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悪友と秘書

「へえ、それで遅れちゃったんだ。それは大変だったね。」

「いえ、お気遣いなく。慣れておりますので。」

「雪原さん、そこは慣れちゃいけないと思う!お兄ちゃんの仕事バカに付き合っていたら、体がいくつあっても足りないよー!」

「そうだよ、れいちゃん。いつか過労で倒れないように気を付けなよ。あっ怜ちゃんって呼んでもいい?」

「どうぞご自由にお呼び下さい。」

「えーじゃあ私も怜さんって呼んじゃおー!」


明にとって女の子との会話を盛り上げるのはお手の物。それに雪原も表情こそ乏しくはあるものの、日本屈指の大手企業、最上グループの社長に直々に鍛えられた経験もあり、社交スキルは決して低くない。そして咲も元来喋り好き、しかも今は早くもほろ酔い気味というだけあって、座敷中央で相変わらず黄色い声が上がっている傍ら、隅の方で三人で話を弾ませていた。


「にしても、司に振り回されて怜ちゃんも大変だな。今はあいつの婚活の面倒まで見ているんだろ?」

明が司を見遣りながら言う。

「いえ、その点につきましては私がお節介でしている事ですので。」

淡々と返答する雪原の横で、咲はう~んと唸っている。


「結構いいと思ったんだけどなー。ねー怜さん、お兄ちゃんの何処がダメなの?」

咲の問いかけに、明は内心でほくそ笑んだ。


「妹の私が言うのも何だけど、お兄ちゃんって結構優良物件だと思うんだー。顔は良いし、背も高いし、真面目で仕事も出来るし、もうすぐ最上グループの次期社長だし、女嫌いだから浮気の心配もないし。唯一にして最大の欠点は仕事中毒ワーカホリックな事くらいだと思うんだけど、やっぱりそこ?」

咲は心底残念そうに雪原に尋ねる。


「いいえ。確かに副社長は素晴らしいお方だと思います。あれ程真面目で仕事一筋の方は滅多にいらっしゃらないでしょう。ですが私は恋愛に興味がありませんので、副社長の事をそういった目で見た事がございません。副社長がダメなどという事ではなく、お互いに興味がないというだけです。」

「今からでもお兄ちゃんに興味持てない?」

「少なくとも今は持つ気はありません。」

「ダメかあ~!」咲はがっくりと項垂れた。


「咲さんこそ、どうして私を推薦なさったのですか?」

雪原が咲に問い返す。


「だって、怜さんがお兄ちゃんに一番近い女の人だって思ったんだもん。お兄ちゃんが取っ替え引っ替えしていた秘書が、怜さんになったらピタリと落ち着いて、しかもそれが二年も続いているし。お兄ちゃんが言っていた条件だって、怜さんにピッタリ当て嵌まっているし。女嫌いのお兄ちゃんが結婚出来そうな人っていったら、もう怜さんしかいないって思ったの。」

「そうでしたか。ご期待に添えず申し訳ありません。」


二人の遣り取りを見守っていた明が、何気なさを装って口を開く。

「思ったんだけどさ、怜ちゃんって、何で恋愛に興味ないの?」


その瞬間。


明は一瞬だけ射竦めるような冷たい視線を感じた。おそらく注意深く雪原を観察していた明だからこそ気付いた、極僅かな変化だったのだろう。その証拠に隣にいる咲でさえ気付いた素振りがなく、「そう言えば何で?」と答えを促している。


「そう言われましても。ないものはございませんので。」


口を開いた雪原は、それまでと何ら変わりはなかった。一瞬気のせいか、とさえ思えるような平然とした態度だ。


うーん。駄目か。


明はその先を訊いてみたかったが、止めておいた方が良いと判断した。そもそも彼女とは今日が初対面だ。あまり深追いし過ぎて警戒心を持たれたくはない。


まあ、今日はこのくらいか。と明がグラスを傾けた時だった。

「ところで明さん、私に何かお話でもあるのでしょうか?」


完全に不意を突かれた明は、危うくビールを噴き出しそうになった。


「…どうしてそう思うんだい?」

何とか飲み下し、平静を装った明の問いかけに、雪原は司の方を見遣る。


「この新年会は副社長の婚活も兼ねている筈です。ですので私は明さんが副社長と女性の間を取り持ってくださるとばかり思っていました。ですが明さんは早々に切り上げ、わざわざ隅にいらっしゃってずっと私達とお話しされておられるので、何か私にお話でもあるのかと思ったのですが。」


雪原の言葉に、明は内心で苦笑した。


「いや、特にないよ?怜ちゃんとは初対面だから、どんな子か知りたくて、ついつい話し込んじゃっただけだよ。」明は営業スマイルを浮かべる。


「そうでしたか。私はてっきり、副社長に良いお相手のお心当たりがあってお話しに来てくださったのかと思いました。」


おっとー、そう来たか!


思わず視線を外した明は再び雪原に視線を戻し、その表情に目を見開いた。それまで無表情だった雪原が口角を上げている。その言い知れない迫力に、明は思わず息を呑んだ。


何この子の笑顔。怖い!


口元は笑っているが目は笑っていない。それどころか、じっとこちらを見据えている。笑顔で圧力をかけたりかけられたりは慣れている明だったが、こんなに迫力のある表情は初めてだった。


「…それは悪かったね。あいつは特殊だから、いくら俺でもそう簡単にはあいつが気に入る子を紹介出来ないと思うよ?でもこういう飲み会の場ならいくらでも設けるし、これからも協力していくから。」

「そうですか。ありがとうございます。」


雪原は表情を元に戻し、明はこっそり息を吐いた。


この子は極力、敵に回さないようにしよう…。

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