農家さん、犯人を捕まえる
「びゃあ!ボボボボボボボボボ!!」
日が落ちて暗いため、命中率が心配でしたが、スプラッシュは見事に犯人に命中しました。
スプラッシュは、大量の水を敵にぶつける魔法です。
突然現れた大量の水に飲まれた犯人の悲鳴は、ほとんどが水流に飲まれて消えました。
攻撃がプレイヤーに当たったことにより、相手のHPゲージが頭上に見えるようになりました。
そのHPゲージがぐんぐんと減っていく様子に、サッと血の気が引きました。
・・・少し考えたら、分かることでした。
わざわざ夜中に、人に会わないように、食べ物を得るなんて、自分で稼げないほどレベルが低い人です。
そんな人に、後ろからちびちびと魔法を打っていただけとはいえ、数か月間討伐系のクエストに出ていた私の魔法は威力が強すぎます。
「あわわわわわわ」
一度発動した魔法を止めることはできません。
きっちり最初に設定した魔力量分のスプラッシュが炸裂し、どざりと音を立てて作物泥棒が倒れました。
慌てて作物泥棒のHPゲージを見れば、すでに黄色状態・・・半分を切った状態でした。
犯人の心配をする私の横を、農家さんが走りすぎ、鍬を、もちろん金属のほうではなく柄の方を上に構えて犯人へと向かっていきました。
「天珠ッ!」
「農家さん!だめえええええええ!!!!!」
私の必死の呼び止めは、間に合いませんでした。
農家さんの振り上げた鍬の柄が、犯人に振り下ろされました。
「・・・ん?」
HPゲージが、まったく減りません。
その後も何度か、鍬の柄で犯人をたたいていますが、あまりHPが減りません。
農家さんがプレイヤーを殺さなくてよかったという安堵と、なぜ、HPが減らないのかと疑問に思っていると
「こんにゃろおおお!やったなあああああ!!」
犯人が起き上がって、鈍器らしきものを振り回し始めました。
振り回しているうちに、何度か農家さんにもあたっていますが、こちらも、HPが減りません。
「あ、そういうことか・・・」
不思議に思いながら二人に近づいて、ようやく理由が分かりました。
二人とも農家さんの育てたナス畑の中にいました。
おそらく、最初の私のスプラッシュで、作物泥棒が畑の中に倒れたのでしょう。
畑は、町中のように、モンスターが現れず、プレイヤーに攻撃が不可能なエリアです。
「あの、そろそろいいですか?」
おそらく、このゲームの中でいろいろな意味で、最もレベルの低い戦いを止めに入りました。
最終的に取っ組み合いまで発展した二人は、私の言葉で動きを止めました。
それにより、スプラッシュを放った時は、遠くて人影しか見えなかった作物泥棒の姿を見ることができました。
ふわふわとしたくせ毛の黄緑色をした髪の毛は、肩につかないほど短く、畑に転がり落ちたからか、取っ組み合いをしているからか、土で薄汚れたエフェクトがついた顔は、フランス人形のようにかわいらしい顔立ちをしていました。
そしてなによりも、その華奢な体格は確実に・・・。
「お、女の子・・・?」
友人以外で見たことが全くなかった希少な女性プレイヤーでした。
呟いたことで私の存在に気が付いた作物泥棒の女の子も、私が女性であることに驚いたようで、手を振り上げた状態でぽかんとしていました。
そんな女の子に、農家さんは拳骨を勢いよく振り下ろしました。
「いったあああああ!」
「人が一生懸命育てた野菜を、勝手に盗むとは何事だ!」
「の、農家さん。相手は女の子ですので優しく・・・」
「そうだ!そうだ!」
私の言葉に、元気よく同意する作物泥棒に、農家さんは非常に冷たい視線を向けました。
「・・・もう一発行くか?」
「優しく!!」
その後、なんとか農家さんをなだめ、犯人を連れて農家さんの家に入りました。
ふてくされる犯人に、怒り心頭の農家さん。
この状況に、コミュニケーション能力がないと嘆いている場合ではありません。
「えっと・・・、作物泥棒さんはどうして野菜を盗んだんですか?」
「おなかがすいたから」
「お金は・・・?」
「もうそんなのすぐに使い切ったよー」
同年代だからか、同じ性別だからか、あっけらかんな感じで返答が返ってきます。
頭が痛いと思っていたら、農家さんが立ち上がりました。
「人が大切に育てたものを、コソコソと盗むんで良心は痛まないのか?」
「あのとき、助けてあげたじゃん!それでお相子!!」
見た目はフランス人形のようにかわいらしいけど、中身は子供っぽい作物泥棒さんが叫びました。
どういうことかわからず農家さんのほうをみると、頭が痛いとばかりに顔をしかめていました。
「だからって、こそこそと盗るなよ・・・」
「あの時助けたってことは、この子は農家さんの知り合い・・・なんですか?」
「このゲームにログインしてすぐに、装備のこととかいろいろと教えてもらったんだ・・・」
農家さんから詳しく聞いてみると、農家さんはゲーム開始直後、農業の道具を買ったものはいいものの、『装備』状態でなかったため、自分の土地を耕せなかったそうです。
『装備』のことなど知らない農家さんがそのことを不思議に思っていたところ、作物泥棒さんに『装備』のことや『スキル』のことを教えてくれたのだそうで・・・。
「確かに、それなら農家さんに直接もらいに行けばよかったじゃないですか」
見ず知らずの行き倒れていた私すら助けてくれた農家さんのことです。
絶対に十分にお礼してくれるはずです。
「・・・だって、一回じゃ足りないほど、ビンボーなんだもん」
「・・・・・・」
あの時、貧乏というのは非常に罪なことでした。
ゲームマスターから定められた『1000憶ギル』を稼ぐために、みんな自分のスキルを活かして頑張っています。
貧乏ということは、他の多くのプレイヤーに対する裏切り行為の一つでした。
「貧乏・・・、稼げないっていうと、スキルは何を取ったんですか?」
「『建築』『アイテム所持重量増加』『アクロバット』」
『建築』とは、家の増築や改装を行うことができるスキルです。
『アイテム所持重量増加』はその名の通り、一度にもてるアイテムの量を増やすスキルで、『アクロバット』は木登りや高所での作業を補助するスキルです。
・・・そうなんです。彼女がとったスキルは全て、建築中心だったんです。
「大工さんだったんですね・・・」
見た目はフランス人形、中身は子供。
そんな彼女の正体は、このゲーム内でクエストが最も発生しない建築系スキルをとりまくった大工さんだったのです。
農家さんの地雷は、作物泥棒。




