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数日後。

帰宅した司はリビングに鞄を乱雑に置くと、ソファーに身を投げ出して盛大な溜息を吐き出した。緩慢な動作でスマホを取り出して時間を確かめる。

時刻は二十一時半過ぎ。このくらいなら多分大丈夫だろうと、司は慣れた手付きでスマホを操作した。


プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。


『司?』

「明、今大丈夫か?」

『ああ。今から帰る所だから問題ない。それより何かあったのか?いつもこの時間ならまだ余裕で残業中だろ?』

明の声に緊迫した気配が滲み出る。


「いや、最近は早めに帰らせてもらっているんだ。ちょっとお前に『はあ!?仕事中毒ワーカホリックのお前が早く帰ってる!?どっか悪いのかお前!?』

明の大声に、司は思わずスマホを遠ざけて顔を顰めた。


「どういう心配の仕方をしているんだお前は。俺だって偶には早く帰る事くらい…無かったな。ここ数年は。」

文句を言ってやろうとしたものの、反論できない状態である事に思い至り、司は片手で顔を覆った。


『だろ?人に無駄な心配させといて何て言い草だ。で、何の用なんだよ。』

「悪い。ちょっと頼みたい事があってな。その…。」司は口籠もる。


「…この間の件なんだが…俺が言った条件まだ覚えているか?その条件に合う女性を紹介して欲しいんだが…。」

『は!?』

電話の向こうから素っ頓狂な声が返ってきた。


『お前、秘書の子はどうしたんだよ?』

「保留にされた。」

『保留!?』

明が再び素っ頓狂な声を上げる。


「彼女も独身希望だったんだ。他の相手を全力で探して、その上で三ヶ月後、どうしても見付からなかった場合のみ、条件次第で善処するって言われたよ。」

『何だそりゃ?独身希望なら普通は断るだろ。何で誰もいなければ仕方なく、みたいな流れになってるんだよ?』

「俺が苦手な相手と無理矢理結婚させられたら、ますます家に帰らなくなって仕事漬けになるのが目に見えているんだと。多分、今以上に俺の仕事に付き合わされる事になるくらいなら、承諾する方がマシだと考えたんだと思う。」

『あー、すげえ納得できたわ。』

「お前な…。」


呆れた様に脱力した声の明に、司は二の句が継げないでいた。


『ふーん…。いいぜ、紹介してやるよ。その代わり条件がある。』

「条件だと?」

どこか楽しげな明の声に、司は眉間に皺を寄せた。明の条件など悪い予感しかしない。


『今度女の子達を集めて飲み会でも開いてやるよ。その代わり司。お前、その秘書の子連れて来い。』

明の要求に、司は目を見開いた。


「雪原君をか!?何で連れて行く必要があるんだ!?」

『俺が会ってみたいからだよ。仮にも大学時代に俺と人気を二分していたお前を、保留扱いにした挙句、他の相手を全力で探させて結婚を渋るような子なんて、今まで会った事ないからな。』

「…お前、まさか雪原君に何かするんじゃないだろうな?」

司の声色は、自分でも知らないうちに剣呑さを帯びていた。


『何かって何だよ?ちょっと話してみたいだけだから安心しろ。何?お前妬いてんの?』

からかう明に、司は一瞬言葉に詰まる。


「俺の妹と結婚しておきながら他の女に興味を持つのかと疑っただけだ。…それに、これ以上雪原君には迷惑をかけたくない。」

『あー、俺は咲一筋だからご心配なく。それに彼女に迷惑をかけるつもりもないさ。いいだろ?司。』

「…一応声はかけてみるが、彼女に断られるかもしれないぞ。今彼女、俺のせいでかなり忙しいから。」

『そうなのか?お前最近は早めに帰っているんだろ?だったら彼女もそれなりに時間があるんじゃないのか?』

明が訝しげに尋ねる。


「いいや。今俺、彼女に尻を叩かれて婚活してるんだ。」

『婚活!?お前がか!?』

明が驚いたように大声を上げる。


「ああ。彼女に返事を保留にされた翌日からな。本当は気が進まないんだが、彼女がその時間を作り出すために仕事を色々遣り繰りしてくれたり、プライベートでも婚活サイトの情報を仕入れてくれたりしているから、動かない訳には行かなくてな…。そんな訳で彼女は忙しいし、俺も彼女にこれ以上の負担はかけたくない。断られた時は諦めてくれ。」

『彼女の有能さが窺えるな。お前が婚活って、何か想像出来ないんだが…。』

明が呆れたような声を出す。


「言っておくが、これでも今日もパーティーに行って来た所だ。」

『マジか!?今日もって…まさかここの所ずっとか!?』

「ああ。彼女が平日でも開催しているパーティーを見付けてくるからな。でも毎回苦手なタイプに付き纏われたり、出口で待ち伏せされたり散々だけどな…。」

司は溜息を付いた。


「因みに、お前に電話したのも彼女の助言だ。女友達が多い知り合いがいるなら、自分の性格も相手の性格も把握しているだろうし、より合う女性に出会えるだろうから紹介してくれるよう頼めってな。」

『マジか。容赦ねえな彼女。ますます会いたくなってきたわ。』

楽しそうな明の声に、司は苛立ちを覚えた。


『司、お前ちゃんと彼女を連れて来いよ。何なら咲が久し振りに会いたがってるとでも言えば、彼女も来てくれるだろ。飲み会には咲も連れて行くからさ。』

「…言うには言うが、確約は出来ないからな。」


荒々しく電話を切った司は、再び盛大な溜息を吐き出した。

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