農家さん、餌付けする
楽しかったはずのゲームがデスゲームとなり、友人に足手まといだと言われ、倒れた私を助けてくれたのは、ピンク色の髪の毛のおっさんでした。
「びゃあああああああ!!!」
驚き、疲労、男性に対する苦手意識、驚き、あと驚きで私は再び気絶しました。
気絶直前、目の前で奇声をあげて倒れる私に、小首をかしげる農家さんの姿を見た気がします。
「目が覚めたか」
次に目が覚めると背中にふわふわとした感触がしました。
見てみれば、数回しか使ったことのないプレイヤーハウスにもとから置いてあるベッドに横たわっていました。
なぜ、そんなことになっているのかと、起き上がってキョロキョロしていると、キッチンで包丁を研いでいた農家さんが振り向きました。
ピンク色の髪の大男が包丁を手にした姿に、
「食べられるっ!」
と悲鳴をあげたのは不可抗力だと主張します・・・。
掛け布団にくるまってブルブルと震えて命ごいをする私の姿に、農家さんは大きなため息をつきました。
「人間を解体したことも食ったこともない。食べないから安心しろ」
「たべないでください、たべないでください、たべないで・・・って、え?」
「山姥や野槌じゃない。人間だ」
ゲームでメジャーなモンスターではなく、妖怪の名前を挙げながら農家さんは茹でたトウモロコシをテーブルに置きました。
数日ぶりの食べ物に、目の前の人物を忘れて、ごくりと喉がなりました。
「朝イチでとったトウモロコシだ。食べな」
「いただきますっ!!」
よしと言われた犬のように、私は勢いよくトウモロコシを手にしました。
どうやら茹でたばかりで、熱々のトウモロコシに悪戦苦闘しながらかぶりつきました。
すると、じゅわっと水分が中から出てきました。
その水分もジュースのように甘く、濃厚で、飢餓状態だったことも相まって身もだえするほど美味しかったのを覚えてます。
「ごちそうさまでした!いままで食べたトウモロコシの中で一番美味しかったです!!」
「それは良かった。トウモロコシは夜の間に糖分を溜め込んで、昼にその糖分を使う。だから、朝一番に収穫して、その日のうちに食べるのが一番うまい」
いまにして思えば自分で育てた作物を誉められたのが、嬉しかったのでしょう。
農家さんは饒舌にトウモロコシの栽培方法について話していました。
リアルではカラスが食べに来るし、カラスは一番おいしいのをつまみ食いするから、カラス避けが必須だし、トウモロコシは重いから持ち方にも慣れが必要とのことです。
「まぁ、ここでは害獣や害虫が来にくいみたいだな」
農家さんはそういいましたが、来にくいではなく来ないんです。
プレイヤーハウスやその近く、そして『プレイヤーが耕した土地』にはモンスターや凶暴な動物は現れません。
小さな草食動物も襲わない限りプレイヤーの物に噛み付いたりしないんです。
私が農家さんの家の回りをフラフラと歩いていたときに、畑を囲う柵やネットがあったのを思い出しました。
「あの・・・、動物に作物を食べられることはないですよ?」
見ず知らずの他人、しかも男性の家で、しかもその人物もピンク色の髪という不信感一杯の場所だというにも関わらず、私は普通に農家さんに話せました。
色々なことがありすぎて、精神的にも肉体的にも疲れていたということもありますが、農家さんから溢れる人畜無害な雰囲気が、私の重い口を開かせました。
私にとっては奇跡的な返答に、農家さんは不思議そうに首をかしげました。
「だが、実際に作物は盗られているんだが・・・」
私は農家さんに、このゲームでは畑に動物は入れないことについて説明しました。
あまりゲームを経験したことがない農家さんに、説明するのは中々に大変でしたが、なんとか納得してくれました。
「なるほど。なら、なぜ作物は減っているんだ?」
「腐ったって訳ではないんですよね?」
腐った作物は、地面に落ちて『腐葉土』というアイテムになります。
それを見落としているのではないかと尋ねたら、農家さんは首を横にふりました。
「盗まれるのは、青いものばかりだ。」
「だとしたら・・・」
考えられる可能性は一つだけでした。
「犯人は人間です」
「たしかに、動物がやったにしては、食い散らかしが無かった。この世界だからだと思っていたが・・・」
「食べかけのものは、48時間で腐葉土になります。なので、犯人は持ち帰っていると考えられます」
人間の犯行であることが、ほぼ確実になりました。
農家さんは難しい顔で顎を撫で付けながら呟きました。
「・・・ならば、捕まえて理由を聞かないとな・・・」
このときにもすでに、盗賊のようなことをするプレイヤーが現れていました。
彼らは攻撃系のスキルと武器を持ち、人を脅してものを奪い取ったり、時には傷つける人達です。
こそここと夜中に作物を盗むような人が盗賊か分かりません。
でも、もし盗賊なら、そんな人たち相手に、農家さんは太刀打ち出来ません。
・・・そこまで考えた私は、いままでの人生のなかで、最も勇気を振り絞って言いました。
「私も手伝います!」
こうして、緊急クエスト『作物泥棒を捕まえろ!』が始まった。




