農家さん、戦闘準備をする
勇気を振り絞って、作物泥棒を捕まえるのに協力すると伝えた私に、農家さんは、困ったように眉をハの字にして言いました。
「相手は、どんな奴かわからない。小さな女の子を巻き込むわけにはいかない」
「だだだ大丈夫です!対人戦は経験ありませんが、モンスターとなら戦ってきましたから!!」
「・・・そうか、ここはゲームのなかだったな」
農家さんの呟きに、私は心底驚きました。
ゲームのなかでは、戦闘能力はある意味平等です。
女子供であろうと、戦闘に関するスキルを上げたり、レベルを上げれば、体格の良い男性よりも強くなります。
そのため、基本私たちはその人の見た目よりも、装備や武器などで相手の力量をはかるのです。
自分が戦闘中心の生活をしていたため、すでに常識となっていたことでした。
その常識が農家さんには浸透していないということが、農家さんがどれ程戦闘経験がないかを物語っていました。
「そういうことなら、手伝ってくれるとありがたい」
私の驚きをよそに、農家さんは私の協力の申し出を受けてくれました。
頭を下げる農家さんに、私は慌ててベッドの上で土下座しました。
「で、できる限り頑張ります!!」
戦闘経験ほぼ皆無のこの人を守らなくては・・・!
想像以上に責任重大な事態に、冷や汗を流しました。
「今までのことを考えるに、犯行は恐らく夜中だ」
農家さん曰く、犯行は毎日行われており、基本的には生で食べられるものが狙われている。そして、取られた作物の個数的に犯人は一人の可能性が高い。
その事を聞いて、私は魔法の消費量を少な目に設定し直しました。
・・・あ、いままでこのゲームの魔法について説明してませんでしたね。
魔法は、呪文を唱えてMPを消費することで発動します。
そして、ダメージは『どれ程的確に当てられたのか』『どれ程近くで当てられたのか』そして『消費する魔力の量』で決まります。
出来るだけ体に、できれば急所に当てた方がダメージは大きいのはわかると思います。
『器用』のステータスを上げると、自分の思ったところに魔法が飛びやすくなりますし、経験を積んでいけばどこに敵が動くのかを読めるようになり、うまく当てられるようになります。
このゲームでは、弓や魔法といった遠距離攻撃をもつ攻撃には、距離補正がかかるので、遠ければ遠いほど威力が落ちます。
これは、スキルのレベルが高ければ高いほど、飛距離や威力が上がります。
そして、消費する魔力の量なんですけど、魔法一つ一つに消費する魔力の量をウィンドウを開けば設定できるんです。
消費する魔力の量が多ければ多いほど、威力は高くなりますが、打てる回数が少なくなります。
『魔術』のスキルをとった人は、自分の戦いかたに合わせて、戦闘前に消費する魔力量を設定するんです。
今回は相手を倒さずに捕まえなければならないので、少な目に設定したんです。
「生で食べられる野菜の畑は、運が良いことに家の近くにあるので、家の近くに隠れて相手が来るのを待機しましょう。プレイヤーハウスには、その家の管理者とフレンド、そして許可を得た人しか入れませんから、相手が強かった場合、家に逃げ込んでください。」
「あぁ、だから運び入れるときに、文字が浮かんだのか」
責任感からいつもより饒舌にしゃべる私に、農家さんは気の抜けた返答をしました。
私も逃げ込めるように、農家さんとフレンド登録をしました。
「農家さん?」
「あぁ、見た通りだろ」
ようやく私は、目の前の人物のプレイヤー名が農家さんであることを知りました。
本当に、農業が好きなんだなーとある意味感心しながら、杖や戦闘用のローブを装備すると、農家さんはそれを見て考え込みました。
「俺もそれなりの格好をした方がいいか・・・」
その時の農家さんの格好は、黒色のタンクトップにジーンズでした。
ちょっとそこのコンビニまで行ってくるといった格好で、戦闘に参加されては困ります。
「えっと・・・もう少し防御力の高い装備はありますか?」
「ふむ。ちょっと待ってろ」
なれた手つきでウィンドウを開き、少し考えてからひとつの衣装を装備しました。
「これでどうだ?」
農家さんが装備したのは、紺色のつなぎでした。
丈夫な生地で縫われたそれは、農作業といった野外活動には心強く、戦闘においては非常に心もとない装備でした。
これで、防御力が1でもアップしているのでしょうか?
それとも、私が知らないだけで、この装備には特殊な効果がついているのでしょうか?
様々な疑問を抱きながらも、内弁慶な私は、自身の装備に満足して、意気揚々と鍬を構えている農家さんに何も言えませんでした。
そんな感じで戦闘の準備・・・といっていいのか分からない準備を終え、日が沈んでから私たちは、畑が見える位置にある田んぼの中に伏せていました。
・・・あぁ、田んぼといっても水中じゃないですよ。
そのころはもう、株分かれしていたので、少しでも根を深く、多く伸ばすために灌水していた田んぼから水を引くんです。
これを中引きといいます。
私も小学生の時に、学校の授業でバケツを使った稲を育てたことがありましたが、テレビや旅行先で見るような大きな田んぼで実際に行われているのを見ると、違和感がありました。
・・・とがいえ、その違和感はゲーム特有のポリゴンでできていたからかもしれませんし、中世ヨーロッパ風の風景が多く登場するゲームの中なのに、田んぼがあったからかもしれませんが・・・。
そんなことを考えながら、息を殺して犯人が現れるのを待って、一時間。
「きたぞ・・・」
農家さんがナス畑を指さしました。
その畑のそばで、もぞもぞと動く黒色の人影の姿がありました。
私は杖を強く握り、立ち上がりました。
「スプラッシュ!」
・・・後に、何度も、一日に何度も唱えることになる得意な魔法の呪文を、けれどもモンスターや敵対するプレイヤーに向かって唱えることはほぼなくなる便利な魔法の呪文を唱えたのです。
鍬は平鍬か備中鍬かは、読んでくださったみなさんの想像にお任せします。




