仲直りと
それから二週間後の日曜日、司と怜は、怜の継父と母が眠る墓地の近くにある料理屋を訪れていた。怜の話によると、手紙に書かれていた灯の連絡先に電話をかけた途端に、凄い勢いで謝られたらしい。もう少しまめに墓参りに行っていれば、置き手紙に気付き、九年もの歳月をかけずにもっと早く仲直り出来たかも知れない、と怜は苦笑いを浮かべていた。
料理屋に着き、部屋に案内されて襖を開けると、そこに居た人達が一斉に顔を上げて二人を見る。以前お墓参りに来た時に会っていた五人だった。
「皆さん、お久し振りです。」
仲違いは解けている筈なのに、緊張しているからだろうか。怜の表情はぎこちない。心なしか、部屋の空気も張り詰めてきた気がする。
「怜ちゃん、今日は来てくれてありがとう。それと、九年前は本当に、申し訳ありませんでした。」
二人が空いている席に着くと、四十代くらいの女性が深々と頭を下げた。以前怜に、灯さん、と呼ばれていた女性だ。彼女に続くように、年配の夫婦と四十代くらいの男性も頭を下げた。
「あの時、我々は本当にどうかしていたんだ。急に息子夫婦が亡くなって、ショックで…。」
年配の男性が声を詰まらせた。
「お葬式の時は泣き崩れていたのだけれど、ふと見ると貴女がいつも通り無表情で、涙一つ零していないのが目に入ったの…。」
年配の女性が項垂れた。
「弟は貴女達母娘に良くしていたのに、弟が死んでも悲しくないのかって思うとカッとなってしまって…。酷い事を言ってしまって、本当にすみませんでした。」
女性が再び頭を下げた。
「悲しくない訳無いだろ。怜さんのお母さんだって一緒に死んじゃったんだから。ショックだったに決まってる。」
何処か怒ったような声を出した少年に、怜は苦笑いした。
「海斗君、それはあながち間違いじゃないよ。…私もあの時は、自分でも思っていたよりショックを受けていなかったから。」
怜の言葉に、五人は目を見張って怜を見つめた。
「…私はあの時期、心を閉ざしていたんです。良輝さんと結婚した母は、私の存在が邪魔になっているのではないか、良輝さんも表面上は良くしてくれているものの、やはり内心では連れ子の私を疎ましく思っているのではないか、と疑心暗鬼になっていましたから。後にその誤解は解けて、心底後悔して泣きじゃくりましたけど、あの時点では貴方がたがそう思ったのも無理はありません。」
怜が自嘲するようにぎこちない笑みを浮かべると、少年以外の四人は項垂れた。
「そうか…。怜ちゃんも色々複雑だったんだな。それを分かってあげられず、軽率な事をしてしまって、本当に申し訳なかった。」
年配の男性が頭を垂れる。
「いえ、私の方こそ良輝さんの気持ちに気付かず、最後までお父さんと呼べないままで…。本当に申し訳ありませんでした。」
怜も深く頭を下げた。
「じゃあ、もうこれで仲直りって事で。良い?」
ぶっきらぼうだが、何処か温かみのある少年の鶴の一声に、皆が顔を綻ばせた。
その後は怜に互いを紹介してもらうにつれ、張り詰めていた空気は次第に穏やかなものへと変わっていった。怜の祖父に当たる雪原政輝、祖母に当たる一代、伯母に当たる黒部灯、その夫の洋輔と息子の海斗。彼らと昼食を共にする頃には、和気藹々とした雰囲気になっており、思い出話に花が咲いていた。
「早いものね。あれからもう九年も経つなんて。海君なんてまだ小学校に入ったばかりだったかしら。お葬式の事、覚えている?」
一代に訊かれた海斗は、赤飯を頬張ったまま首を傾げる。
「微妙。全部は覚えていないけど、所々は、って感じかな。」
無愛想な海斗の答えに、灯が苦笑した。
「ああでも、怜さんの事はちょっと思い出したよ。眼鏡かけてて、今より地味な感じだったよね。親戚の集まりとかあってもあまり来ていなかったから、良く覚えていないんだけど。」
海斗に言われ、怜は微苦笑を浮かべた。
「昔は、良輝さんとお母さんの結婚に皆さんが反対していたと聞いていたから、行っても歓迎されないだろうと勝手に思い込んでいたの。バイトを理由に私だけ行かない事も多々あったな。今思うと失礼でしたよね。すみません。」
「いや、お互いに多少複雑な関係だからと、積極的に仲良くしようとしなかった我々にも否がある。もっと早く打ち解ける努力をしていれば、あんな事にはならなかったのかも知れないな。」
政輝の言葉に、一同が神妙な面持ちで頷いた。
「それにしても、怜ちゃんはとても綺麗になったね。昔はもっと大人しくて、あまり人付き合いもしなかったけど、今は明るくなったんじゃないか?」
洋輔に訊かれた怜は笑みを浮かべた。
「そうですね。変われたのは司さんのお蔭ですよ。」
急に振り向いた怜に笑いかけられ、司の心臓が一瞬跳ねた。
「いや、俺は何もしていないよ。怜が変わったのは自分で努力したからで。」
「あら、そうかしら。女性は恋をすると変わるものよ。怜ちゃんは今、良い恋をしているのね。」
一代に微笑まれた怜は、顔を赤らめて俯きながらも、はい、と小さく返事をしてはにかんだ。
え!?本当に!?
怜の反応を目の当たりにして、司も顔に急速に熱が集まるのを感じる。初々しい様子の二人に、五人は顔を綻ばせた。
「それにしても、怜ちゃんが幸せそうで本当に良かった。」
灯が心底安堵したように口にし、政輝達がうんうんと頷く。昼食後、全員で墓地を訪れ、良輝と幸恵に仲直りした事を報告した。五人と別れ、司と怜は帰路に着く。
「怜、その…さっきの言葉、本当なのか?」
タイミングを逃してしまい、訊き辛さを感じながらも、司は確かめずにはいられない。
「さっきの言葉、とは?」
「今、良い恋をしているって…。」
司の質問に、怜は顔を真っ赤にしながらも、はい、と頷いた。
「私は、司さんの事が好きです。」
怜の告白に、司は思わず耳を疑った。慌てて急停車し、驚いている怜の肩を掴む。
「怜、悪い。今の言葉、もう一回言って?」
鬼気迫る勢いの司に目を丸くしながらも、怜は耳まで赤くしながら、同じ言葉をもう一度口にする。
「私は、司さんの事が好きです。」
怜の言葉に、司は天にも昇る気持ちになった。思わず怜をしっかりと抱き締める。
「怜、俺も大好きだ!」
司の言動に、怜は狼狽しながらも、やがてそっと両腕を司の背に回した。更に高揚した司は、抱き締めていた腕を緩め、右手でそっと怜の左頬に手を添えて顔を近付ける。
「つ、司さん!こ、ここ、一応公共の場ですっ!!」
車の中とは言え、外からは丸見えだし、少ないが通行人もいる。こちらに関心を向けているような人達は幸いにもいないようだが、こんな所でこれ以上の事は恋愛初心者の自分にはキャパオーバーだと、焦って腕の中で暴れる怜に、司は我に返って苦笑した。