農家さん、家を建てる
ピンク色のファンタジー系ミニスカを着たオッサンという神話生物並に恐ろしい生物を連れて、私は狩りで稼いだお金で服を買ったわ。
クリアー条件がお金だったけど、あの神話生物を野放しにはしておけなかったのよ。
村に行くたびにミニスカオッサンが歩いていたら、私の精神はとっくに崩壊してるわ。
農家さんは、現実世界でこの格好をしてたからって黒色のタンクトップに、ジーンズのような素材のズボンを選んだわ。
もちろん、着ていた女性服は売ったわ。農家さんは私にあげようとしてたけど、現実世界と同じ姿であの恰好はきつすぎる。
私は農家さんに農具の買い方を教えて、「いつか、礼をする」と律儀に頭を下げる農家さんとフレンド登録したわ。
その時、彼のキャラクターネームが『農家』だったことに気が付いたのよ。
あのゲームだと、キャラ名が頭上に出てるけど、あの容姿のインパクトのせいで、見てなかったのよ。
「職業のないゲームで、こんな名前をつけるなんて、よほど農業が好きなんですね」
「あぁ、三食の飯よりも、大好きだ」
三食の飯のために、農業をするのでは?
そんな疑問を胸に、私は農家さんと別れたわ。
彼は妙にこなれた様子で、鍬と肩に担いで自分の所有地へと去っていった。
それから数か月。
私は森で狩りを行ったわ。
もともと、弓道部で弓の扱いには慣れていたし、始まった季節が春だったから冬眠を終えた動物たちが結構いて、いい稼ぎになっていたわ。
時折、人間の土地に迷い込んできたモンスターに出くわして、倒せそうなやつがいれば倒していったけど、あまり積極的には倒さなかったわね。
さすがに、自分のHPを消耗しながらも戦いは怖かったのよ。
ほぼ、自分の所有地には手を付けず、プレイヤーハウスのみ使ったわ。
農家さんが農具を選ぶといったとき、止めなかったけど、あんまり農業って稼ぎが良くないのよ。
自分の作ったものを売るよりも、クエストで稼いだ方が収入がいいからね。
クエストって言うのは、NPCである村人に話しかけて、困っていることを助けてあげるってもの。
大体は、動物や弱いモンスター退治とかで、大体の人がそのクエストをやるために、剣か弓、槍といった武器を選んだわ。
でも、ゲーム自体あまりやったことがないっていう農家さんに、命がかかっているゲームで戦えって言うのも酷でしょ?
だから、言わなかったのよ。
クエストを受けるために、何度も村へは言ったけど、農家さんとは、生活リズムが違うのか、出会うこともなく、最初のインパクト大な印象はだんだんと薄れていったわ…。
そんなある日、獲物を追って森を駆けていたら、見事な畑があったのよ。
私は獲物のことを忘れ、思わず立ち止まったわ。
さっき話した理由で、農業をやってる人は少ない。
数か月もすれば、自分が食べるように、ちょっと育ててる人もいたけど、そんな規模じゃない。
自分の与えられた大きな土地の約半分が、すでに耕されて、美味しそうな野菜がなっていたんだもの。
しかも、本来はないはずの小さな川まで流れてる。
正直、自分の知らないうちに別のゲームにでも来てしまったのかと思ったわ。
「おや、あの時の少女…」
「うわっ!?」
大量の藁が、渋い声で話しかけられ、新手のモンスターかと、弓を構えた。
すると、ひょっこりその後ろから農家さんが現れたのよ。
ただ、農家さんが大量のわらを持ってるだけかと安心して弓を下して、私はため息を吐いたわ。
「農家さん、アイテムストレージってご存知ですか?」
「アイテムストレージ?」
やはりか、と思ってがっくりきたわ。
なんとなく察してたけど、農家さんはゲームの一般常識を知らない。
アイテムストレージっていうゲームの世界ではおなじみの、見えないカバンすら分かってないのよ。
「ふむ。これは、便利だな」
アイテムストレージの使い方を教えてあげると、農家さんは大量に抱えていた藁をストレージにしまって感心したようにうなづいた。
「また、少女には借りが出来てしまったな…。そうだ、もしよければ家で茶でも飲まないか?」
普通、女の子が知らない男性についていくのは、ゲームの中でも現実でも危ないことだけど、農家さんの人畜無害そうな雰囲気で、危険なんてないように思えた。
なにより、色々と聞きたいこともあったしね。
そして、家に案内してもらうと
「狭いが、ゆっくりしてくれ」
「ちょっと待って。理解が追いつかない」
なぜか、プレイヤーハウスの隣に、もう一軒、家が建っていた。