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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
胸を張る為に
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交流

今回少し長めです。

翌週の土曜日、怜と司は再び雅樹の病室を訪れた。


「怜さん、最上さん、来てくださって、ありがとうございます。」

絢子の手を借りて身体を起こした雅樹が、掠れた声で嬉しそうに礼を述べた。心なしか、先週よりも顔色が良くなっているような気がする。


「いえ。またお会い出来て嬉しいです。」

直樹に勧められるままベッドの横の椅子に座った司は、人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「…お身体の具合は如何ですか?」

司の隣に座る怜がぽつりと呟くように尋ねた。怜なりに雅樹を心配しているようだ。相変わらず伊達眼鏡の奥は無表情のままなので、一見無愛想にも見えてしまうが、雅樹との距離を未だ掴みかねているだけだろうと、司は口元を緩める。


「今日はいつもより若干落ち着いているようです。今は手術する為に抗がん剤と放射線治療でがんを縮小させている所ですが、その副作用が酷く、一時は食事もとれなくて。そんな時に兄の死を知って、流石の父も心が折れかけていたのですが、怜さんのお蔭で再び前向きになる事が出来ました。」

怜の隣に立つ直樹が説明する。雅樹もゆっくりと頷いた。


「お借りした秀樹の遺骨と写真にも、私共々随分と慰められました。本当に、ありがとうございます。」

絢子がそう言って涙ぐむ。


「ところで怜さん、兄の遺骨は、このまま手元で供養されるおつもりなのでしょうか?」

サイドテーブルに置かれている写真と遺骨を見ながら直樹が問うと、怜は首を横に振った。


「いえ。何時かはお墓を作って、納骨してあげたいと思っています。今までは…、費用が工面出来なかっただけなので。」

俯く怜に、藤堂家の三人は気まずそうな表情を浮かべた。少しの間、沈黙が場を支配する。


「あの…、もし怜さんが宜しければ、なのですが、こちらで納骨させて頂いても構わないでしょうか?私達が最後に兄にしてあげられる事など、それくらいしかなくて…。」


恐縮した様子で尋ねる直樹に、怜は目を見開いた。雅樹と絢子も不安げに怜を見つめる。少しの間目を伏せて考え込んでいた怜は、やがておもむろに口を開いた。


「私も、納骨が父にしてあげられる最初で最後の親孝行だと考えています。…ですので、費用は折半。あと、母の遺品を一緒に埋葬してあげたいのですが、それでも良ければ。」

怜の返答に、藤堂家の三人に安堵と喜びが広がった。


「ありがとうございます!」


嬉しそうに礼を言う直樹、顔を綻ばせる雅樹、そっと目元を拭う絢子を見ながら、怜も少しだけずっと背負ってきた肩の荷が下りる思いがした。長年連れ回してしまったが、これで漸く父に安らかに眠ってもらう事が出来る。藤堂家の手を借りる事になってしまったのは想定外だったが、和解した今なら、きっと父も喜んでくれるのではないだろうか、と怜は思った。


「…少しお訊きしたいのですが、生前の父は、どんな人だったのですか?」


怜はかねてからの関心事を口にした。生前の父を知る者は、身近な存在では母しかおらず、その母からも結局は詳しく聞けずじまいだった。今回、両親の事を改めて考えさせられる中で、父については殆ど何も知らない自分が歯痒く、勇気を出してもっと訊いておけば良かったという後悔と、父への思慕の念を改めて深く感じたのだった。


「秀樹は、小さい頃からやんちゃでした。落ち着きがなく、いつもその辺を走り回っているような子で。腕白過ぎて、手に負えない事もしばしばありましたね。」

絢子が目を細めて懐かしげに語る。


「友達も多かったですね。クラスでもいつも中心にいたようです。正義感が強く、明るくて面倒見が良い兄でした。」

「勉強の方は今一つでしたがね。要領だけは良かった。テストの前はいつも一夜漬けで、大体がまるで狙ったように平均点くらい。やれば出来るんだからもっと真面目に勉強しろと、何度説教した事か。」


苦笑いする雅樹に、怜も口元を緩めた。ぼんやりとした想像でしかなかった父の性格が、急激に鮮明になって現実味を帯びてくる。三者三様に語る父の話を聞きながらサイドテーブルの写真に目を遣ると、今までよりも父に親近感が湧いたせいか、少し違った見え方になったような気がした。


「本当に、秀樹には手を焼かされて…ケホ、ケホッ。」

楽しそうに目を細めて語っていた雅樹だったが、少し喋り過ぎたのか、空咳を繰り返す。


「貴方、大丈夫?」

絢子が病室に備え付けてある冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出した。残り少ない中身は、コップに注ぐと丁度空になってしまった。


「直樹、下の売店でお茶を二、三本買って来てくれない?」

「分かった。もし宜しければ、怜さんも一緒に来て頂けませんか?」


一瞬戸惑った怜に、直樹が身を屈めて耳打ちする。

「父の病状についてもう少し詳しくお話ししたいので。」

「分かりました。」


直樹と怜が連れ立って病室を出て行くと、雅樹と絢子は居住まいを正した。


「最上さん、折り入ってお尋ねしたい事があるのですが…。」

「はい。何でしょうか?」

二人の真剣な表情に、司も背筋を伸ばす。口を開いた絢子にしっかりと向かい合った。


「私達の孫娘に大変良くしてくださっているようで、心より感謝致しております。今まで連絡を取ろうともしてこなかった私達に、こんな事を訊く資格などない事は重々承知しておりますが、その…孫娘の事をどのように思っていらっしゃるのか、伺っても宜しいでしょうか?」

恐縮した様子の絢子に、司は口元を緩めた。


「彼女は俺にとって、唯一無二の、大切な人です。彼女が承諾してくれるのであれば、俺が彼女を一生幸せにしたい、と思っています。」


堂々と胸を張って真摯に答えた司に、雅樹も絢子もほっとしたように表情を緩めた。


「そうですか…。ありがとうございます。それを聞いて、安心しました。」

絢子は雅樹と顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「最上さん、私共にこんな事を頼む資格もございませんが、あの子の事、何卒宜しくお願い申し上げます。老い先短い老人の、最後のお願いだと思って、どうかお聞き届けください。」

目に涙を溜め、深々と頭を下げる雅樹に、司は困惑した。


「勿論、と言いたい所ですが、彼女が承諾してくれれば、です。恥ずかしながら、俺は最近彼女に漸く付き合ってもらえるようになったばかりなので。俺の方は生涯彼女と共に居たいと思っていますが、彼女の方はおそらくまだそこまでの気持ちはないでしょう。無論、振り向かせる為の努力は惜しみませんし、他の誰かに任せるつもりも毛頭ありませんがね。」

司の言葉に、顔を上げた雅樹は気の抜けたような表情をした。


「そうでしたか…。ですが、貴方の存在があの子にとって支えになっている事には変わらないようにお見受けします。今後の事は兎も角、これからもどうか、あの子の事を見守ってやって頂きたい。」

雅樹は再び表情を引き締め、頭を下げた。


「俺としては言われるまでもありませんが、それについては是非、藤堂会長ご自身でもして頂きたいと思います。見てみたいとは思いませんか?彼女の幸せそうな花嫁姿を。」

司が口角を上げると、雅樹は目を見開いた。


「あの子の、花嫁姿…?ああ…見たいですな。是非とも見てみたいですな。」

ゆっくりと相好を崩した雅樹は、ぽろぽろと涙を零す。


「そうでしょう?気弱にならず、必ずご病気に打ち勝って、ご自分の目でご覧になってください。志半ばで亡くなられたご子息も、きっとそれを願っていらっしゃいますよ。」

「息子も…。そうですな。がんになど負けていられませんな…!」


目頭を押さえる雅樹の背中を撫でながら、絢子も目元にハンカチを当てる。顔を見合わせ、共に泣き笑いする夫婦を見守りながら、司も表情を和らげていた。

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