農家さん、物々交換を始める
農家さんは、料理スキルを手に入れたものの、野菜しか作ってない。
まぁ、鍋さえ買えば、野菜スープができるから、毎日生野菜にかじりつくような生活は送らなくていいようになるけど、パンやお肉がないのは辛すぎる。
そんなことを思いながら、出された切っただけの大根とトマトを食べてみたら、NPCのレストランで出されるサラダよりも、それどころか現実世界で食べたものよりも味が濃くて、とてもおいしかったわ。
思わず、二個、三個と手が伸びた後に、出されたものにがっついてるみたいで、ちょっと恥ずかしくなったわ。
「農家さんの作るお野菜、とってもおいしいですね」
さすがに毎日三食かじりつくのは無理だけど、一日一度は食べたい味だ。
素直に称賛すると、農家さんは嬉しそうに、自分も食べ飽きたであろう野菜に手を伸ばした。
「最初はゲーム特有のルールがあって難しかったが、慣れれば現実世界よりも楽だ。害虫もいなければ、病気になることもない。育てる期間も短縮されて、早いもので三日、遅くても七日でできるから、様々な野菜を試せる」
前シリーズでも野菜を育てたことなかったから、そんなに早くできるのは知らなかったわ。
けど、現実世界みたいに、一つの野菜ができるのに、約一カ月以上かかるのは、ゲームバランス的におかしいものね。
ただ、農家さんはちょっと困った表情を浮かべていたの。
「早くできるのはいいが、この村の野菜関係の納品クエストをやりつくしてしまって困っているんだ」
納品クエストは、討伐クエストより数が少ない。
しかも、同じクエストを、違うプレイヤーは受けることはできるけど、同じプレイヤーが何度も受けることはできない。
例を挙げて言うと、「大根を10本納品しろ」っていうクエストを出すNPCがいるとするじゃない?
農家さんは、そのクエストを既に受けてクリアーしているから、もう一度そのクエストを受けることができない。
けど、私はまだ、そのクエストを受けたことがないから受けることができる。
逆に、「イノシシの肉を5個納品しろ」っていうクエストにおいては、私はクリアーして受けることができないけど、農家さんはクエストを受けることができる。
そういうルールがあるから、農業系スキル極振りの農家さんには、厳しい状況になっていたみたい。
「なら、溜まっている私のお肉をあげますよ」
「そうか、君は狩人さんだったんだな」
…まさか、これが名前を確認していたなんて思いもしなかったわ。
私が農家さんのことを「農家さん」って呼んでいたから、このゲームでは名前が職業の名前になっているって思っているなんて分かるはずがないじゃない!
フレンド登録するときに「農家さんとフレンド登録しますか?」ってメッセージが表示されるのに!
そもそも、頭上にはPC名が表示されているのに!!
まぁ、私のPC名が英語表記だったのも、誤解の原因の一つだったんだけどね…。
「申し訳ないが、分けてくれるとありがたい」
そう言った農家さんは、本当にほっとした様子だったわ。
結構、窮地に追いこまれていたみたいね。
もしかしたら、倉庫を作ったのも、何もできなくて暇だったからかもしれないわね…。
「君からは、色々と教えてもらったり、お肉までもらったりと、もらってばかりで申し訳ないな…。…そうだ、俺が育てている野菜ならいくらでもあげられる。何がほしい?」
この時私は、「野菜の状態じゃなく、サラダの状態で…」って言おうとして、重要なことに気が付いたわ。
農家さんはクエストをクリアーするために、私からお肉をもらう。
お肉関係の納品クエストは、積極的にやっていたから、私もやりつくしている状態。
野菜関係の納品クエストは、農業スキルをとるほどスキルの枠がないから手を付けていない。
でも、野菜が手に入ったら、野菜関係の納品クエストを受けられる。
つまり、農家さんだけじゃなく、私もできなかった納品クエストをクリアーできる。
「農家さん!!それですよ!!!」
私は思わず大声を出して、農家さんに自分の考えを説明したわ。
納品クエストは、討伐クエストよりも安い。
けど、自分の使っていないアイテムを交換するだけで、クエストがクリアーできるのなら、時給換算すれば納品クエストの方が稼げるかもしれない。
農家さんは、慣れないゲーム用語を必死に咀嚼したあと、まじめな顔をして…
「ふむ、物々交換か…」
って分かりやすい言葉に置き換えたわ。
田舎暮らしっぽい世界観で、田舎でよくありそうってイメージの「物々交換」っていう名前は、しっくりきていたわ。
私は農家さんと、お肉の納品クエストで必要な種類と数のお肉と、野菜の納品クエストで必要な種類とその数の野菜を『物々交換』したわ。
それ以降、農家さんとちょくちょく『物々交換』をしたり、『物々交換』のことを村で出会ったプレイヤーに教えたりしていたわ。
農家さんの方も、今までより多くのプレイヤーが自分のところに訪れるようになったみたいで、「直売所」ってかかれた看板をとりつけたバラック小屋を建ててたわ。
そのころには、これ位じゃもう、驚かなくなってたわ。
…でも、どんなに慣れても予想の斜め上を行くのが、農家さんよ。
「そろそろ貿易を始めようと思うから、手伝ってほしい」
「はあ?!」
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