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梅の花  作者: カシオペヤ
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はじまりのはじまり

狂うほど愛していた


というのが私のあの恋を表現するのには最も妥当であろう。

愛するということは人間の本能にあげられる、数少ないものの一つだ。愛なしに私たちは生きられない。何とも人間の遺伝子は煩わしいことをしてくれたものよ。


君は恋というものを知っているかい?恋は残酷だ。人を善を行う天使に変え、非道をゆく悪魔に変える。


源氏物語なんてそのいい例だ。光源氏という一人の美しく残忍な男は数々の女をたぶらかし、悪魔へと変貌させた。見事に引っかかる私たち女にも非はあるものの、たぶらかしてくる男の方が罪は重かろう。

期待させておきながら、はかなく私たちの美しき心を桜がごとく散らせる。散った花びらは行くところを知らず、旅に出る。ごくごくたまに旅から戻り、また満開の桜を見せてくれるときがある。しかしそれは、私たち人間が生まれてくる確率ほどであろう。


彼を憎んでいるかって?いや、私は未練がましい旅する花びら。今思い出しただけでも、自分の瞳が優しくなったのがわかる。頬は紅潮し、口元は優しく緩む。残酷だ。本当に残酷だ。ろうそくの炎は消えるのに、恋の炎はなぜ消えない。この世の原理にそぐわないにもほどがある・・・なんて戯言が過ぎるだろうか。


私が彼に恋をしたのは今から6年前のことだった。

一目ぼれ、ではなかったと思う。私にはそんなお伽話みたいな言葉は似あわない。毎日をただただ静かに生きていた。朝の目覚ましの音、ご飯、学校、塾、ピアノ・・・私は変化を嫌った。というよりそう周りに見せかけた。毎日が、日常が、習慣が変わるということはありえなかった。怖かったのだ。

君はわかってくれるだろうか。その規則正しすぎる毎日の無意味さを、遠くに感じる虚しさを。新しさを求めることへの恐怖が日々の変わらぬサイクルを抜け出せぬ要因となり次第に私は未来への関心をなくした。夢はなく、今日を淡々と生きた。そんな私に神は罰と試練をお与えになった。


彼と出会わせ、恋をさせたのだ。


何度この想いを消したいと思っただろうか。エネルギー不足のこのご時世に恋というエネルギーはそこを知らず、炎を途切れさせることはない。いっそ発電したらいいんじゃないかと思うほど。

恋をしてからというもの、私は毎日叫びたかった。エネルギーが私の中にあり過ぎて、パンパンになってしまったのだ。

君はしてやったりとでも思ったかい?私をこんな目に合わせて楽しかったかい?

たぶん君は何も感じなかったかもしれないけれど。なんたって君は私の気持ちに最後の方まで気づかなかったそうじゃないか。

彼の彼女はきれいな人だった。性格は・・・私には何とも言えない。私だっていい方ではない。

きっと幸せなのだろう。でも時々思ってしまう。彼女さえいなかったらって。私にもほんの少しは勝機があったかもしれない。なんて、そんな話いまさらだ。

明日は彼と彼女の結婚式。やっと気持ちを捨てる時がきた。しぶとい私でもさすがに諦めてくれるはずだ。

二人の幸せを祈るべきなのだから・・





結婚式当日の私は朝から気合いを入れた。昨日大泣きした目の腫れを隠さなければならないという使命と彼に一瞬だけども気づいてもらいたいという淡い下心からだ。

洋服もばっちりきめた。もちろん、赤なんて着やしないが。


式場に向かう電車の中で私は彼に告白した時のことを思い出していた。泣きながら好きだと言った。振られることもわかっていた。彼を困惑させることも知っていた。でもタイミングは間違えていなかったと思う。その後の彼の申し訳なさそうな返答も心の中にすとんと収まった。これでいいんだと思った。

ただひとつ、心残りがあった。彼にありがとうと言い忘れたことだ。私に明日の楽しさを教えてくれた。青春を教えてくれた。毎日が規則正しいなんてありえないことを教えてくれた。

そのために私は結婚式に出席することを決意したのだ。本当ならば彼と彼女の幸せそうなところなんて見たくない。でもこれで終わりにしたかった。

電車の中で私は昨日のように泣きそうになり、なんとか平静を保った。


駅から徒歩12分。式場は緑の多い公園だった。出席者にはみな白い風船が配られ、お祝いムードは一層の盛り上がりを見せた。時折吹く風が温かく心地が良かった。

彼の姿が見えた。何年ぶりだろう。よく見ると何やら焦った顔をしている。時間が押しているのだろうか。きょろきょろしていた彼と一瞬目が合った。私は少しうれしかった。

すると彼は驚いた顔をして私の方へ向かってきた。式前なのになぜ私のところへ来る?人ごみをかき分けて、驚いた顔をしながらも笑顔で・・・


私を抱きしめた。






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