全てを受け入れてくれる人
「怜、俺は気にしないから、こっちを向いてくれないか?」
「嫌です。司さんが気になさらなくても、私が気になるんです。」
助手席で背中を向ける怜に、司は苦笑を漏らしながら運転する。漸く泣き止んだ怜は、司の服を濡らしてしまった事を詫びながら司を見上げた直後、急に司の腕の中から逃げ出し、両手で顔を覆って助手席のドアに額を押し付けるようにして司に背を向けてしまった。曰く、絶対に目が腫れていてみっともないから見せたくない、との事である。
気が付いたらまた抱き締められているし。顔近いし。絶対目が腫れているのも見られた…。
背を向けられて一抹の寂しさを感じている司の横で、怜は目だけでなく顔も真っ赤に染めていた。
「その…取り乱してしまって、すみませんでした。」
怜は恐る恐る司に声をかける。
「謝る必要はないよ。寧ろ怜の事をもっと知る事が出来て嬉しかった。辛かっただろうに、俺に話してくれて、本当に感謝している。ありがとう。」
司の感謝の気持ちが込められた言葉に、気まずそうにしていた怜は、少しだけ司を振り返った。だが、気配に気付いた司が視線を送ると、怜はすぐに顔を戻してしまった。
「私の方こそ、話を聞いてくださって、ありがとうございました。…自分を許しても良いって仰って頂けて、嬉しかったです。」
「俺は大した事はしていないよ。怜の話を聞けば、誰だって同じ事を言うと思う。怜は自分を過小評価し過ぎだよ。もっと自分に自信を持つべきだ。」
「自信…。」
そんな物を持てるようになるのだろうか、と怜は目を伏せる。
「今はまだ難しいかも知れないけど、これからゆっくり自分の長所を自覚していけば良い。何なら俺が怜の長所を挙げていこうか?数え切れない程沢山あるけど。」
「え…遠慮しておきます。…何だか、恥ずかしいので。」
何となく予想していた答えが返ってきて、司は頬を緩ませた。
「ところで怜、これからどうする?もうお昼だし、何処かで食事でもどうだ?」
「…お誘いはありがたいのですが、この顔ですので、今日の所は遠慮させて頂きます。」
「そうか。残念だけど仕方ないな。じゃあこのまま送って行くよ。今日は家まで送ろうか?そこまで気にしているのなら、外は歩き辛いだろう?」
司の申し出に怜は暫し逡巡したが、ありがたく好意に甘える事にした。アパートを見られる事には気が引けたが、ありのままの自分を受け入れてくれた司の事だ。きっとそれくらいで軽蔑するような人じゃない、と今なら思える。口さがないご近所の人達に見られても、一度だけなら言い訳も立つだろう。
案の定、アパートに着いた司は少し驚いた様子を見せたものの、心配そうな視線を送る程度で、何も言わないでいてくれた。今まで待ち合わせや送り先が最寄り駅だった理由を粗方察してくれたのだろう。怜は口にこそ出さなかったものの、内心で感謝した。
「司さん、今日は本当にどうもありがとうございました。」
少しでも顔を隠せるよう、伊達眼鏡をかけて怜は一礼する。だが何かが吹っ切れたような、優しげな笑みを浮かべた表情を見て取った司は、ほっとして顔を綻ばせた。
「俺の方こそ、今日は本当にありがとう。好きだよ、怜。」
念押しの為に言うと、怜の顔は茹蛸のように真っ赤になった。その反応に満足しながら、司は怜がアパートの部屋に入るまでを見届ける。
部屋に帰った怜は荷物を置き、リビングの食卓の上にある二つの写真立てを手にした。一つは母と継父の写真、もう一つは母と実父の写真が入っている。
お父さん、お母さん、お継父さん…。こんな私でも、全部受け入れてくれる人がいたよ。今度は、また近いうちに会いに行けるようにするね。…お父さんのお墓も、近いうちに作らなきゃね。
怜は写真立てを元に戻すと、その隣に置いてある実父の遺骨が入った骨壷をそっと撫でた。自分が生まれる直前に他界した父のお墓は未だに作る事が出来ず、ずっと遺骨を手元に置きっ放しだったが、漸くお墓が作れるだけのお金が貯まりつつある。まずは父のお墓を作り、その後防犯面が充実した家を見付けて引っ越すのが怜の目標だが、まだこのアパートには当分世話になりそうだなと思いながら、怜は微苦笑を浮かべた。




