頼み事
「これは参ったな。何を話していたのかと思えば、そんな話をしていたのか。」
洗い物も片付け終わり、皆が集まったリビングで、怜の話を聞いた聡は苦笑いを浮かべた。
「うっわー、じゃ咲、俺の事も言っちゃった訳?」
「勿論!」
にこにこと答える咲に、明は困惑したように顔を赤くして片手で口元を抑えている。
「何だ、明。聞かれて困るような話でもないだろう。」
「あー、いや、そうだけど。何か気恥ずかしいって言うか…。あ、何ならお前が怜ちゃんへの気持ちを自覚するまでの経緯を今ここで詳細に語ってやろうか?そうしたら俺の気持ちも少しは「頼む、それだけは勘弁してくれ。」
青くなった司は慌てて明に頭を下げた。
「あらー!私は是非聞きたいわ、その話!」
華が目を輝かせて明に食い付く。
「明、頼むから。」
「何だ、司。聞かれて困るような話でもないだろう?」
にやついた明の返しに、司以外は失笑した。
「安心しろ。まだ話す気はねーから。」
苦り切った表情の司に、明は可笑しそうに笑う。その様子からして、確かに今は大丈夫そうだが、まだ、と言う事は何時かは暴露する気だろうと、司は持ち前の目つきの悪さを活かしてギロリと明を睨み付けた。
「明君、聞かせてくれないの?」
「司が人を殺しそうな目で睨んできていますので。俺も命が惜しいんですよ、お義母さん。」
残念がる華に、明は茶化すように肩を竦めてにっこりと笑って見せた。
「まあ良いじゃないか。何れ明君からとは言わず、本人からゆっくり話を聞こう。」
聡の言葉に、華は不承不承ながらも聞き入れたようだ。司は安堵しながらも、何時かは華に問い詰められる事になるのかと、近い未来を想像してげんなりする。
「皆そろそろ小腹が空いてきていない?雪原さんがケーキを持って来てくれたんだけど、食べられるかしら?」
台所へと向かう華に、司と咲が続く。暫くして、お皿に盛られた六種類のケーキが運ばれて来た。様々なフルーツが乗ったショートケーキとタルト、苺が入ったロールケーキ、チョコレートケーキ、レアチーズケーキ、チーズタルト。どれも美味しそうだと皆が目を輝かせる。
「皆、どれにする?」
華が楽しそうに迷いながら尋ねる。
「私はロールケーキを貰おう。雪原君、私の好物を覚えていてくれて嬉しいよ。」
「お喜び頂けて幸いです。」
目を細める聡に、怜は口元を緩めて軽く頭を下げた。
「私は…やっぱりチョコケーキ!」
「咲はチョコレートが好きだものね。」
嬉しそうにお皿を手に取る咲に、華が微笑む。
「俺はこれにしようかな。」
「あ、やっぱり。お兄ちゃんならそれを選ぶと思ったんだよね。」
チーズタルトが乗ったお皿を手にする司に、咲が笑う。
「明君はレアチーズが好きだったわよね?」
「はい。ありがとうございます。」
華が明にお皿を手渡した。
「雪原さんは、どっちがいいかしら?」
フルーツケーキとフルーツタルトを前にして、華が尋ねる。
「私はどちらでも。奥様がお選びください。」
「あら、いいの?そうね…、どちらもフルーツが沢山乗っているし、迷うわね~!」
少しの間、楽しそうにケーキを見つめていた華は、最終的にフルーツタルトを選び、怜は残ったフルーツケーキを手にした。全員の好みを把握した気遣いに、流石は怜だと司は感心する。皆それぞれの好物のケーキに舌鼓を打ちながら、好きな食べ物の話で盛り上がった。
「雪原さん、コーヒーのお代わりは如何?」
「ありがとうございます。ですがすっかり長居をしてしまったようですので、そろそろ失礼させて頂きます。」
時計を一瞥した怜は、席を立って深々と頭を下げた。
「え、もう?まだ良いじゃないの。もう少しゆっくりして行って頂戴。」
華が残念そうに引き止める。
「私も引き止めたい所だが、明日は仕事だし、雪原君の負担になってはいけないな。雪原君、今日は来てくれてありがとう。楽しかったよ。」
聡がゆっくりと立ち上がった。
「こちらこそご馳走様でした。皆様とお話出来て、とても楽しかったです。ありがとうございました。」
「雪原さん、また来て頂戴ね。何時でも歓迎するから!」
立ち上がって手を握ってきた華に、怜は少しだけ目を丸くした。
「ありがとうございます。」
「怜、送って行くよ。」
コーヒーを飲み干した司が立ち上がる。
「じゃあ俺達もそろそろ帰ります。」
明も咲を促して席を立った。全員で玄関まで移動する。玄関先で別れを告げ、聡と華に見送られながら、二台の車が最上邸を後にした。
「怜、今日はありがとう。緊張したか?」
車を運転しながら、司は怜に問いかける。
「はい、少し。…あの、奥様は私の事、気に入ってくださった…のでしょうか?」
自信無げに怜が尋ねる。
「ああ。間違いなくね。最初から怜と凄く話したそうだっただろ?帰る時もまだ話し足りなそうだったし、何時でも歓迎するって言っていたしな。」
「そうですか…。…お金目当てで、司さんに纏わり付いている、等と思われたりされていなければ良いのですが。」
「え?」
呟くような怜の言葉に、丁度赤信号で車を止めた司は、何を言い出すのかと怜を見遣った。
「そんな訳ないだろ?俺が怜に片思いしている状態だって皆知っているし。それに、もし怜が本当に金目当てだった場合、俺が以前プロポーズした時に即座に頷く筈だ。それくらいの事は誰だって想像がつくから、怜がそんな女性じゃない事くらい、皆分かるよ。」
苦笑する司に、怜は目を見張った。顔を赤らめて目を伏せる。
「すみません、変な事を言ったりして。…ちょっと昔、色々あったもので。」
意味深な怜の発言に、司は訝しげに怜を見つめる。やがて怜は手を握り締めて顔を上げた。真っ直ぐに司を見つめてくる瞳は、不安ながらも何かを決意したように揺らめいている。
「司さん、来週末、お時間頂けないでしょうか?…連れて行って頂きたい所があるんです。」
初めての怜の頼み事に、一も二もなく了承した司だったが、礼を言ったきり黙り込み、思い詰めたように俯く怜の様子が気になって仕方がなかった。




