農家さん、断られる
…お忘れかもしれないが、『シャロン』はほのぼの牧場RPGじゃない。
それは、所謂『おまけ要素』であって、本筋ではない。
大体のプレイヤーは、冒険者になってモンスターと対峙し、ダンジョンをクリアーしていくんだ。
デスゲームっていう特殊な環境だったから、『冒険者』の職業につくやつが少なかっただけで、その前は一番人気だったぜ。
冒険が主軸のゲームだからこそ、ゲーム会社もそちらを中心に力をいれていた。
サービス開始当初からダンジョンは多く存在していたし、大型のクエスト――多くの人がメインクエストと呼んでいた――もあった。
それらの攻略が注目の的で、誰もがクリアーしようと頑張っていたさ。
――それら、ダンジョン、メインクエストを最速で攻略したのが、村長と名乗った彼女だったんだ。
「その称号は私には荷が重すぎる。現実の方で、少々忙しい職についていてな。長時間プレイできなかった、というだけなのだが…。それに、サブクエストを全てクリアーしたわけでも、カンストしたわけでもない。オンラインゲームに、明確なクリアーなどないさ」
「いやいやいやいや」
肩をすくめながら、謙遜してそういうが、前作では殆どの人が、全てのダンジョンやメインクエストの攻略出来た人は少なかった。
それに、レベルだってカンストに近かった。
しかも、それは、前作だけの話じゃないだろう。
今現在の彼女が着ている装備も、村の中の為、鎧をつけていないラフなものだが、生地の質感が確実に他の村人たちよりも圧倒的に良いものだ。
冒険者として、それなりに装備に力を入れている俺よりも、何倍も上だったんだ。
そのことが、彼女が今現在も、死と隣り合わせの危険なダンジョンの最前線を戦い抜いたことを示していた。
「村長が来てから、村が一気にグレードアップしたんだ。最初は誰だと怪しんでいたが、今じゃ皆が彼女のことを信頼しているよ」
「やめてくれ。私はゲームで稼ぐには戦うしかないと考えていた、ただの脳筋さ」
困った顔をしながら謙遜する村長の姿に、案内してくれた村人は尊敬のまなざしを向けていた。
それは、彼だけじゃなかったみたいだ。
みんな、美貌と力を持ち、しかもそれに鼻を掛けることのない村長を尊敬し、憧れていた。
村人に村長のことを聞けば、絶賛の言葉が返ってくる。
そんな人格を持った人だったんだ。
「私なんかよりも、彼、農家さんの方が凄いさ」
「そんなことないですって!!」
思わず、全力で否定した。
俺の知っている農家さんは、盗賊と野球少年と区別がつかず、ナイフにゴボウで立ち向かう人だ。
そんな天然ボケボケの人が、村長よりすごいはずがない。
俺の言葉に、村長はゆっくりと首を振って否定した。
「確かに、個人で稼いだ金額は、私の方が高いだろう。しかし、彼は『物々交換』という方法で、周りの人たち全員の稼ぎを上げたんだ。『委託販売』の機能がないゲームだから、プレイヤー同士の物の交換はしない。したとしても、親しい友人同士のみ。という私たちの古い考えからは思いつかないものだ」
「え?!農家さんが『物々交換』を始めたのか?!」
「あぁ」
村長に言われるまで、農家さんが『物々交換』を始めた人だと知らなかった。
そもそも、噂によればこの村がグレードアップしたのも、ここ最近の話のはずだ。
つまり、村長がこの辺に来てからそんなに時間が経ってないということだ。
それなのに、すでに発案者を知っている村長は、マジで凄い人だよ。
「今回も、その件で来たんだ。この村では狩りをするものが多いと聞いた。だから、ここでも物々交換をしようと思ってな」
「なるほど、貿易か」
村長は、面白そうに目を細めながら、形のいい顎に人差し指を当てた。
「だが、そちらの村にも山はあるだろう。こちらとしては、ありがたい話だが、そちらに利はない」
そう言って、村長は次々とこの村で獲れる素材の名前を挙げていったが、それら全て農家さんの村でも獲れるものだった。
農家さんは、村長の言っていることがよく理解できておらず、首を傾げた。
「別に肉はいくらあってもここでは腐らない。別に問題はないだろう?」
「問題ならあるさ。『物々交換』の最大の利点である、゛相互に利益が生まれる″という関係性がなくなっている。それは、もう『物々交換』ではなく、『寄付』だ」
「でも、農家さんが良いって言ってるんだし、そっちにとっては逆に良いじゃないか」
それこそ、農家さんのことだから『寄付』位しちゃいそうだ。
実際、農家さんも寄付でも良いと伝えたが、村長は再び首を横に振った。
「この村一つとれば、それでいいだろう。しかし、このゲーム全体で考えたらどうだ?この村を過ぎれば、湖の近くにある村がある。そこで魚と交換した方が相互利益が生まれるだろう」
村人の前で、この村よりも他の村の方がいいと言い切った。
さすがは、ダンジョンをめぐる冒険者だ。
色々な村のことを知っていて、ポンポン村の情報が出てくる。
「確かに、村長の言う通りだ」
農家さんは、神妙な顔で頷いた。
おそらく、あの場にいた全員が農家さんが次の村に行くだろうと思っていた。
俺も、農家さんが次の村に行くようなら、また護衛してやろうかな、って考えてたんだ。
だが、農家さんは平然とした顔でこう言った。
「この村の山を、里山にしよう」
「「「は?」」」