農家さん、説教する
「ダメじゃん!!」
叫びながら、俺は剣を抜いて、駆けだした。
事前情報通り、盗賊たちのレベルは高くなかった。
このゲームでは、『ソー●スキル』という必殺技が…ないんだよなぁ…。
『剣』スキルはあるが、型を教えてくれるホログラムを出したり、相手の弱点が赤く染まったりするくらいだ。
戦闘中の動きは、PL任せで、レベルを上げることで攻撃力や防御力を上げることができるだけだ。
元剣道部だった俺は、剣道の知識をもとに、半年間このゲームで実戦経験を重ねることで、自分の剣術を磨いていた。
一番近くにいた盗賊のサバイバルナイフを斜め上に切り上げ、その武器を弾き飛ばした。
そいつが驚いている間に、そいつの鳩尾に肘で打ち込む。
鳩尾に一定ダメージ以上与えると、ショック時間が課せられる。
ロバの事ばっか言っていたやつが、振りかぶったサーベルをよけ、隙だらけの背中に蹴りを入れた。
鋲が打たれた靴で蹴られた盗賊は、サーベルを持っていたから、顔から地面にダイブした。
最後の盗賊は、ほかの奴よりはやるようだが、やはり弱い。
サーベルを振ることに必死すぎて、足元がおろそかになっている。
何度か剣で打ち合いの中、足払いをすれば、面白いほど簡単にしりもちをついた。
「農家さん、今のうちに行こう」
そこらへんに放り投げられている武器を回収して言うと、農家さんは難しい顔をして首を横に振った。
「すまない、もう少しだけ話してもいいか?武器は君がとったから、すぐに襲われることはないだろ?」
「……ちょっとだぞ」
盗賊たちが、アイテムストレージから武器を取り出さないか、監視している中、農家さんは盗賊たちに近づいた。
「どうして、君たちは犯罪に手を染めたんだ?」
襲われてからようやく、彼らが犯罪者だと分かったみたいだった。
農家さんが最初、盗賊が犯罪者だとわからなかったのは、農家さんが天然ボケだというのもあるが…。
…それ以上に、彼らが若かったからだ。
みな、俺と同じくらい、つまり、中学生くらいの年齢だった。
顔で判断するわけじゃないが、顔やそれと雰囲気からも、悪意よりも、自暴自棄さは感じられた。
実際、武器を取り上げられた彼らは、何が何でも盗んでやろうという気概よりも、悔しさや、どうにもならないことへの不満であふれていた。
農家さんの質問が、彼らの不平不満の塊に、火をつけた。
「だって、どうにもならないじゃないか!!このゲームをクリアーするのに、何年かかる?!もう、事態は好転しないまま、半年もたったんだぞ!!」
「その間に、どれだけほかの奴と、学力に差がついた?!クリアーしても、俺らに戻る場所なんてないじゃないか…」
「それならいっそ、ここで楽して暮らしていた方が…」
ロバしか言わなかった彼も、不安や不満を言うほど、鬱憤がたまっていた。
いや、その鬱憤は、このゲームにとらわれた全員がたまっているものだ。
すぐに命の危険に立たされたわけじゃないから、表面上は大人しいPL達だが、そのうちには抱えきれない不安や不満を持っている。
それらにつぶされ、自暴自棄になったやつから盗賊が生まれていく。
彼らがゲームの妨害にしかならない『盗み』や『殺人』を犯すのは、ゲームクリア―を恐れているからだ。
他の人の歩く道とは逸れてしまった自分が、クリアー後、何十年も歩き続けなければならない。
一歩間違えたら、自分もそっち側に行ってしまうかもしれない。
彼らの会話で、その予想が胸を締め、何も言えずにいる中、農家さんは静かに口を開いた。
「社会が発展して、農家は常時人手不足なんだ」
盗賊の彼らは、農家さんの真剣な言葉に、耳を傾ける。
「ここでの畑作業は、ゲームだから、色々と簡略化されているが、結構事実と変わりない」
農家さんは、荷車から包みを取り出し、盗賊たちに差し出した。
「うちの農園に来い。ここで農業を学べ。骨があれば、クリアー後も面倒を見てやる」
「「「の、農家さああああああんんんんんん」」」
イケメンか!
天然ボケのくせに、イケメンなのか、この農家!!
農家さんのイケメン具合に、落ちた盗賊三人は、泣きながら農家さんに抱き着いた。
農家さんが差し出した包みの中身は、握り飯だった。
まだ、町でも海苔が手に入らないため、梅干しが入っただけのものだったが、非常においしかった。
農家さんの大きな手で作られたらしい大きな握り飯は、収穫したての新米が、ふんわりしていて甘く、一口食べるごとに元気の出る味だった。
10個以上あった握り飯は、男5人の胃袋の中に、ものの数分で収まった。
その後、農家さんは、自分のプレイヤーハウスの場所を教え――本当に口頭のみで伝えようとしたから、俺が代わりに、盗賊たちのマップに場所をマッピングした――、彼らと別れた。
「そういえば、農家さんの畑って今、どうなってるんだ?」
「居候と知り合いに、任せている」
「なら、いきなり盗賊たちが来たら、驚かないか?何か、メッセージを送った方が…」
「メッセージ?」
フレンド登録をしていれば、簡単なメッセージが送れることを説明して、メッセージ画面の出し方や、打ち方をも教えた。
農家さんは、空中に浮かび上がったホログラムのキーボードを睨みつけながら、人差し指のみで、ポチポチと打ち始めた。
これで、大丈夫だろう。と思った、あの時の俺を殴ってやりたい。
いや、実際にその後、これが原因で殴られているんだけど。
「そういえば、君は強いんだな」
「まぁな。俺は勇者だからな!」
「なるほど、勇者か」
…これが、その後一年以上弄られる黒歴史になることを、この時まだ知らなかった。
こうして、狩人さんによる話「農家さん、プレゼントを贈る」に繋がる。
※次回の更新は「狩人さんによる話」の「農家さん、帰宅できない」となっております(4/16更新)