後悔しない道
喫茶店を後にした二人は、司の車で怜のアパートへと向かう。
「司さん、同席してくださって、ありがとうございました。」
怜の顔色はまだ良いとは言えないが、落ち着いている様子に司は少し安堵した。
「これくらい何でもないよ。それより、コーヒーをご馳走になってしまったな。せめてコーヒー代に見合う働きが出来ていれば良いんだけど。」
司の言葉に、怜はクスリと微笑んだ。
「コーヒー一杯くらいじゃとても足りませんよ。同席して頂いて本当に助かりました。あの時、手を握ってくださらなかったら、私はまた冷静さを失い、彼らに暴言を吐いていたに違いありませんから。」
「そうか。役に立てて良かったよ。」
感謝の言葉を述べる怜に、司は胸を撫で下ろした。少しでも怜の力になれた実感が湧いてきて、嬉しさで頬が勝手に緩んでしまう。ちらりと横目で窺うと、怜は複雑な表情をしていて、司は顔を引き締めて怜の心中を慮った。
「怜、あまり一人で考え込むなよ。俺で良かったら、何時でも相談に乗るから。」
声をかけた司に目を向けると、怜は口元を緩ませた。
「ありがとうございます。…自分の気持ちが、少し分からなくなってしまって。」
怜は前を向き、ぽつぽつと話し出した。
「今でも、藤堂の事情がどうであれ、関わりたくないというのが本音です。泣いて謝られた所で、簡単に許す気にもなれない。…でも、藤堂社長の話を聞いて、他人事だとは思えなくなってしまって。亡くなってしまった人には、謝る事が出来ませんから。」
怜はそう言って俯いた。その原因には、司も心当たりがある。きっと継父と母の事を思い出しているのだろう。
「…俺は、怜と同じ体験をした訳ではないから、怜の気持ちを正確に分かってあげる事が出来ない。どうすれば、怜にとって一番良い道になるのかも分からない。きっと、怜自身が悩んで出した答えが、一番正しいんだと思う。だから、怜がどんな答えを出しても、俺はそれを支持するよ。でも、一つだけ俺から言わせてもらいたいのは、怜に後悔だけはして欲しくない、って事だ。」
司の言葉に、怜は顔を上げて司を見つめた。
「ご両親の時のように、怜に後悔して、自分の事を嫌いになって欲しくない。だから、どういう結果になろうとも、怜が後悔しない道を選んで欲しいと思う。…俺の方から相談に乗るって言っておきながら、大した答えになっていなくてすまない。」
無力感を覚えながら詫びる司に、怜は首を横に振る。
「いえ。司さんのお言葉、とても参考になりました。ありがとうございます。」
怜は顔を綻ばせた。
「どのような結果になろうとも、私が後悔しない道を考えます。…司さんのお蔭で、少しすっきりしました。やっぱり、コーヒー一杯じゃとても足りません。」
はにかんだ笑顔を見せる怜に、司も相好を崩した。少しだけ吹っ切れたように表情を明るくした怜に安堵する。
「ゆっくり考えると良いよ。また俺が力になれる事があったら、何でも言ってくれ。」
アパートの前に着き、声をかけた司に、怜は嬉しそうに頷いた。
「はい。ありがとうございます。今日は本当に、どうもありがとうございました。」
司と別れ、部屋に帰った怜はリビングに向かい、実父と母の写真が入った写真立てを手にした。
お父さん、お母さん…。今更だけど、藤堂の人達が謝りたいって。お父さんとお母さんなら、どうするのかな…?
答えが帰って来ないと分かっていながらも、怜は訊かずにはいられなかった。優しくて頼り甲斐があったと言う父を想像し、母の性格を思い出す。そして、司に言われた言葉も。
どんな結果になっても、私が後悔しない道…。
司に言われた時点で、大体の方針は決まっている。だが、今一つ踏ん切りをつける事が出来ない。自分が出す答えが本当に正しいのかと問いかけるように、怜は父の遺骨が入った骨壷をそっと指で撫で、溜息をついた。