デート
今回少し長いです。
「じゃーん!!どう!?皆!」
リビングに戻って来た咲が手を引いている怜を目にした三人は、それぞれ目を見開いた。
「おお!怜ちゃん凄え可愛いじゃん!!」
「いつもと雰囲気が全然違うな。そういうのも似合うよ、雪原君。」
「あ…ありがとうございます。」
明と聡に褒められ、怜は照れたようにはにかんだ。だが肝心の司は何も言ってきてくれない。怜が恐る恐る見遣ると、司は目を見開き、顔を赤くした状態で固まっていた。
「おい、司も何か言ってやれよ。」
にやりと笑った明に小突かれ、司は漸く我に返る。
「その…とても良く似合っていると思う。凄く可愛いよ、怜。」
「ありがとうございます…!」
司の言葉に高揚して急速に顔に熱が集まり、怜は思わず俯いた。お互いに顔を真っ赤にした者同士が向かい合いながらも、互いを直視出来ないでいる光景に、他の四人からは笑みが零れる。
「どうせなら司、そのまま怜ちゃんを何処かに連れて行ってやれよ。折角可愛くしてるんだからさ。」
「うーん。もう少し怜さんとお喋りしていたいけど、私も賛成、かな?」
妹夫婦の後押しに、司は思わず目を輝かせた。
「ええー!?久し振りに怜さんに会えたのに!まだ少ししかお喋りしていないのよ!?」
「まあまあ。今日の所は司に譲ってやろう。また近いうちに来てくれるだろう?雪原君。」
口を尖らせた華を宥め、聡が怜に微笑みかける。協力する代わりにまた近々怜を連れて来い、という見えないプレッシャーをひしひしと感じさせる父に、司は思わず顔を顰めた。だが折角訪れた、実家から退散し、しかも怜とデート出来る機会を、みすみす逃すつもりは無い。
「はい、会長。また近いうちにお伺い致します。華さん、その時はスカートのお礼もさせてください。」
「あら、お礼なんて良いわよ。私だって怜さんが貰ってくれてとても嬉しく思っているんだから、本当に気にしないで頂戴ね。それよりも、また是非来てくれると嬉しいわ。」
「分かりました。必ずまた近いうちに伺います。今日は本当にどうもありがとうございました。」
四人に見送られながら実家を後にした司は、助手席の怜をちらりと見遣る。落ち着いて品がありながらも、女性らしく華やかになった怜に、どうしても胸が高鳴り、目を奪われてしまう。運転中なのだからと自分を叱咤して前を向き、懸命に冷静になる努力をしつつ、司は口を開いた。
「怜、何処か行きたい所はあるか?折角の機会だから、何処でも言ってくれればそこに行くよ。」
司の言葉に、怜は少しばかり眉尻を下げた。
「…いえ、特に行きたい、という場所は…。司さんと一緒なら、何処でも良いです。」
微笑んだ怜の返答に、司は動揺し、再び顔を赤くした。少しも冷静になれないと内心で困惑しながらも、折角なので明の提案を取り入れる事にする。住宅街の道路から出て道幅が広くなった所で、司は一旦車を路肩に寄せた。
「じゃあ、少し早いけど夕食を決めようか。幾つか提案するから、怜が選んでくれ。一、夜景が見えるホテルのレストランでフランス料理。二、日本庭園を眺めながら懐石料理。三、ハーゲンダーツ食べ放題が付いているお店から選ぶ。」
「えええ!?」
予想外の大声に、司は吃驚して思わず目を丸くした。
「ハーゲンダーツ食べ放題のお店があるんですか!?」
怜はこの上なく嬉しそうに目をきらきらさせている。予想以上の反応に、司は吹き出しそうになった。
「ああ。ネットでハーゲンダーツ食べ放題、って検索したら出てくるよ。」
怜は早速スマホを取り出して検索を始めた。
「本当ですね!どれも食べ放題で、イタリアン、スイーツ、バイキング、しゃぶしゃぶ…。司さんはどれが良いですか!?」
今迄で一番楽しそうな笑顔を見せる怜に、司は自然と頬が緩む。
「俺は提案したから、選ぶのは怜だよ。」
「私はちゃんとハーゲンダーツ食べ放題を選びました。ですから、お店は二人で決めても良いと思います。」
にっこりと微笑む怜に、司も思わず笑顔になる。
「じゃあ、夕飯だからスイーツは除外してもらおうかな。」
「分かりました。…イタリアンは選べるハーゲンダーツの種類が少ないみたいですね。…しゃぶしゃぶはすき焼きでも良いみたいですよ。バイキングかしゃぶしゃぶかすき焼きなら、どれが良いですか?」
「どれでも良いよ。強いて言うなら、一人暮らしで自炊しない俺は鍋物からは縁が遠くなっているから、久し振りにすき焼きが食べたい…かな?」
「じゃあ、すき焼きという事で。」
店が決まり、司は再び車を走らせる。怜はずっと嬉しそうな笑顔を見せており、相当楽しみにしている事が伝わってきて、司からも自然と笑みが零れる。時折向けられる笑顔に見惚れてしまいそうになりながらも、理性を総動員して安全運転に努めていると、漸く店が近付いて来た。ゴールデンウィークなので混んでいるかと危惧したものの、夕食には早めの時間帯だからか、店は思っていたよりも空いていた。
「うん、美味いな。」
「美味しいですね。考えてみれば、私もすき焼きは久し振りです。」
肉は勿論、野菜、ご飯、うどんも食べ放題。どうしても箸は肉に伸びがちになるが、怜に野菜も食べた方が良いですよ、なんて笑顔で言われたら食べない訳にはいかない。きちんと満遍なく食べ、お腹も膨れてきた頃、怜が少しずつ全種類のハーゲンダーツを器に盛り、飛び切りの笑顔を浮かべて戻って来た。
「美味しそうに食べるな。」
「はい!今凄く幸せです!」
言葉通り、幸せそうな笑顔を浮かべながらハーゲンダーツを頬張る怜が可愛過ぎて、見ているこちらまでもが幸せな気分になる。ふと記憶に残すだけでは勿体無いと思った司は、スマホを取り出して写真に収めた。
「怜、これ待ち受けにしても良い?」
撮った写真を見せると、怜は一気に顔を赤らめた。前回は恥ずかしがって即答で断固拒否されてしまったので、また断られるかも知れないと、司は諦め半分で怜の返事を待つ。可愛い怜の写真が撮れただけで十分だ、と自分に言い聞かせながら。
ど…どうしよう…。恥ずかしいけど、あの時は兎も角、今は司さんとはお付き合いしている訳だし…。それに、私も…。
「…良いですよ。」
暫しの沈黙の後、怜が蚊の鳴くような声で口にした答えに、司は顔を輝かせた。
「本当に!?やった!」
「そ…その代わり、私も、司さんの写真を撮らせてもらって、待ち受けにしても良いですか?」
「も…勿論!」
顔を真っ赤にしておずおずと尋ねる怜に、司も赤面しながら頷いた。では、と怜にスマホを向けられると、改めて緊張し、顔が引き攣ってしまう。
「司さん、笑ってください。」
「いや、何か緊張して無理。」
「…じゃあベストショットが撮れるまで待ちます。」
あっさりとスマホをテーブルに置いて食事を再開した怜に、司は苦笑した。再び美味しそうにハーゲンダーツを食べる怜に和まされながら、先程の写真を待ち受けに登録し、念願が叶って司が破顔した時、スマホのシャッター音が聞こえた。
「司さん、この写真を待ち受けにしても良いですか?」
怜に見せられた写真には嬉しそうな笑顔を浮かべた自分が写っていた。いいよ、と答えながらも、司は気恥ずかしくて微苦笑を浮かべる。だがお互いの写真をスマホの画面に表示して見せ合うと、改めて恋人同士なのだという実感が湧いてきて、二人共自然と照れ笑いになった。
「美味しかったです!流石にもう食べられません。」
持って来たハーゲンダーツを全て平らげ、怜は満面の笑顔を見せた。腕時計に目を遣ると、制限時間も迫っていたので二人は揃って席を立つ。帰りの車内でも嬉しそうな笑顔を浮かべた怜に何度も礼を言われ、司は何だかんだで今日という一日に満足しつつ、情報をもたらしてくれた明に内心で感謝したのだった。