農家さん、プレゼントを贈る
農家さんは、貿易の交渉を行うために、護衛の男の子を連れて村から旅立ったわ。
ここに残されたのは、魔術師ちゃんと広大な畑、……そして分厚い説明書。
こーーーんなに、分厚い農作業に関する説明書を置いて行ったのよ!!
鈍器か!!って最初渡されたときは、叫んじゃったわよ。
『シャロン』では、ゲーム内で、打ったメッセージをちょっとした書物の形でオブジェクト化できるわ。
今までの話で想像できる通り、農家さんはキーボードを打つのが遅いから、魔術師ちゃんに頼んで代理で打ってもらったらしいわ。
それでも、書くのに合計15時間かかったらしいわ。
「目がしばしば、します…」
ゲーム内では、そんなバッドステータスはなかったはずだけど、魔術師ちゃんはそう愚痴を漏らしていたわ。
でも、そのおかげもあって、知識の面で農作業に困ることはなかったのよ。
ただ、『毎朝、四時半行動開始』っていう文には、くらっときたわ。
少しでも睡眠時間を確保するために、自分のプレイヤーハウスじゃなく、農家さんのプレイヤーハウスに魔術師ちゃんと一緒に寝泊まりしたわ。
それでも、朝はつらかったけどね。
農家さんの畑は、きれいに区画で分けられ、その間を用水路が巡る、管理しやすい土地になっていたわ。
本来なら、スプリンクラーをつけたいところらしいんだけど、あのゲームには存在しなかったからね…。
そのスプリンクラーの代わりをしていたのは、魔術師ちゃんよ。
…ええ、魔術師ちゃん、魔法を農作業に使っていたのよ。
そのことを指摘すると、涙目で
「それは言わないでください!最近、威力よりも器用さの方があがってるんですよ?!」
って訴えてたわ…。
魔術師ちゃんも、農家さんに拾われてからずっと農作業を手伝っていたみたい。
真剣な顔で作物を睨みつけながら、作物が傷まない威力で『スプラッシュ』を行使する姿は、もう職人の域よ。
だから私は、水まきを魔術師ちゃんに任せて、いたるところで収穫期を迎えた作物を収穫していたわ。
あの時ほど、アイテムストレージがあってよかったと思った時はないわね…。
農家さんの手で育てられた作物は、たくさんあって、しかも一個一個大きくおいしそうだけど、それだけ量も重量もある。
毎朝空にしたはずのアイテムストレージが、すぐにいっぱいになって、農家さんが購入した籠と小輪車を使って収穫し続けたの。
いつもより早く起きたはずなのに、収穫だけで午前中が終わって、魔術師ちゃんとお昼ご飯を食べてから、次は直売所で『物々交換』に応じる。
魔術師ちゃんは、ちょっと人見知りなところがあって、接客業に向いていないから、その間に、収穫して更地になった――ゲームだから、収穫するとすぐにキレイな状態になるのよ――畑に、農家さんに言われた品種の種をまいて、品種に合わせてまた『スプラッシュ』していく。
青空に、魔術師ちゃんの『スプラッシュ』による虹がかかる様子を見ながら、お客さんと
「スプリンクラーちゃん、今日も調子いいね!」
「きれいですねぇ…。あと、可愛そうなんで、魔術師ちゃんのことをスプリンクラーって呼ばないで上げてください」
って会話をしながら、説明書に書いてあった『相場表』通りに、『物々交換』を終わらせたわ。
…その後の作業が、一番地獄だったわ…。
「あーもう!腰痛になるわ!!!」
「狩人さん、このゲームに腰痛ってバッドステータスはないですよ?」
稲刈りよ。
農家さんの広大な土地の約半分は、田んぼになっていたのよ。
しかも、ちょうどあの時の季節は、秋。
収穫期真っ只中よ。
米作りに関しては、ゲーム開発者は何をトチ狂ったのか、色々と細かかったわ。
他の作物とは違って、作るのに春~秋までかかるし、収穫もタップじゃなく、鎌で刈らなくちゃいけない。
一束一束、鎌で刈っていくなんて、時代錯誤よね!!!
人生で初めて稲刈り機を渇望したわ!!
しかも、ゲーム開発者は、何をこだわっているのか。
お米に関しては、天日干し、脱穀、籾摺り、精白しなくちゃ『白米』にならないのよ!
「本当、なんでこだわっているのよ!いいじゃん、狩りみたいにアイテムストレージに自動で『白米』を入れれば!!」
「でも、お米だけじゃなくて藁や米糠、籾まで手に入るんですよ!私、糠漬けの糠を初めて見ました!」
そう嬉しそうに言いながら、ミスタップなく藁を出して、稲束に巻きつけてぐるんぐるん回す魔術師ちゃんは、ずいぶんと農家さん寄りの人になっちゃったなぁ…と思ったものよ。
ちなみに、ゲームで育てられるお米の種類は、詳しいことは分からないけど『晩稲』っていう10月ごろ収穫を迎えるものらしわ。
農家さんも、ゲームのグラフィックでは種の状態では、どの品種か分からなかったみたいね。
貿易を始める時期と、収穫期がかぶったことを、申し訳なさそうにしていたわ。
実際、結構この作業が大変で、どう頑張っても脱穀までたどり着けなかったの。
天日干しされている稲束が溜まる一方で、どうしようかと悩んでいたわ。
そんな日の夜中、農家さんからメッセージが届いたの。
『プレゼントを贈った』
フレンド登録している人には、どこにいてもメッセージを送ることができる。
字数制限はあるけど、確か、100字だったはず。
間違ってたとしても、どんなプレゼントなのかを記載するだけの文字数はあったはずよ。
夜中に贈られたそのメッセージに気が付いたのは、翌朝、プレゼントとやらが届いた時だった。
その日も、農作業をしようと扉を開くと、
「「「おはよーごぜーます!!姉御たち!!!」」」
三人の盗賊が、土下座をしていた。