新年会
明の仕事は速く、飲み会は一週間後の金曜日に行われた。場所は雑誌の女子会特集にもよく掲載され、今大人気だというおしゃれ居酒屋を明が手配してくれた。
直前に急ぎの仕事が入ってしまった為、雪原と共に少し遅れて来店した司は、店員に明の名前を告げ、小洒落た半個室の掘りごたつ座敷に案内してもらう。
「おー司、思ったより早かったな。」
飲み会は先に始まっていたようだったが、明の一言で二人が注目の的となった瞬間、その場にいた女子全員が色めき立った。
「えーっ超格好いい!!えっ支配人、この方本当に独身なんですか!?」
「支配人とはまた別のタイプで素敵じゃない!?」
「副支配人のお兄さんなんですよね?ご兄妹揃って美形で羨ましいです~!」
…ん?
嫌な予感がした司は、キャアキャアと騒ぐ女子達を尻目に、空いていた明の隣に回り込んで腰掛けた。
「…明。彼女達はもしかしなくても、全員お前の店の従業員じゃないのか?」
「流石司。良く分かったな。」
司の耳打ちに、明は面白そうにニヤリと笑う。
「どういう事だ!?俺はお前の店の新年会に付き合いに来たんじゃないぞ!」
「安心しろ。ちゃーんとお前の希望も取り入れてあるさ。それに如何にも婚活中です!みたいにお互いが肩肘張った状態よりも、こんな感じの緩い飲み会で、女の子同士も勝手に喋ってくれる方がお前も気が楽だろ。」
確かに明の言う事には一理あるように思える。仕事では何の不都合も感じなかったが、婚活で知らない女性と話を弾ませる事が如何に気を遣うか、この二週間、身を以て体験していた司は、流石に女慣れしている明だと一瞬納得しそうになった。だがしかし、「次は大学の同窓会にしようかな。」などと言う独り言が聞こえてくる辺り、自分をダシにしてお前が楽しみたいだけだろうという疑念は払拭し切れない。
「雪原さんはここです!烏龍茶で良かったですか?」
咲の声がした方を見ると、向かい側の角に座る咲の隣に、雪原が腰掛ける所だった。
「はい、ありがとうございます。お久し振りです咲さん。いつもお父様とお兄様には大変お世話になっております。」雪原が深々と頭を下げる。
「とんでもないです!こちらこそ父と、特に兄がご迷惑ばっかりおかけしてすみません。兄の仕事中毒振りには家族もほとほと手を焼いていて…。」
咲が楽しそうに話している辺り、雪原を連れて来るのに使った口実はあながち嘘ではないらしい。所々聞こえてくる会話の内容はあまり心地良いものではないが。
そうこうしている内に、二人の飲み物が運ばれて来た。
「じゃ、スペシャルゲストも到着した事だし、改めて乾杯!」
明の音頭に、司も表面は合わせながら、ゲストなどと言っている辺り完全に新年会だろう、と心の中でツッコんだ。
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「えーっ今年社長になられるんですか!?凄ーい!!」
「司さんって、お休みの日は何をされているんですか!?」
「えっ偶にドライブに行かれるんですか!?今度隣に乗ってみたいです~!!」
早くも司の周りに女子が群がり、明がそっと隣を抜け出すと、忽ち席が詰められる。
おーおー、相変わらずモテるねー。
女子に囲まれ困惑した表情の司を尻目に、後は勝手にやってくれとばかりに、明は目的の席へと向かう。
「やあ。初めまして、雪原さん。いつも義兄がお世話になっています。」
咲の向かい側の席に腰掛けた明は、雪原ににこりと笑いかけた。
「初めまして。WEST銀座店支配人の西条明様ですね。お噂はかねてより伺っております。」
動揺のひとかけらもなく挨拶を返す雪原に、明は口角を上げた。
ふーん。流石は司を袖にしただけの事はあるな。
明は自分の笑顔の威力を良く分かっている。日本を代表する大手アパレルメーカー、WESTの御曹司であり、スポーツマン系イケメンとして昔から持てはやされていた彼は、女の子に少し笑いかけるだけで、皆例外なく頬を染めて目を煌かせ、自分のファンになっていくという自覚があった。それは今でも健在で、時折婦人服売り場の店頭に立って女性客に営業スマイルを見せれば、売り上げが大きく跳ね上がる。
そんな自分の笑顔にも無反応な雪原に、明は興味を覚えた。




