ことわざコラム07(終)
以前、活動報告で掲載したものです。(活動報告のほうは非公開に設定済み)
内容は主にことわざについての雑談とか。
「こんにちは。わたし佐々木 佐保だよ」
「やあ。わたしの名前は光岡 弥生だ」
黒髪を垂らした女の子が二人、どこか虚空を見つめながら、ペコンとお辞儀をする。
肩にかかるくらい長い髪をしているのが弥生、ボブが佐保だ。
「今日、最終回らしい」
「マジで? 唐突だな」
二人は『2to2』という小説の登場人物だ。
訳あって、更新停止の検索除外中の身であるが、こうして表舞台に立てたのだ。
いつか更新してくれる日もあるのではないだろうか。
「結局、一度も更新されなかったね……」
「まあな、使えそうなネタは全部こっちで使っちゃっただろうし」
「ぐすん……わたし、しぼみそう」
「せめてへこめ。わたしもさすがにしぼんだ人間の対処はしたことがない」
二人とも、そろそろ本題に……。
「最後だから景気よく行こう!」
「前書きでのおまえのセリフ、それが最後だけどな」
◆しばらくお待ちください◆
「あんまりだよ!」
「なにがだ?」
「もう少しセリフを割いて欲しかった佐保ちゃんの心の叫び」
「自分をちゃん付けとはなかなかハードルが高いな」
「そこじゃなくてっ! ああ、もう次に進む!」
「それがいいだろうな」
弥生は深く聞いて来なかった。
佐保もそれを受け入れた。
「今日は、これ!」
やや、やけっぱち気味に突き出したのは、今宵のことわざ……ではなく、英語のことわざのほう。
今日はちゃんと用意していたらしく、引用元も載っている。
英語のことわざ ら-り、からだそうだ。
「律義者の子沢山、だよ」
「おおう。ちょっと佐保、近すぎ。下がって」
「意味は」
「下がれよ!」
「はい」
弥生の怒声に、引っ込む佐保。
素直に従うところに、上下の関係性が現れているようにも見える。
「はあ。おまえはまずなあ……」
「あっ、その前に。この話、ちょっと下ネタ入るから注意ね!」
注意喚起は大事。
しかし、遮られた弥生の心境は穏やかでなかった。
こいつ……聞いてないな!?
そんな当たり前の事実にたどり着いた弥生は、真剣に帰るかどうか悩んだ。
「弥生?」
「帰ってもいいかどうか考えてる」
「えっ、なんで帰るのさ、きょう、始まったばっかりだよ」
「なにが始まったばっかりなんだよ」
「わたしと弥生の愛の時間」
「よし分かった、帰るわ」
「じょ、冗談だってば! 待って! 弥生、ほんとに帰らないで!」
真顔で言い切ったのは良かったが、そこからが下り坂であった。
佐保は、席を立ち上がろうとする弥生に縋り付いて、帰宅を押しとどめようとする。
今日は最終回だからだろうか。
この見慣れたやり取りも随分早い。
「仕方ないな。手短に済ませろよ」
「出た、弥生の十八番。手短にだ」
ぼそっと呟く佐保である。
幸運なことに、弥生には聞こえなかったようだ。
「はい、本編から引用、律義者の子沢山、だよ」
「律儀な人の子だくさんね」
「これ、最初に見たとき、律儀な人は断れないから子どもがたくさんできるって意味かと思った」
「おい」
弥生は佐保の頬を掴む。
下ネタってそういう意味か。
高校生ができる下ネタなんて限られてるけどさ。
これかよ。おい。
「弥生、いたい、痛いってば!」
「かったいほっぺただな」
「ほっとけ! どうせ、ぷにぷにじゃないよ!」
「どんな開き直りだよ。じゃあ、本当の意味はなんなんだ?」
「ええっと確か、浮気者じゃないから夫婦仲がいいって感じだった気がする」
佐保は斜め33度ぐらいを見ながら言った。
その手元のスマホ、使わないの?
書いてあるんでしょ、ちゃんとコピペしてきたんでしょ?
だったら見なさいよ。
電子メモ帳を活用しようよ。ねえ。
「ちゃんと調べてこい」
「はい」
弥生さんも同じ気持ちだったらしい。
佐保にそう命じると、問題集を取り出した。
佐保の永遠の課題、英語の過去問だ。
弥生の行きたいところは、親にも教師にも賛同されなかった。
それでも、買ってしまった参考書を手放さないのは、せめてもの反抗か。
もったいない精神か。
「調べてきたアルよ」
「わたしは中国語分からんのだが」
「あるのかないのかはっきりしろ!」
「おまえが言ってどうする」
例の語尾で遊ぶ佐保。
弥生は冷静に突っ込んだが、話が進まないので、佐保のスマホを強奪する。
「ちょっと貸して。書いてあるんだろ? ここに」
「あ、そうだった」
「そうだったっておまえ……」
アホなの? と危うく突っ込んでしまうところだった。
それで、意味はというと。
生真面目な人は浮気をしないから、夫婦仲がよく、子どもが多くなる。
さっき佐保が言っていたのと、さほど違いはなかった。
子どもについての言及が増えたぐらいだ。
「ふーん」
「あながち間違ってなかったでしょ?」
「まあ。それはあるけど」
「でねー、この英訳が不思議な感じなんだ」
「Children are poor men’s riches.」
「チルドレン アー プア メンズ リッチ」
弥生と佐保が同時に英語を読んだ。
英語の成績が良い弥生さんは、発音に気を遣っているようだ。
英語の成績が絶望的な佐保は、限りなく日本語に近いことばを操った。
もはや英語ではない。
「訳は、子どもは貧者の富である、か」
「なんかそれとニュアンス違くない? って思うんだけど」
「たくさん持ってるのが、お金か子どもかっていう捉えかたなのかもな」
弥生はそう述べると、佐保にスマホを返す。
調べたいことは全部ここに書かれていた。
やっぱり調べ直す必要はなかったようだ。
佐保ちゃんったら、うっかり~☆
「いまイラついたわ」
「な、なにが!? わたし何も言ってないよ!?」
「なんでもない。ところで、この律義者のことわざのネタは、最初の下ネタだけなのか?」
「うん」
「じゃあ次に行くぞ。ほれ、さっさと本日のピックアップ! をせんか」
おじ……おばあさんみたいな口調になる弥生さん。
どなたですか。
あと、それ本日のピックアップ! じゃないんですけど。
「ええー。いいけど。じゃあ、これね」
またまた、佐保は弥生に向かってスマホをずいっと突き出した。
弥生はうんざりした顔で、下がれよ、という。
「はい」
「あと文字が小さすぎて見えないから読んで」
「注文が多いなあ」
「近くに持ってこられたって見えねーんだよ、察しろ」
「弥生、目悪かったっけ?」
「このところの徹夜で悪くしてる感は実際ある」
「ほへー。じゃあ、えーと? 般若湯、だよ」
「はんにゃとう?」
弥生が佐保の言ったことばを反芻した。
はんにゃってあの般若?
鬼の面だよな? とか言ってる。
「意味はお酒のこと」
「え? それだけ?」
「ことわざでも故事でもないよね。でもこの辞書たまにそういうのが入ってるんだよねえ」
佐保が愛用の電子辞書を取り出して眺める。
本編に載ってる、フェニックスとかメッカとかもそんな感じ。
それ、ことわざ? って言いたくなることばが並んでいる。
「ふうん。解説はあるのか?」
「あるよ。読むね」
「般若」は梵語の音訳語で、知恵の意。
血行を良くし、知恵がよくはたらくようになる湯の意で、酒を飲むことを禁じられていたために僧が使った隠語から。(原文ママ)
「うわお。知恵って意味だったのか」
「こっちをさらに調べると、多くの迷いを去って悟りを開く最上の知恵だって。これを得た者が仏なんだってさ。鬼の面についても書かれてるけど、元はそういうことばみたい」
「仏教用語か。ってか、酒って知恵がはたらくようになるか?」
「むしろ鈍る気がするよね」
「突拍子もないアイディアとかは浮かぶかもしれないな、たぶん」
弥生はそう言って締めくくった。
酒の話なんて、高校生の佐保たちが続けてもいいことはない。
佐保はそもそもシュワシュワする炭酸が苦手だし、お酒の匂いも嫌い。
弥生のほうはと言えば、チューハイ自体は知ってるが進んで飲んだことはない。
話が続くわけがなかった。
「これ、最終回かあ」
「こら、佐保。こっちのほうでメタいこと言うのは厳禁だぞ」
「そ、そうだった。じゃ、今日の用事終わったし、帰る?」
「佐保。帰れるような支度は整ってるのか?」
「あんまりわたしを舐めないでほしいアルね」
「どうして、その語尾が今更戻ってくるんだよ」
佐保はかばんを掴むと元気いっぱいに言った。
「明日は普通に授業あるし、忘れてっても大丈夫!」
「予習しろよ。明日英語あるぞ」
「今日の自習中に済ませたからへーきへーき」
「ほんとかあ? まあいいや。佐保がいいならたまには一緒に帰るか」
弥生は腰を上げる。
弥生の帰る準備は万端なので、もはや問いかける必要性もない。
「うん! 一緒に帰ろ!」
佐保も、いつも一緒に帰ってるじゃん、とか水を差すことはしない。
弥生がその気になるのは珍しいのだ。
このチャンスを逃してどうする!? 佐保はそう力説する。
虚空に向かって。
「誰に言ってるんだよ、そのセリフ」
「えっ、口に出てた!?」
「わたしに対して言ってないなら、置いてくからな」
「あ、あれ!? いつも通り……いや、なんでもないや!」
佐保は大急ぎで弥生の後を追う。
いつも通りの展開。
どのあたりがだだ漏れで、弥生にバレたのかは気になるが、とても聞けそうにない。
でも、良かった。
今日も弥生と帰ることができる。
あまり友だちを多く作ることをしない佐保は、弥生が唯一の親友だった。
進学で、中学時代の友だちとは縁が薄くなってしまった。
一人でしぼんでいた佐保に、声をかけてくれたのは弥生。
彼女を、本性のおしゃべりな高校生にしてくれたのは弥生。
「弥生、待ってよー」
「なんだ、やっぱりいつも通りじゃねーか」
「今日は忘れ物もないし、転んでもないぞ!」
「はいはい。偉い偉い」
「慰めがおざなりだよっ」
「おお、おざなりなんて難しいことばよく知ってたな」
「語彙だけはあるのだよ」
「威張んな」
使えないタンスの中身は、大抵こんなことばばかり。
ふんす、と息を吐いた佐保は、弥生を見た。
「ありがとねー弥生」
「なんだよ急に気持ち悪い」
「人の好意を気持ち悪いとはなんぞや」
「その使いかたおかしくね?」
「わたしもそんな気がする……」
佐保の未来は明るい。
大学進学先は、それぞれ違うけれど。
おとなになっても、弥生とともに在れたらいいなあ。
「なんだよ、ニヤニヤして」
「ニタニタしてた?」
「え? ああうん……おまえがいいならいいよ」
「あれ、なんで弥生さん引いてるの?」
「いや別に……」
「ま、待ってよ、違くて! 弥生さーん!」
すそそそ、と身体を離して、去ろうとする弥生を佐保は追いかける。
いつも追いかける身だから、こういうのは慣れている。
慣れているが。
え? 待って、こんなドタバタした状態で終わるの!?
せっかく感動のシーンを醸し出したのに、台無しだよ!?
「これっきりだから! 夕日をバックにして自撮りしよ!?」
「明日も普通に学校あるんだぞ!? そんな恥ずかしいことできるか!」
「わ、分かった……」
「おう、やめろよな、急にそういうこと言うの」
「卒業式にならやってくれる?」
「おまえは、なにを言ってるんだ?」
夕日が二人を照らしていた。