農家さん、村長と交換する
里山。
人たちが住む集落の近くにある山を、人が間伐や木を植えるなどして管理する。
歴史的に、それが作られたのは縄文時代くらいだと言われている。
縄文時代から数千年の時を経て、ゲームというその時代からは考えられないような環境で、それが提案された。
「そうだな。まず、コナラの木があったからそれを…」
「待て待て待て待て」
話の流れから飛び出しすぎた農家さんの提案を止めたのは、この中では一番付き合いの長い俺だった。
意気揚々と里山の作り方について語りだそうとしていた農家さんは、なぜ止められたのか分からないといった表情を浮かべた。
分からないというのは、こっちのセリフだ!!
「なんで、里山って発想になった?!」
「この村には、『物々交換』できるものがないんだろ?なら、作るしかないじゃないか」
「他にも方法あるって、他の村に行くとか。というか、今その流れだったよな?!なければ作ればいいって、どういう思考回路だよ!!」
「毎回貿易するのに、遠くまで行くと時間がかかるだろ。その間の畑が心配だ…」
農家さんの思考の中心は、畑だった。
まさか、畑が心配で貿易の時間を短縮するために、里山を作るなどという発想になるとは…。
様々な情報を得て、頭の回転も速い村長も思いもしなかったのだろう。
大きい瞳を、より大きく見開いていた。
しかし、次の瞬間、彼女は笑い出した。
「はははっ!!そうか!なければ作る!!あなたはとことん、私にはない考えをお持ちのようだ!!ははっ」
突如、楽しそうに笑い出した村長を、農家さんはきょとんとして見ていた。
村長は、そんな農家さんを見てより笑いながら、手を差し出した。
「そういうことなら、協力してほしい。新たな産業を欲していたところだったんだ」
「協力するのは構わない。何事も助け合いだ」
そう言って、農家さんは手を握った。交渉成立だ。
農家さんは、朝早くに見て回った村の様子から思いついたことを次々と述べていった。
まず、この山に多く生えているコナラという気があるらしい。
それは、シイタケを育てるのに適した原木らしく、それを使えばシイタケが育てられる。
シイタケは、通気性のいい日陰においておけば、大体は上手くいくので、基本は放置で良い。
この、『基本放置』っていうのが、今回の里山作りにおけるキーポイントだった。
この村のほぼ全員のスキルは、狩猟系や木こり系のものになっている。
だから、生活の基盤を変えず、その片手間で里山を手入れすることとなる。
出来る限り、スキル枠を埋めずに、また、時間を掛けずに収穫する。
それを第一として、話し合いは勧められた。
「シイタケは確かに適しているし、種も売っている。しかし、『農業』のスキルがない者でも作れるのか?」
「あれは種じゃなく、菌だ。『農業』のスキルは、情報を得られるだけだ。別に、必ず必要というわけではない。実際に、とってないしな。…ただ、この世界にはドリルはまだないのか?」
「電気製品を入手できる場所はない。使用目的は何だ」
「コナラに穴をあけ、そこに菌を植え付る」
「ならば、キリや太めの釘で代えが効くだろう。木こり系のスキルをとった奴らにやらせよう」
目の前でテキパキと進む会話に、目を白黒させながらなんとかついていこうとした。
それは村人も同じようで、一生懸命にキーボードを叩いてメモしようとしていた。
周りが若干置いてけぼりなのを気にせず、二人の会話はどんどん進んでいった。
「次に、植えようと思っているのは栗だ。あれは、外側がイガで虫や動物に食われにくい。花もつけるから蜜蜂を育ててもいいな」
「プレイヤーの敷地内なら問題ないが、敷地外だとモンスターが出るからな。強靭な顎をもっている種類もいた。あいつらなら、イガごと食べてしまうだろう。しかし、狩人たちに、栗の木と実の防衛をやらせれば大丈夫だ。蜜蜂を育てるのに、どれほどの装備が必要だ?」
「全身を覆う、防護服。巣箱に、蜜集め用の花。あと、燻煙器にキンリョウヘンに、蜜蝋も必要だな」
「道具をそろえるのに、時間がかかりそうだな…。…いや、他の村との共同制作にすれば、時間短縮できるな。巣箱だけ作って、他の花の多い村に売りつけるのもアリか」
村長の目が、どんどんゲーマーというより金の亡者じみてきた。
ギラギラと光る眼が、農家さんの持つ情報を一つ残さず搾り取ると言っているようだった。
なんだか、相互利益といいながら、村長さんに一方的に情報を明け渡しているように見えて、俺は恐る恐る手をあげた。
「あの、すみません。何か、農家さんに情報料代わりになるようなものをあげた方がいいんじゃないでしょうか?」
「ふむ。確かにそうだな」
村長は、素直にうなずいて、顎に人差し指を添えて考え出した。
「しかし、先ほども言った通り、この村に農家さんが利益になるようなものはない。私個人の物でよければ…」
村長個人の物!!
おそらく、ダンジョンに潜らなければ手に入らないレアアイテムをたくさん持っているに違いない!!
ワクワクしながら農家さんが何を言うのか期待していると、農家さんは思い出したように呟いた。
「ビニール…」
「え?」
「ビニールのような、透明で平べったく保温性の高いものはないか?ガラスでもいい」
「…水晶板というアイテムがあるが、それでいいか?」
『水晶板』は、水晶のような透明な石が大量にあるダンジョンで、大量にとれるアイテムだ。
しかもそのダンジョン、結構難易度が低くて俺でも、クリアーしたくらいだ。
そんなものをほしがるとは思わなかったのだろう。
村長は困惑した面持ちで、アイテムストレージにしまってあった『水晶板』を取り出した。
しかし、農家さんは水晶板をのぞいたり、叩いたりした後、満足そうにうなずいた。
「持てるということは、土にも置けるのか?」
「あぁ、もちろん…」
「なら、情報の代わりにそれがほしい」
何に使うんだろう…。
どれだけ話を聞いても、農家さんの行動の予測はつきそうにないな…。
そのことを、農家さんと出会って一日で気づいた俺は、思考を放棄した。