農家さん、盗賊に出会う
農家さんのログイン理由。
それは、某有名VRMMORPGライトノベルのヒロインと同じ理由だった。
あ、記者さんも、あの小説知ってる?
そりゃそうか。ただでさえ、元々アニメ化や映画化して有名だったし。
それに、実際にVR機器ができて、しかもデスゲームが始まってから、重版がかかるほどまたブームが起こったらしいしな…。
「そういえば、実際の姿になったわけだが、作られたあの姿は、どこに行ったんだ?」
「作られた姿って、キャラメイクしたキャラってことか?あれは確か、VR機器ごとに設定したはずだから、VR機器にセーブされているんじゃないか?」
「…どういうことだ?」
「VR機器に保存されてます。ログアウトできれば、もう一度あの姿になることができます」
「なるほど。兄さんが一生懸命作った姿だったらしいから、なくなっていなくてよかった」
そんな会話をしていると、俺の『索敵』スキルに反応があった。
街道から外れた茂みの中に、三人。PL反応だ。
「農家さん、走れますか?」
「大丈夫だ」
「よし、走り抜けるぞ」
そう言うと同時に走り始めた。
農家さんは、その見た目にあったキレイなフォームで走る。
ロバも頑張って、その姿を追いかける。
追いかけた、うん。追いかけてたんだが…。
「ロバ、おっそっっ!!」
みるみるうちに、ロバとの距離が離れていく。
手綱を持っている農家さんも、自動的に速度が制限される。
そして、少し広めのところで、ピタリと止まった。
「すまない。大丈夫じゃなかった」
「でしょうね!!!」
早歩きくらいのスピードしか出してないのに、ロバは疲労困憊のご様子だった。
止まったタイミングを待っていたかのように、盗賊が茂みからその姿を現した。
その手には、ギラギラと光るサバイバルナイフやサーベルを持っていた。
数は三人。『索敵』スキルと同じ人数だ。
俺の『索敵』スキルは結構高いから、『隠密』スキルも破ることができる。
俺はすぐに、農家さんの前に出て、剣のグリップに手をかけた。
「護衛を頼まれた者だ。怪我をしたくなければ、立ち去れ」
「立ち去れって言ってるぜ」
「ロバに触ってみたい!ぜ!」
「あれを売れば、回復薬なんていくらでも買える。逃す手はないぜ」
若干一名、ロバのことしか喋ってないやつがいたが、引く気はないことは分かった。
俺は、剣を抜こうとした…ところで、農家さんが俺よりも前に出てきた。
その顔は、この緊急事態にも関わらず涼しげで、その背中は、たくましく、実戦慣れしているようだった。
…そして、その手に握られるは、二本のゴボウだった。
「ゴボウ?!農家さん、それ、ゴボウ!!!」
「少々違うぞ、少年。これは、新ゴボウだ。早めに収穫したゴボウで、一般的なゴボウよりも柔らかく、風味がいい」
「つまり、ゴボウじゃん!!!」
あの補足説明が、いったいなんの意味を成すのか。
というか、柔らかいんじゃ、一般的なゴボウよりも、武器にならない。
そもそも、ゴボウは武器じゃない!
「おいおい、あのオッサン、俺らをなめてるぜ」
「ロバって、人に懐くのかな?」
「ゴボウ二本で俺らの相手をしようなんぞ、なめられたもんだぜ」
ロバのやつの語尾から「ぜ」が消えたところで、農家さんはゴボウを投げた。
ぽとり、と盗賊たちの前に落ちるゴボウ。
いきなりのことに、反応できない俺らの前で、農家さんはほんの少し口角をあげ、どや顔で言った。
「腹が減ってるんだろ?新ゴボウは鍋にすると、いい出汁が出る」
「…はぁ」
「そうだ、握り飯があったはずだ。結構握ってきたから、お前らも食べるか?」
「…………ちょいちょいちょいちょいちょいちょい!!!」
ひとりでに話を進め、レジャーシートを取り出しそうとまでする農家さんを、抑え込んだ。
「なんだ?」
「なんだ?じゃないよ、農家さん!!今の状態分かる?襲われてるの、盗賊に襲われてるんだけど!!」
「なぁに。ゲームの外でも、腹を空かした野球少年が、よく畑の作物を取ろうとしたものだ」
「よく見てええ!彼らが持ってるの、野球バットじゃない!!ナイフ!!人を殺せるナイフ!!」
盗賊たちを指さすと、農家さんは首を傾げた。
「なら、彼らは何少年だ?」
「盗賊だよ!!」
平和ボケすぎる。
いや、もしかしたら、そうした姿を見せて、相手の敵意をそごうという作戦か?!
「んだとゴラァ!!」
「ロバ持ってるからって、えらっそうに!!」
「やっちまえ!!」
「ダメじゃん!!」
叫びながら、俺は剣を抜いて、駆けだした。