農家さん、ヒロインポジに収まる
女の子からの依頼だと思い、ウッキウキで待ち合わせ場所に着いた、俺の前に現れたのは、身長180㎝のイケメンオッサンだった。
「紛らわしい書き方すんじゃねぇよ!女の子と勘違いしちゃったじゃねえか!!」
最初に現れたGMのせいで、俺たちの顔と体は、現実世界のものになったが、髪型と髪の色、そして服だけは、ゲームのまんまだった。
だけど、髪の毛の色は、ちょっと数が多くてめんどくさい連続系クエストを受ければ、髪染め液がもらえる。
だから、ゲーム開始当初は、なんとも言えない容姿の人が多かったが、それも数か月までだ。
「ふむ、人生で女子と間違われるのは、初めてだな」
「オッサンみたいなマッチョを女子だと間違えるやつがいたら、脳外科に紹介するわ!!」
「すまない、この町にはまだ、脳外科は…」
「俺のことじゃねぇよ!」
そう怒鳴ってしまったが、性別を勘違いしたのは俺だ。
あんなのは、八つ当たりだし、農家さんが天然ボケのため、気を悪くしなかったのは、ありがたいことだ。
だから、責任もって農家さんを隣町に送り届けよう、と決意を新たにしたんだ。
「怒鳴って悪かった…。…それで依頼のことだが、農家さんを隣町まで護衛するのでいいのか?」
隣町までは、走って2時間くらいの場所だ。
ゲームだから、走り続けても疲労感はない。
モンスターが現れるかもしれないが、『索敵』スキルを持っているし、このエリアは『隠密』スキルを持ったモンスターは現れない。
盗賊も、護衛を連れてダッシュで通り過ぎる細マッチョなオッサンなんて襲わないだろう。
「ああ。それと、こいつも頼む」
そう言って、農家さんは、ロバを叩いた。
もう一度言うぞ、ロバを叩いた。
「はあ?!なんで、なんでロバがここに?!」
「こいつには、荷車を引いてもらうという仕事がある。従順で働き者な良い奴だ」
「そりゃ、ゲームのロバだからなあ?!」
少々値が張るし、買うには馬小屋が必要だし、エサの費用もかかるが、一応動物も買える。
彼らは一様に、飼い主の言うことを聞くし、エサさえ与えていれば、言われた通り働く。
だが、隣町まで荷車を引いてもらうために、ロバを使うなんて聞いたことがない!
「せめて、ロバじゃなく、馬だろ…」
「可愛くないか?ロバ」
「あんたの趣味かい!!第一、ロバって間抜け面…」
「ペッ」
悪口を言った瞬間、ロバにつばを吐かれた。
あのゲームのAIすげぇな。動物にまで搭載してやがった。
「だめだぞ、ロバ。この人は俺らを守ってくれる優しい人だ」
「ペッ」
「俺、こいつと仲良くやっていける気しねぇわ」
守る人数は増えるし、内一匹は反抗的な態度だしで、若干の不安と不満はあった。
が、この辺に出てくるモンスターは弱いし、盗賊の出現情報も他と比べれば少ない。
それなら、俺一人で大丈夫だろうと判断して、俺たちは村を出た。
ロバは馬と違ってゲーム内では、長距離走ることができない。
だから、俺らはロバ速度に合わせて、ゆっくりと歩いていた。
「そういえば、なんのために、隣村に行くんだ?」
「隣町に、野菜を届けようと思ってな」
知ってた。
荷車に積まれているのは、大量の野菜と米俵だ。
最初の予想通り、納品クエストを受けに行くんだろう。
村と村の間には、もとから設置されている街道があるから、歩くのは苦じゃないし、モンスターも出にくい。
秋らしい過ごしやすい気温で、ロバを連れていることも相まって、穏やかな雰囲気だった。
「村を出るのは初めてだ…。見たことのない種類の木や植物があって、面白いな」
「農家さんは、モンスターや動物と戦ったりはしないのか?」
「そうだな。こっちに来てからは、戦ってないな。柵も作ってないのに、山の動物は畑に侵入しないんだ」
鍬で耕した部分は、PLの敷地内として登録される。
そうすると、森の動物やモンスターは進入禁止区域になる。
ちなみに、プレイヤーハウスは『管理者』以外、他のPLさえ開けることはできない進入禁止区域だ。
「こっちに来てからってことは、他では戦っていたのか?」
「あぁ。カラス避けを作ったり、猪用の罠を張ったりと、日夜戦っていた」
「なんとなく思ったけど、農家さんってゲームやるタイプじゃないだろ?」
「よくわかったな」
農家さんはそう言ったけど、分かるさ。
農家さんは一切、ゲーム用語を言わない。
木や植物のことを、VRゲーム慣れした奴らは『オブジェクト』って言うし、ゲーム慣れした奴らは「野菜を届けに行く」なんて表現せず、「納品しにいく」って言う。
「ここ以外での戦い」という言葉から連想するのも、このゲームに限らず、ほかのゲームのHPを削るような戦いじゃなく、農作物を守るための戦いだ。
オッサンでもゲームやってる人は多いけど、農家さんからはそうした『ゲーマー特有の発想や言動』を感じ取れなかったんだ。
「なら、なおさら何で、並ばなきゃ買えないような人気シリーズのこのゲームにログイン…できたんだ?」
ログインできたと言うべきか、しちゃったと言うべきか、少し迷いながら尋ねた。
現実世界のことを聞くのはタブーだと分かっていたが、このオッサンなら怒らないだろうという自信があった。
実際、農家さんはマナー違反な質問に、マナー違反だとすら気づいていない様子で、教えてくれた。
「本来は、兄のだったんだ…。だが、サービス開始時、兄さんは出張があって使うことができなかった。だから、一日だけ貸してもらったんだ。…それなのに、こんなに長時間貸りることになって、申し訳ないな…」
そう言って、悲しそうに目を伏せる農家さん。
おれは、こらえきれずに、叫んだ。
「お前がア●ナさんポジションかよ!!!!」