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『ピノキオ』を読んで混乱しちゃった、その理由 1

 ここで健康だったころの私が、ピノキオをどう読んだかをお話しします。小学校二、三年だったかと思います。

 障碍者しょうがいしゃのふりをして悪いことをしていたキツネとネコが、バチが当たって本物の障碍者になる、というくだりは大嫌いでした。


 大事なことなのでもう一度言いますわぁ。

 健康だった時から、二度と読みたくないと思ったくらい、大っ嫌いでした。

 そして本当に、二度と本に近づきませんでした。震え上がるほど怖かったのです。


「ピノキオを読んだくらいで子供が偏見へんけんを持つなんて、そんなばかな」

 というのは、あって当然の意見です。

 その一方で残念ながら、私という個人はあまり冷静な感受性を持った子供ではありませんでした。

 とにかく恐怖しか感じられず、パニックな気分になってしまって。

「悪いことをすると、痛くて痛くて足をひきずって歩くことになるなんて! 目が見えなくなったりするなんて、そんなのおかしい! おかしいけれど、とにかく怖い!」


 こんな異常な恐怖を感じたわけは、実際に道ばたで物乞いをしている障碍者を見た時のいきさつが大きく関係しています。

 初めてその場面に出会ったときのショックが、バッとよみがえったんですね。


 太平洋戦争なんていうと、今ではとんでもなく昔の話と言われがちですが、私が小学生のころにはちょっと前にあったできごとでした。

 両親や祖父母が、まさに自分の体験として、いつも語っていたからです。

 生まれる数十年前のできごとでしたが、傷あとが生々しくて、いまだに真っ赤な血をドクドク流していると思えるくらい、近い時代に感じたものです。

 戦争で手足がなくなったり、目が見えなくなったりした大人も、たくさんいましたし。


 戦傷者せんしょうしゃには国の保障もあったでしょうし、全員が物乞いをしていたわけではありません。たまにはそういう人もいた、というだけです。

 砲弾ほうだんに吹き飛ばされた手や足を白い包帯でぐるぐる巻いて、見世物にしながらお金をもらっている人もいました。

 切断された腕を振りあげたとしても、彼らは地面に座っているので、大人の腰や太ももにしか届きません。


 けれど子供の目の前には、にゅうっと――予測できないタイミングで。

 あしでさえも、そこそこ突き出すことができるんですね。パンパン! なんて、たたいて見せたりして。


 親にうるさく注意されて、ジロジロ見ないように顔をそむけていたので、この不意打ちにはかなり驚きました。

 ただ、世の中にそれなりの確率で障碍者が存在する、という事実には少しばかりれていましたから、

「小さい(子供だ)からってびっくりさせて、やなおじさん!」

 イラッとなっただけで、終わるはずだったのです。

 お祭りの人ごみの中、母親のあとを追って通り過ぎようとしたその瞬間。


 チャリーン。


 どこからともなく音がしたかと思うと、目くばせしそうな顔つきでからかってきたその人が、いきなりべたっと地面にはいつくばったのです。

 この瞬間の恐怖は、今でもはっきり覚えています。

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