真相
その後、あの女性とは一体どういう関係だったのか、と言う華と咲の質問に、中学時代に喧嘩別れした同級生だ、と怜は答えた。転校後、十数年振りに偶然再会し、仲直りしたと言う。水野という姓に関しては、司の推測通り、怜が中学二年生の時まで名乗っていた、彼女の母親の旧姓だった。
「司さんには、以前詳細をお話ししていますので、今回の件もお話ししようと思います。」
すっかり遅くなったから、と実家で夕食に呼ばれた後、怜を家まで送っている車中で、怜が穏やかな口調で語り出した。
「彼女は私が中学生の時、友人と呼んでいた存在でした。私がクラスのリーダー的存在だった女子から嫌がらせをされるようになった時、私から離れ、それに加わるようになった子です。」
司は思わずハンドルを握り締めた。知らず眉間に皺が寄る。
「彼女はその女子から、やらなければ次はお前だと脅され、仕方なく従っていたそうです。私が転校した後も、その事をずっと気に病んでいたそうで。今日偶々会って、漸く謝る事が出来て良かったと言っていました。」
「…そうか。彼女を許す事にしたんだね。仲直り出来たのなら何よりだ。」
自分の中に渦巻く複雑な感情に蓋をし、当事者である怜がその道を選んだのならばそれで良い、と司は自分を納得させた。
「はい。彼女はその後の出来事も色々教えてくれました。私に告白してきた、リーダーの女子の彼氏は、その後も複数の女子に同じような事をしていたそうです。流石にその子もおかしいと気付き、その彼氏を問い詰めて白状させ、私の身の潔白が証明されたんだとか。騙されていたと知った彼女の怒りは相当なもので、その彼氏はボコボコにされた挙句、その事を学校中に広められ、その後学校に来ないまま転校して行ったそうです。」
「そうなのか。何と言うか…凄いな。」
その彼氏とやらにとっては当然の報いだとは思うが、その女子も女子だと司は呆れた。
「はい。如何にも彼女らしいと言えば彼女らしいのですが…。真相を知って、彼女は勿論、その友人達も後悔しているらしく、今でも毎年、年末に開かれている同窓会で集まる度に私の事が話題に上るそうです。皆が私の行方を探していて、分かったら教えて欲しいと互いに言い合っているんだとか。」
「それで、怜はどうするんだ?」
「友人に誘われるまま、今年の同窓会には出席すると言っておきました。正直、あまり気は進みませんでしたが、このままだと各自で謝罪に押しかけかねない勢いらしく、そっちの方が面倒ですので。」
多少げんなりとした怜の様子に、司は苦笑する。
「そうか。また俺が力になれる事があったら何でも言ってくれ。同窓会への送り迎えでも良いから。」
司の申し出に、怜は微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お気遣い頂いて嬉しいです。」
いつもと変わらない柔らかな表情に、司も安堵して微笑んだ。どうやら中学の頃の事は、怜の中ではもう完全に過去の出来事として処理されているようだ。何かトラブルが起きる度に、怜が精神的に強くなっている気さえしてきて、司はまた怜に心惹かれる。
怜のアパートに到着し、司は恐縮する怜に苦笑しながら、荷物を彼女の部屋まで運ぶ。怜はこのまま帰すのは申し訳ないと、コーヒーをご馳走してくれた。
「司さん、今日はありがとうございました。大変お疲れ様でした。気を付けて帰ってくださいね。」
「ありがとう。じゃあお休み、怜。」
玄関先で靴を履いた司は、不意打ちで怜に口付けた。怜はすぐに真っ赤になったものの、少しずつ嬉しそうなはにかんだ表情へと変わっていく。
やばい、凄く可愛い…!
司はそっと怜を抱き寄せ、今度は少し長めに口付けた。名残惜しいが、このまま長居すると理性が危うくなりそうだ。何時まで我慢出来るかな、と少しばかり真剣に考えながら、司は怜のアパートを後にした。