ことわざコラム06
「こんにちは。わたし佐々木 佐保だよ」
「やあ。わたしの名前は光岡 弥生だ」
黒髪を垂らした女の子が二人、どこか虚空を見つめながら、ペコンとお辞儀をする。
肩にかかるくらい長い髪をしているのが弥生、ボブが佐保だ。
「今日のことわざはね」
「ちょっと気が早いぞ、佐保!」
二人は『2to2』という小説の登場人物だ。
訳あって、更新停止の検索除外中の身であるが、こうして表舞台に立てたのだ。
いつか更新してくれる日もあるのではないだろうか。
「ちょっと短いから、また本編からの引用をするよ」
「なんだ、そういうことか」
「もう、弥生ったらせっかちぃ」
「ぶん殴るぞ」
二人とも、そろそろ本題に……。
「あ、『2to2』の更新は絶望的です」
「というか、このコラムのほうが『2to2』の本編より長い件について」
◆しばらくお待ちください◆
「今日のことわざ紹介、のまえに!」
午後だというのにはしゃぐ佐保。
弥生はやや眠そうな眼で、佐保を見ている。
大方、こいつ、元気だなとでも思っているのだろう。
「本編・五十音順の『い』から引用、『色気より食い気』を紹介します」
「『花より団子』か」
「そっちのほうがメジャーだよね。ちょっと変えてドラマの名前にもなったし」
「バカ、あれは漫画が原作だぞ」
「えっ、そうなの?」
驚く佐保氏。
彼女は、ややテレビの話にうといのだ。
常識にもうといが。
「まあ、それはともかく。これの英訳はすっごくきれいでね」
「ええっと、Love cake rather than love make?」
「この訳は、恋をするより菓子を食え、だね」
「この訳堅いよな」
「分かる。命令口調だし、なあんか、無理して訳してる感バリバリなんだよねー」
「これは『恋よりケーキ』ぐらい砕けててもいい気がするな」
英語のことわざ ゆ から。
勇将の下に弱卒無しの英訳がLike masters,like men. なのはいい。
簡潔でスッキリしているから、このことわざも佐保はきっと好きだ。
だが、この文を日本語にすると……?
主人が主人なら、家来も家来。
家来って。おまえ、せめて部下って言えよ。
そんなとこまで日本風にする必要はないんだよ。
そんなことを思ってしまう。
「cakeとmakeのかけ合わせが綺麗なんだよね」
「韻を踏んでるのか。おもしろいな」
「でしょ? ラブ ケイク ラザー ザン ラブ メイクー!」
「すっげえ日本語的」
「英語の発音は任せないでくれ」
「いや、そんなキリッとした顔で言われましても」
弥生に突っ込まれた佐保は非常に嬉しそうだ。
きゃあきゃあ言いながら喜んでいる。
それを、弥生さんがやや引いた目で見ていた。
「これは色気より食い気の英訳だよな。花より団子にはないのか?」
「あるけど微妙」
「ちょっと言ってみろよ。わたしも判定するから」
「んー、じゃあちょっと取ってくる」
「取ってくる?」
「英語のことわざ は のページをタブで開いてコピペしてくる」
佐保はほんとうに席を立つと、カバンを持って移動しようとする。
弥生が、佐保の腕を掴む。
こいつはいったい何を言っているんだ?
妙に斜め33度ぐらい上を見ているし、なんだか止めてやらないといけない気がした。
「現実と執筆環境をごったにした発言はやめろって!」
「はっ!? わたしはいったい何を?」
「白々しい……なんか斜め上に向かってカーソルを動かそうとしてたくせに」
「カーソル!?」
「カーソル? なんのことだよ」
「え? いま弥生さんカーソルって言ったよね?」
「言う訳ないだろ」
「え? ええ? ええー?」
混乱する佐保。
自分が口走ったことが分からない弥生も相当に混乱しているだろうが、弥生は頑として自分の発言を認めようとはしなかった。
「コピペの用意が整ったらしいし。弥生さん、どうぞ鑑定しちゃってください!」
佐保が机の上に置いていたスマホをずいっと弥生に突き付けた。
開いているアプリはメモ帳。
そこに英文が一つと日本語訳が一つ付いていた。
「Pudding before praise.」
「プディング ビフォー プライズ」
「なんで繰り返したし。称賛よりプディング」
「はい、こちらがプディングの画像です」
「うお、お? プリンのことじゃないとか聞いたことがあるけど」
「プリンも映ってるね。ウィキでもググってくる?」
「要らない。必要ならあとで調べるわ」
「うん」
佐保は素直に頷くと、スマホをしまう。
スマホがちゃんとポケットに収納されたのを見て、弥生は口を開く。
「同情よりも金をくれ、と似てるな」
「それ似てる? まあ、実利が欲しいところは似てるか」
「ノート移させてくれたお礼にケーキおごるから! みたいな?」
「それともちょっと違う気がするの」
佐保は頭をひねった。
今日の弥生さん、なにか察しが悪いぞ。
風邪かな?
「うん。まあ、これと比べると、さっきの『恋よりケーキ』のほうが綺麗だな」
「何故かときめきそうなセリフだ」
「はあ?」
「良かった、いつもの弥生だ」
「なに言ってんだよ、おまえは」
「ちょっと安心しただけー」
そういうと佐保は待ちかねていたようにこう言った。
「今日のことわざは『欲の熊鷹、股裂くる』だよ」
「なんかバイオレンスだな」
「うん。欲張りすぎると痛い眼に遭うって意味だね」
「クマタカって鳥のことだっけ」
「ええっと、クマタカは、ワシの一種だって。かなり大型らしい」
「ふうん」
弥生は大きな鳥が……何を掴んで股が裂けたんだ?
想像できないので、おとなしく佐保に聞く。
「なあ、なんでクマタカは股が裂けたんだ?」
「ああ、それはね。右に逃げるイノシシと左に逃げるイノシシを掴んでたから」
「それは裂けるわ」
納得した弥生である。
脳内イメージではかなりデカい鳥が、小さなウリボウを掴んでいる。
この図だと、ちょっとウリボウが可哀想。
「この類句だと載ってないけど、二兎追う者は一兎を得ず、だよね」
「ルイク? ああ、類句ね。動物系で似てるのにな。なんでないんだ?」
「それは知らないけど、虻蜂取らずとか、花も取らず実も取らずとか、大欲は無欲に似たりとか、あるんだけど」
「なんだそれ? 虻蜂取らずしか知らないぞ」
「だけど、アブもハチも取りたくなくない?」
「ハチははちみつが取れるから……アブはなんだ? 刺されるぐらいしか用途が思いつかない」
「刺されたくないよ!?」
珍しくツッコミを入れる側になった佐保は驚きを隠せない。
やっぱり今日の弥生さん、なんかおかしい!
「ああ、でも。二兎追う者は一兎を得ずって日本のことわざじゃないんだよね」
「なんだそれ。いまや小学校でも習うぞ」
「だって、書いてあったもの。電子辞書に。そもそも二兎追う者は一兎を得ずって項目がないし」
「ちゃんと調べたのか?」
「辞書ではね。インターネットではなんて言ってるのかな……」
スマホを取り出して、に、と、お、う、も、の、は……と呟く佐保。
今調べるのかよ、と弥生は無言で驚いた。
「はあ。時間かかりそうだな。帰るか」
「ほへー。ねえねえ弥生、見てみて」
「佐保、わたしは帰るからな」
「え”っ、なんで」
突然に突き付けられた三行半。
もうこれ以上構ってられない、そんな弥生の意志はまさしく三行半であった。
佐保がなんか言ってるが、聞く気はない。
弥生は、机の側面にかけていたカバンを掴む。
「ま、待って!」
「待たない」
「待ってよー、弥生ー」
「待たないってば」
そのまま置いてかれた佐保はぽかんと立ち尽くした。
しばらく待っても、戻ってくる様子はない。
佐保は、スマホをしまった。
やや呆然としたまま、自分のカバンを背負い、とぼとぼと歩き出した。
ひとりぼっち、廊下を歩く。
玄関で、弥生を見つけた。
あれ、先に行ってたんじゃ……。
「弥生?」
「忘れ物見つけた」
「わたしとか?」
「調子に乗んな」
「むー」
弥生は口を尖らせる佐保を見て、ちょっと息を吐く。
佐保が不思議そうに見つめている。
「……ちょっと待っていてくれるか?」
「……! もちろん! 一緒に帰ろう」
「じゃあ、ゆっくり忘れ物探してくるから、しばらくそこで一人で待ってろよ」
「なんで!? 弥生さん、わたしに厳しすぎない!?」
「気のせいだろ」
そう言いながら、弥生の口元には微笑みが添えられていた。
佐保も言い返しながら、ほんと弥生は寂しがり屋なんだからーとうそぶく。
即座に返ってきた、どっちがだよというツッコミに、佐保の頬はほころぶ。
そうだ、これが弥生だよ。いつもの弥生。
佐保は廊下の奥に消えていく弥生を満面の笑みで見つめていた。