ことわざコラム03
「こんにちは。わたし佐々木 佐保だよ」
「やあ。わたしの名前は光岡 弥生だ」
黒髪を垂らした女の子が二人、どこか虚空を見つめながら、ペコンとお辞儀をする。
肩にかかるくらい長い髪をしているのが弥生、ボブが佐保だ。
「これ、続けて読む人には鬱陶しい説明だよね」
「なんてことを言ってくれる」
二人は『2to2』という小説の登場人物だ。
訳あって、更新停止の検索除外中の身であるが、こうして表舞台に立てたのだ。
いつか更新してくれる日もあるのではないだろうか。
「更新なーい」
「知ってた」
「何故更新がないのですか?」
「そりゃ、おまえが現実を直視すれば分かるだろ」
二人とも、そろそろ本題に……。
「しまった、出番外されちゃう!」
「その発言も三回目だぞ、佐保!」
◆しばらくお待ちください◆
「弥生ちゃん、今日のテーマだけど」
「ちゃん付けはやめろって言ってるだろ」
佐保が机の上でエンピツを転がす。
いまどきの女子高校生がエンピツなんて、奥ゆかしいと思うかもしれない。
しかし、これは試験用、マーク式テスト用のエンピツである。
特に意味のある訳でもないエンピツを右から左から、ころころして楽しむ佐保。
精神年齢が疑われそうだ。
「失敬な」
「いや、案外的を射ているぞ」
「どういう意味だ、このやろう」
「わたしは野郎ではないし、意味なんか一つしかないだろ」
「むむむ……」
佐保は一度考える振りをして、腕を組む。
と言っても、これはただのポーズで、本当の意図は別のところにあった。
脱線しまくっている話の筋をどう戻すか、という問題だ。
「今日のテーマは」
「唐突に行ったな」
「うん。『目で殺す』だよ」
結局ゴリ押しすることに決めたらしい。
解決案なんてそう簡単に見つかるもんじゃないよね。
「意味は?」
「色っぽい目つきで相手の心をとりこにし、夢中にさせること」
「へえ。ビームじゃなくて?」
「ビームって、弥生、なんか勘違いしてない?」
「目で殺すなら、目からビームが常套だろ」
「いや、何言ってるの、この人……」
殺す、というのは悩殺するという意。
けっして、killする方じゃないので注意。
「無理に英語翻訳するなら、アイ・ザ・ラブビームですかね」
「やっぱりビームじゃないか」
「弥生、今日おかしいよ」
「あん?」
「すみません、なんでもないです」
ちなみに辞書を引くと、『enchant』や『irresistible』が出てきます。
でも、どっちも一般的な英語ではないので、読む人のほうが分からないよね。
え? 分かる?
すげえ。
「でも、目で殺すっていうと、つり目とか三白眼とか、怖そうな人がこっち睨んでるイメージがあるよね」
「目からビームだ」
「弥生さん、聞いてます?」
「どこの主人公の目つきが三白眼だって?」
「そんなこと一言も言ってない」
佐保は乱暴に頭をかいた。
セットしてあった髪型が多少崩れるが、佐保はそんなこと気にしない。
それより、弥生だ。
今日の弥生は変だ。
誰か、見た目がそっくりな別人と入れ替わっているかのようで――。
はっ、まさか!
「弥生が二重人格者だったなんてわたし知らなかったよ」
「おい、親友でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「え? 親友?」
「い、いまのはただの例えだから」
「わーい。親友、わたしと弥生はベストフレンド!」
「聞いてんのか」
「いえあ」
思いもよらぬプレゼントに、佐保は舞い上がる。
それこそふわりと浮き上がって、教室の天井に頭をぶつけて降りてきた。
弥生は目をこする。
わたし、疲れてんのか?
日常ではありえない超常現象に、弥生は目をしばたたかせるほかなかった。
「いてー」
「……お、おう」
「あれ? なんで弥生引き気味なの?」
「おまえがエイリアンだったとは、わたしも驚きだ」
「ちょい待て。わたしのどこがエイリアンなのさ、親友」
超常現象イコール地球外生命体な弥生さんも結構、ボキャブラリーが危ない。
もっとあったでしょ、サイエンティストとかマジシャンとか。
「で、なんの話してたんだっけ」
「ビーム」
「ビームの話はもういいです」
「目で殺すがなんたらかんたら」
「あ、意外と聞いてたんだ」
ほっとする佐保は、椅子を大きく揺らして伸びをする。
そんな佐保の姿に弥生は不安を抱く。
こいつ、こけたりしないよな?
ちらちら見てくる弥生に、佐保は首を傾げた。
今日はそれだけで終わったので、とても可愛らしい。
「はっもしや、これは流し目……!?」
「何を言っているんだ、こいつは」
「そんな冷たい目で見ないでください」
視線がそらされる。
佐保は一抹の寂しさを覚えた。
いや別に、冷たい視線が好きって訳じゃないから。
ドMじゃないって言ってるじゃんか。
「ちなみに、『目で殺す』に、辞書のほうでつけてくれた英訳はなかったよ」
「前回の青眼もそうだったな」
「という訳で、次回も、このことわざ辞典には載ってなさそうな故事ことわざを紹介することになりそう」
「次回あるのか」
「うーん、これは書く人のさじ次第だよね」
当たり前のことを言う佐保。
弥生はそんな佐保を呆れた目でみつめる。
佐保は嬉しそうだ。
弥生の口がへの字に曲がった。
「弥生さん、おおよそ女子高生らしくない表情になってますが」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「もしかして:わたし」
「大正解!」
二人がボケに回ってしまえば、二人以外の生物が存在しないこの教室では、誰もツッコミに入らない。
二人はじりじりと向き合って、そのときを待つ。
どちらが先にツッコミに転じるか。
我慢勝負だ。
佐保の背中に冷や汗がにじみ、弥生の頬が赤みをさしてきたころ。
チャイムがなった。
「あ、もう帰らなきゃだね」
「正直、こんなふざけたことをしているより、勉強した方がいいと思うんだ」
「弥生もノリノリだったじゃない」
「じゃあ、おまえ置いて帰るわ」
「ホワイ!? 待って! 置いてかないで!」
唐突に英単語が飛び出す佐保を、弥生は聞きながら身を翻す。
佐保の停止命令にも耳を貸さず教室を出た。
廊下を歩く弥生は、後ろから足音を感じた。
バタバタ、おっとと。
またこけそうになってやがる。
弥生が後ろを振り向くより早く、背中を誰かにアタックされた。
「ふうふう。追いついた!」
「はいはい。汗がつくから離れてくれる?」
「弥生、冷たーい」
そう言いながらも、佐保は素直に離れていく。
汗のにおいとは違う、清涼剤のかおりがふわりと鼻をかすめた。
「今日は忘れ物なしか?」
「分かんない。まあ、大丈夫っしょ、明日も学校くるし」
「明日の試験、教室とは違う部屋でやるんだぞ」
「えっ、そうなの!?」
「今なら間に合うから。見てこい」
「あわわ、行ってくるー!」
「じゃあ、わたしは帰るから」
「あいやー!?」
「冗談だよ、冗談。待ってるから早く行ってこいって」
「絶対だよ!?」
絶対だよー!?
叫ぶ佐保の声は、弥生しかいない廊下にこだまする。
いつ聞いてもうるさいヤツ。
そう思いながら、弥生の唇は弧を描く。
一人ぽつんと立つ弥生の姿を、玄関からの夕日が照らし出していた。