農家さん、村長と出会う
盗賊たち以外に目立った襲撃はなく、隣町にたどり着いた。
着いた時には、すっかり日も暮れていて、宿の予約を取ってから、俺と農家さんは一緒に晩飯を食べた。
村についた時点で、依頼された護衛クエストは終わって、報酬金ももらった。
だが、昼ごはんと晩御飯をごちそうしてもらってたし、なにより農家さんを野放しにしていくのが怖くて、俺は同行することを希望した。
「なら、明日の五時にレストランで集合しよう」
「はやっ!」
「そうか…?いつもより遅い位なんだが…」
その時間は、まだどの店も開いてないとか言って、農家さんを説得し、最終的に六時集合となった。
それでも朝早いし、店も開いてないんだが、農家さんはどうやら店以外にも見たいものがあるらしい。
頑張って朝早くに起き、集合場所のレストランに行くと、すでに農家さんはいた。
農家さんは、懸命にホログラムで浮かび上がっているキーボードを、これまた不器用な手つきで叩いていた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
なんとか打ち終わったらしい農家さんを連れて、俺は村を案内した。
建物は全て木造建築二階建て。一階部分はNPCによる店が入っており、二階は空き部屋兼宿屋だ。
庭らしき場所に不規則に木が植えられているが、まだ街路樹はない。
三階建ての石造りの建物に、街路樹の備わったタイル張りの農家さんがいた町と比べると見劣りする。
しかし、農家さんは楽しそうに村を見て回っていた。
「この段階の村は、一回体験済みだろ?」
「あぁ、だが楽しむ時間があまりなかったからな」
収穫期とかぶったのか。
一番最初にそう考えたあたり、俺も農家さんに感化されているような気がする。
あまりにも嬉しそうにするものだから、依頼された護衛クエストは終わったものの、サービスで村の観光案内をしてやった。
「あそこに埋まっている植物はなんだ?」
「これか?…これは、紫陽花だってさ」
「なるほど、…あの植物は?」
「…コナラらしいぞ」
農家さんからされる質問の九割が植物への疑問だった。
『鑑識』スキルを持っていたから、それを使って教えてやると、何かを考え込んでいた。
その時の俺は、なにに農家さんが悩んでいるのか分からなかった。
農家さんも、悩みなど言わず、代わりに近くにいたPLに話しかけた。
「すまない、物々交換をしたいんだが、場所を貸してはくれないか?」
「え?!農家さん、自分が納品クエストを受けに来たんじゃないのか?!」
この時、俺はようやく農家さんの目的に気が付いた。
村によって、受けられるクエストの数は決まっているし、二回以上受けることができない。
だから、新しい村で納品クエストを受けるのかと思っていたのだが…。
「この村では、野菜を育てられるような土地が少なく、狩りを生業にした人が多いと聞いてな」
「あぁ…。彼らが納品クエストで行き詰ってないかと心配になったのか…」
「栄養が偏ってないか、心配になってな…」
「そっちかよ!!」
もちろん、ゲームの中だから、腹にさえたまれば『空腹』のバッドステータスは消える。
栄養なんて、そんなものは関係ない。
だが、そのことをいくら説明しても、農家さんは小首をかしげるだけだった。
「やろうとしてることは分かったし、この村の奴らも喜ぶだろうから、うん。まぁいいや」
俺は説明を放棄した。
俺たちがそんな下らない話が終わるのを待ってくれていた親切なPLは、少し悩んだ後
「すまないが、あのレストランで待っててくれ」
と言って、近くのレストランを指さした後、その場を離れた。
残された俺と農家さんは、勝手に『物々交換』を始めるわけにもいかず、言われた通り、レストランで待っていた。
農家さんと朝ご飯を食べながら、親切なPLを待っていると、彼が戻ってきた。
だが、戻ってきたのは彼だけじゃない。
もう一人、後ろから現れたんだ。
「初めまして。私は、ここの村長をやっている者だ」
そう言って、手を差し出してきたのは、綺麗な女性だった。
年は、三十代くらいと、少し上だが、日本人らしい顔立ちながらも、目鼻筋はスッキリしていて美しい人だった。
ゲームの世界らしい金髪というよりも、クリーム色の髪の毛に、青色の瞳。
NPCですと言われても、納得がいくような、ゲームの世界になじんだ風貌だった。
そんな、このゲーム屈指の美人を前にしても、農家さんは動じることなく、握手に応じた。
「初めまして、農家をやっている者だ」
「なるほど、それで、その名前なんですね」
農家さんの頭上に浮かぶ名前を確認したらしい。
俺も、村長と名乗った女性のPC名を確認し………、絶句した。
俺は、その名前を知っていた。
――彼女の名前は、『シャロン』の中では、有名人中の有名人だったんだ。
歴代シリーズにおいても、トッププレイヤーの中に名を連ね、サービス開始直後やアップデート後、だれよりも早くクリアーし、また次のアップデートまで姿を消す。
あまりの速さから、「彼女より早く、クリアーできれば、引退する」という人も多い。
そのため、多くの人は、彼女のことをこう言う。
「最速クリア保持者…」
このデスゲームにおいて、もっとも英雄に近い女性は、苦笑いを浮かべた。