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ついポロッと

「夕食を一緒に…ですか?」


今日一日のスケジュール確認後、予定になかった項目を追加され、雪原は戸惑ったように顔を上げた。


「ああ。今日俺は午後からずっと年始の挨拶で外回りだろう?年始はどこも忙しいから少し顔を出す程度で、定時には帰社できると思う。もし雪原君に予定がなかったら、悪いが付き合ってくれないか?」

副社長の言葉を聞きながら、雪原は頭を高速回転させる。


昨日の鍋の残りは今日の夕飯の予定だったけど、火を通して明日の朝に食べればいい。明日の朝に片付けるつもりだった明日消費期限のパンは、サンドイッチにでもして明日のお弁当、と…。


「畏まりました。ご一緒させていただきます。」

誘いに間髪を容れずに答えた雪原に、司は胸を撫で下ろした。


「助かるよ。じゃ、悪いけど清祥亭に予約を入れておいてくれ。」


雪原は一瞬目を見開いたが、すぐに「畏まりました。」と頭を下げて退室した。


********************


清祥亭は会社から車で三十分程の距離にある、完全個室の高級老舗料亭である。日本家屋の外観と四季折々で違った色合いを見せる庭園を眺めながら、旬の食材を使用した彩り豊かな日本料理を楽しめる、最上グループの接待御用達の場の一つだ。


「では、乾杯。」


グラスを合わせ、一口飲んで司はふうと小さく息を吐いた。グラスと言っても、雪原は酒を飲まないのが常だし、司も今日は酔う訳にはいかないので、二人共中身は烏龍茶なのだが。


さて、どうやって切り出そうか…。


「…副社長、何かお困りの事で私がお力になれる事があれば、遠慮なく仰って下さい。」


雪原の言葉に、司は目を見開き、そして苦笑する。

「…どうしてそう思うんだ?俺がただ単に日頃の働きを労いたいだけだとは考えないのか?」

司の問いかけに、雪原はグラスを置いて姿勢を正した。


「普段接待にしか使われないような高級料亭を、一介の社員の労いの場にするだけとは考えられません。何か裏心がおありになり、その為の場と周囲に聞かれない個室という条件で清祥亭をお選びになったと考える方が自然です。朝出社された時もそうでしたが、今も何やら考え込んでおられるようですし。仕事の方は正月休みで特に大きな問題もなかった筈ですので、副社長のプライベートで何か問題があったのではないかと推測しております。正月休みはご実家に帰られると仰っておられたので、その時に何かあったのかと…。今年は社長が会長職に就かれて、副社長が社長になられるご予定ですが、その事で何か問題でも?」


自分の内心を見透かしたような雪原の返答に、司はクックッと喉の奥で笑った。


「最後以外は全部正解だ。…相変わらず凄いな、君は。」

「ありがとうございます。…ですが、私にご相談頂けるのであれば、早めに仰って頂けますと大変助かります。接待の気遣いをせずに清祥亭の料理を味わえるなど、滅多にない機会ですので、気掛かりな事は先に片付けてしまいたくて…。」


切り出す切っ掛けを作ってくれた雪原に感謝しながらも、司は再び黙り込んでしまった。

どうぞと言われても、こんな事をどう相談すればいいものやら。女性関係は悉く避けて生きてきた司には、口にする事自体が途方もなく難しいように思えた。

どうやって説明しよう。やはり最初からか?それとも彼女の事情を確かめる方が先だろうか…。


難しい顔をして考え込む司を見ながら、雪原は出汁が良く効いたほうれん草と水菜のお浸しを口に運ぶ。


「…そんなに難しい問題なのですか?」


暫くして、雪原が司の顔色を伺うように尋ねた。


「ああ。少なくとも俺にとっては、途方もなく難しいように思える。」

「副社長がそんな事を仰るなんて、余程の事ですね。…端的に言うと、どう言った問題なのですか?」


雪原に促され、司はついポロッと言ってしまった。


「君に俺と結婚してもらえないか相談したいんだが…。」


ハッと気が付いた時にはもう遅い。しまったと顔を上げて、司は目を丸くした。

大きく目を見開き、ぽかんと口を開けて固まっている秘書の姿。普段何が起こっても冷静沈着、無表情で問題解決に当たる様を見ているだけに、彼女でもこんな顔をする事があるのかと司も思わず見入ってしまう。


「…すみません副社長。もう一度仰って頂けますでしょうか。」


雪原の言葉に我に返り、司は慌てて口を開く。

「あ、悪い。えっと、君に俺と結婚してもらえないか相談したくて…。」

動揺を隠し切れず、回らない頭で再び同じ言葉を口にすると、雪原は再び目を見開く。


「…恐れ入りますが確認させて頂きますと、副社長は、私と、結婚して欲しいと仰っておられるのでしょうか?」

「あ、ああ…。」


司は自分の失態に臍を噛んだ。こんな事を口にするなんて、何て思われただろうか。いきなり結婚だなんて、もう少し何か言い方があっただろう。きちんと成り行きを説明しなければ。いやそもそも彼女に彼氏が居たらどうするんだ。ってかこれは下手したらセクハラになるんじゃないか?


司が半ばパニクっていると、雪原はおもむろに鞄からスマホを取り出した。


「…副社長。明日の予定は全てキャンセルしておきますので、直ぐに精神科の病院へ向かわれて下さい。」

「ちょっと待て!何でそうなる!俺は至って正常だ!」

慌ててスマホを取り上げようとする司をかわし、雪原は胡乱げな視線を送る。


「私にプロポーズするなど、正常な状態の副社長だとはとても信じられません。副社長はいつも無茶な働き方をしていらっしゃいますし、年末は特に忙しかったので、遂に欝などの精神異常をきたしてしまわれたと思われます。」

「違う!これには理由があるんだ!」

「そうですか。ではその理由をきちんとお聞かせ願えますか?」


自分を不審げに見据えながらも、取り敢えずスマホを卓の上に置いてくれた雪原に、司は安堵と気の重さの入り混じった溜息を吐き出した。

読んで頂きありがとうございます!

もし宜しければ評価、感想等頂けますと、漏れなく作者が狂喜乱舞致します。

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