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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
胸を張る為に
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初めての

翌週の土曜日、司は怜を誘い、夜景が見えるレストランでフレンチディナーを楽しんでいた。


「凄く良い所ですね。夜景も綺麗だし、お料理もとても美味しいです。」


慣れない場所という事もあってか、怜は最初こそ緊張した様子を見せていたが、次第にほぐれてきたようで微笑みを浮かべている。華に教えてもらったメイクをし、少しばかり毛先を巻いた髪を緩くサイドで纏め、美味しそうに料理を口にする怜が可愛くて、司は目を細めた。


「ここは家族で時々来ている店なんだ。母さんと咲のお気に入りだから、きっと怜にも気に入ってもらえると思って。」


怜の笑顔に安堵しつつ、司は微笑んだ。先週、怜に告白してもらえた事が嬉しくて、少しでも記念になるかと思って誘ってみたのだが、喜んでもらえているだろうか。


「ハーゲンダーツ食べ放題の方が良かったかな?」

「…難しい質問ですね。」


冗談のつもりで口にしたのに、怜は真顔で悩み始めた。女性に大人気の高級レストランでも、どうやらハーゲンダーツには勝てないらしい。怜を食事に誘う時は、アイスクリームが美味しいお店が必要条件だという事を再認識して司は失笑する。


「安心して良いよ。ここはデザートにアイスクリームもあるから。」

「本当ですか?楽しみです!」


司の言葉に、怜が忽ち笑顔になった。フレンチディナーにも満足してもらえたようだが、やはりデザートのアイスクリームを食べている時の方が、怜は幸せそうに見える。その満面の笑顔に癒されつつ、司も幸せな気分で怜のアパートまで車を走らせた。


「そう言えば、藤堂会長の術後経過は、その後どうなんだ?まだお見舞いには行かない方が良いのかな?」

怜の祖父、藤堂雅樹が先日肺がんの手術を受け、無事成功したという事は怜から聞いている。


「はい。一応経過は順調なのだそうですが、痛みが酷いようで。先生の話によると、二、三ヶ月で痛みはなくなるそうですが、あまり心配をかけたくないからと、今はお見舞いを断られています。」

怜は少しばかり表情を曇らせた。


「そうか…。怜も心配だろう。お見舞いに行けるようになったら、また教えてくれないか?」

「はい。ありがとうございます。祖父も喜ぶと思います。」

嬉しそうに微笑む怜に、司も胸を撫で下ろした。


本当に優しいな、司さんは。


怜はちらりと横目で運転席の司を見遣った。優しいだけでなく、頼り甲斐のある司のお蔭で得たものは多い。かけがえのない友人、頼れる親戚、広がった世界に、以前よりも好ましくなった自分。切っ掛けをくれた司には、本当に感謝してもし切れない。いつも何かと貰ってばかりだが、自分も何かを返したい。もっと気持ちを伝えたいと、怜は考えを巡らせる。


「司さん、もし良かったらなんですけど、来週夕食をご馳走させてもらえませんか?」

怜の突然の申し出に、司は目を丸くする。


「夕食を?」

「はい。その…狭い所なんですけれども、良かったら家にお越しいただければな、と…。」

怜が上目遣いで顔色を伺うと、司は嬉しそうに破顔した。

「ありがとう!今から凄く楽しみだ!」


喜色満面の笑みを浮かべる司に、怜もほっとして笑顔になった。平日は毎日手作り弁当を渡してはいるが、夕食となると気合いが違ってくる。何を作ろうか、と司の好物を思い浮かべながら計画を練っていると、怜もその日が待ち遠しくなってきた。

やがて車は怜のアパートに到着した。


「それじゃあ怜、来週凄く楽しみにしている。」

嬉しそうな笑顔を見せる司に、私もです、と怜も微笑みを返す。


「…怜、やっぱりちょっとだけ良いかな。」


名残惜しそうに眉尻を下げた司は、ゆっくりと怜を引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。怜は真っ赤になって狼狽えつつも、そっと司の背中に腕を回す。相変わらず心臓が煩いが、怜は少しずつこの腕の中が心地良くなってきている事を自覚しつつあった。

暫くして司は満足したのか、腕の力を抜いた。と思ったら、怜の唇に何かが触れた。


「じゃあ、怜。おやすみ。」


熱を持った司の瞳がやけに近い。呆然としていた怜だったが、今唇に触れたものが司のそれだと認識した途端、凄い勢いで両手で口元を押さえた。


「お、おやすみなさいっ!!」


動揺のあまり、逃げるように司の車を飛び出して一目散に部屋へと駆け戻る。玄関の扉を閉めると、怜はその場にへたり込んだ。


い…今の、キス、だよね!?


言わずもがな、怜にとってファーストキスである。両手で押さえている唇には、まだ感触が残っていて、心臓がバクバクと煩く、頭の中にまで響いている。二十七にもなっておきながら、触れるだけのキス一つで脱兎の如く逃げ出すというこのリアクションはどうなのだろうと自分でも思うが、恋愛経験値皆無である事は司も知っている筈なので、変に思われていない事を祈りたい。

暫くの間、怜はそのままの姿勢で固まっていたが、やがてふらふらと立ち上がり、壁伝いに歩いてやっとの思いで寝室まで辿り着き、ベッドにダイブした。


つ…司さんとキスしちゃったぁっ…!


枕元の熊のぬいぐるみを抱き締め、怜はベッドの上を転げ回って羞恥に悶えた。今日が土曜日で本当に良かった。今夜は絶対、眠れそうにない。

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