、左後方の席に座って僕は部長に窓側の席に譲ってその隣に僕、通路側は後輩の男子部員が座る。

「先輩、部長、失礼します」

 僕は三人掛けシートの真ん中、ミドルマンの悲劇を味わうことになったが部長には窓の外――素晴らしい空の上を見せてあげたい。

 通路側に座った後輩の男子部員は見え見えの演技をする。

「さて到着は一時間半後ですし、昨夜あまり眠れませんでしたから寝ますね」

「そんなに気遣いはしなくていい、それに……寝るのなら機内安全ビデオを見てからにしろ」

 扉が閉まって787がプッシュバックすると天井からモニターが下向きに開き、離陸前の機内安全ビデオが流れる。僕は安全のしおりを確認しながら万が一の場合に備えての説明を聞いた。

 僕たちを乗せた787は誘導路を経て滑走路に入ると、ポーンポーンとベルト着用サインが点滅して客室乗務員(C A)の声が機内に柔らかく響く。


『皆様離陸いたします、シートベルトをもう一度お確かめ下さい』


 787が滑走路に進入すると、一時停止。恐らくパイロットが管制塔からの離陸許可を待ってるのだろう。

 そしてロールスロイス・トレント1000エンジンが低く唸り、やがて甲高く吠える。

 全長五六・七メートル、全幅六〇・一メートルの巨体が押し出され、徐々に加速すると後ろに引っ張られる感覚になる。人によっては座席に押し込まれるような、僕にとっては滅多に味わえないGを感じながら機体は滑走路を駆け抜けてスピードに乗る。


 離陸決心速度(V1)――これを超えるともうブレーキをかけても止まれず、何があっても離陸しなければならない。


 機首上(VR)げ――機首が空に向き、やがて地上を離れてどんどん高度を上げる。


 上昇開始(V2)――空に向かって上昇すると地上の景色が更に離れていく、五年前の熊本地震直後、空からはブルーシートで覆われた屋根がたくさん見えたという。


 意外な話しだが、パイロットは着陸より離陸の方が神経を使うという。着陸はやり直しができるが離陸はV1を超えるともうやり直しはできないという。高度を上げながら787は緩やかに旋回すると、彼女は夢中で見下ろした。

「美咲君、阿蘇山が見えるよ!」

「ああ、大分県を抜けたら別府湾を抜けて四国に入る……天候次第では大阪辺りで関空――関西国際空港が見える」

 僕は機内誌を取って地図と航路が書かれたページを見せるとやがてベルト着用サインが消えた瞬間、僕の意識も現実に引き戻された。

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