農家さん、観光する
勇者と紹介されるという黒歴史を刻んだ後、俺は農家さんのプレイヤーハウスでお茶を飲んでいた。
「あの、そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ」
「ふぇっ?!あの、その、…ごめんなさい!!」
恐る恐るお茶を注いでいた、水色の髪の少女が勢いよく頭を下げた。
そのせいで急須からお茶がこぼれ、それを慌てて拭こうとして、茶飲みを倒した。
そもそもゲームの中だから、吹かなくても数秒で消えるから問題ないんだけどな~…と思いながら、頭を下げ続ける少女に、「大丈夫」を連呼し続けた。
農家さんの家に住んでいるのは、農家さんを除いて現在総勢5人。
赤髪の少女に、水色の髪の女の子。そして、盗賊三人だ。
驚いたことに、彼ら五人が住んでいるにもかかわらず、窮屈な思いをしない程、農家さんの家は広かった。
初期に与えられるプレイヤーハウスの約三倍ほどの敷地面積に、二階までついている。
床は畳で、扉は襖。そして庭へと続く大きな窓に、障子。
家の内装は、初期のログハウスっぽさはなくなり、和風の家になっている。
まぁ、金がかかっているが、農家さんらしい家だなって感じだ。
「知り合いに建設好きがいてな。練習代わりにやってもらったんだ」
一通り畑を見て回った農家さんが、そう説明しながら茶を飲んだ。
農家さんは、旅の間着ていたつなぎではなく、オーバーオールになっている。
「スプリンクラー、水が届く範囲が広くなってたな」
「スプリンクラーじゃありません、魔術師です。そうなんですよ!盗賊さんたちが来てから仕事に余裕ができたので、みんなで狩りに行ったので、レベルが上がったんです!」
水色の髪の少女、魔術師ちゃんは慣れた様子で、名前を訂正しながらも嬉しそうに農家さんがいない間にあった出来事を話した。
農家さんは、魔術師ちゃんのことをいろいろな名前で呼ぶ。
というのも、農家さんは魔法というものをうまく理解できず、魔法のことを「○○代わり」と考えているらしい。
だから、魔術師ちゃんのことを、毎度適当な名前で呼んで、魔術師ちゃんが訂正する、というやり取りがお決まりのようだ。
「そうそう、農家さんがいない間に、また街のレベル上がったし、せっかくだから見て来たら?」
赤髪の少女、狩人さんの提案に、その場にいた全員が賛成した。
街のレベルが上がったのは、本当に最近のことらしく、みんなじっくり見れていなかったみたいだ。
俺も、新しい街が気になったから、ありがたく同行させていただくことにした。
「ようこそ、はじまりの村へ」
街に行くといきなりNPCに、このゲームでは聞いたことはなかったが、ある意味お決まりの言葉を言われた。
そのことにも驚いたが、それよりも驚いたのは…
「はじまりの村?」
「そうです。この村で三回目のグレードアップの後、最も『納金』した人が命名権を得ます。この村の命名権を得た人が、『はじまりの村』とこの町の名前を決めたのだそうです」
「へぇ~」
「もしよろしければ、この町を案内しますよ。もちろん、お題は結構です」
NPCがいい笑顔でそう提案するので、俺たちはせっかくなのでその提案に乗っかった。
歩き始めたNPCの後ろを歩きながら、俺たちはあのNPCについてこっそりと話し始めた。
「…このNPC、町がグレードアップしたときに、ついてくる特典みたいなもんかな?」
「そうなのかな…?」
「ほかの村は、四段階目のグレードアップを終えてないから、なんとも言えないな…」
新しいクエストが始まったというログも出てこないから、本当にただ案内するだけのNPCなんだろう。
そう俺たちが考察していると、それをまじめな表情で聞いていた農家さんは、腕を組んだ状態で、
「つまり、観光案内人さんだな」
とだけつぶやいて、満足気にうなずいた。
その場にいた全員が、「あ、この人NPCとPCの区別がついてない…」と思ったが、説明が面倒なので言い出す人はいなかった。
「ここは、露店通りです。一定のお金を払えば、ここで露店が開けます。定期契約や、日借りなど、いろいろな契約プランがあります。すべて、時を告げる塔の内部にある受付で申請できます」
「ふむ、便利だな」
「おそらく、町で一番クリアーされている種類のクエストの系統によって、町が変わっていくのでしょう。この町は、納品系のクエストが一番多くクリアーされているため、生産系のクエストがクリアーしやすい街へとなるでしょう」
農家さんが考えた『物々交換』が、実際にゲームが実装化したって感じか。
目の前に広がるたくさんある露店、全て出店されたら、結構な賑わいになるだろう。
残念ながら、まだ数店舗しか開いていないが…。
そんな俺の考えを読んだように、NPCあらため観光案内人さんは、ニコリと笑った。
「露店が一番開かれるのは、午後1時から3時の間です。現在の時刻は4時47分のため、ピークは過ぎた後です。ピーク時は、ここにある露店の四分の三は埋まりますよ」
「俺らも露店には出してるぜ!!」
「一番大きい処だぜ!」
「次はロバも連れていくぜ!!」
家に帰ったとき、盗賊たちがいないと思ったら、どうやら露店を出していたらしい。
農家さんの畑でとれる野菜は、種類が多く納品クエストに役立つほか、味もいいので嗜好品としても高く売れるらしい。
そう、露店になってからは、物々交換からお金でのやり取りになったんだ。
時を告げる塔内部にある掲示板には、正午にはその日の納品物の相場が載せられ、それを元にお金でのやり取りが行われた。
といっても、プレイヤー同士の交渉次第で安くなったり、物々交換になったりするらしい。
「ですが、徐々にギルでのやり取りが主流になるでしょう。一番取引価値のあるものですから」
観光案内人さんは、場所の案内をするのと同じ調子で、未来の案内をした。
「それで、これから勇者さんはこれからどうする?」
「どうって…」
町の観光も終わり、農家さんにそう尋ねられた。
他のみんなは楽しそうに話しながら、農家さんの家へと向かう。
その背中を見つめていると、ぎゅっと心臓をつかまれたような気分になった。
この二週間。
農家さんを女子だと勘違いして、ロバにつばを吐きかけられ、盗賊に襲われ、和解して、村長にあって、里山なんか作っちゃって…。
いろいろなことがあった。本当、この半年、冒険してきたどの二週間よりも、意味不明なことばかり起こる2週間だった。
でも…
「俺、農家さんと一緒にいられて、すごい楽しかった」
「そうか。………俺もだ」
その言葉で、決心がついた。
「俺も、農家さんのところで居候していいか?」
「居候できるほど、金はない。…畑仕事はつらいぞ」
「おう!」
こうして、俺は農家さんの仲間になったんだ。
農家さんだけじゃなく、たくさんの仲間に囲まれながらも生活は、楽しくもあり、頭を抱えることも多い毎日だった。
とはいっても、頭を抱えるのは、大体農家さんのせいなんだけどな。
…だが、あの時は違ったな。
「くそ、『あっぷぐれーど』、早くしてくれ…」
雪の降る寒い冬の日、農家さんは雪原に膝をつき、悔しそうにつぶやいた。
これにて、勇者さんサイドの農家さんの話は、一旦おしまいです。
次は、魔術師さんサイドのお話になります。
ちなみに、年齢は狩人さん>勇者さん>魔術師ちゃんです。
そのため、勇者さんは狩人さんのことを「さん付け」、魔術師さんのことを「ちゃん付け」で呼んでいるのです。