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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
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実家

結局、司が怜に電話出来たのは、その日の夜遅くになってからだった。予め父が気軽に来て欲しいと伝えていたようで、怜はそれ程気にした様子もなく、気遣いを感謝されて司は少し胸を撫で下ろした。


そして翌週の日曜日、司は怜を迎えに行き、昼前に実家に到着した。


「いらっしゃい、雪原さん!」

インターホンを鳴らして玄関に入ると、待ち兼ねていたように母、華が出迎えた。怜を見て目を輝かせる。


「奥様、お久し振りです。本日はお招き頂き、ありがとうございます。」

「まあ…!貴女があの雪原さんなの!?驚いたわ!以前とはまるで別人ね!眼鏡を外すと美人さんだって、咲が言っていた通りだわ!」

「奥様とは三年前に一度ご挨拶申し上げただけですが、覚えておいてくださって光栄です。」

「あの時は主人がご迷惑をおかけしてごめんなさいね。泥酔する事なんて滅多にないんだけど、咲が結婚する直前だったから、あの人も色々思う所があったみたいで。」

早くも怜に纏わり付き、嬉しそうに目を細めて話しかける華に、司は先が思いやられた。


「母さん、こんな所で立ち話もなんだから、上がってもらおう。」

「あ、そうね。雪原さん、どうぞ上がって。」

「はい、失礼します。あの、奥様はケーキがお好きだと伺いましたので、お口に合うかどうか分かりませんが。」

怜が手に持った紙袋からケーキの箱を取り出し、華に差し出す。

「まあ!ありがとう、嬉しいわ!後で皆で食べましょう!司、雪原さんを庭に案内してあげて頂戴。もう咲と明君も来ているから。」


怜の手土産のケーキを受け取った華は笑顔を浮かべて台所へと向かい、司は怜を庭に面しているリビングへと案内する。リビングに入ると、丁度庭から父、聡がガラス戸を開けて入って来る所だった。


「社長、お邪魔しております。本日はお招き頂き、ありがとうございます。」

華に挨拶した時同様、丁寧にお辞儀をする怜に、聡は穏やかな笑みを見せた。

「雪原君も、今日は良く来てくれたな。ゆっくりして行ってくれ。」


いつも気難しそうな表情で滅多に笑う事のない父が微笑んでいる光景に、司は目を丸くした。怜は父のお気に入りの秘書だったという事は知ってはいたが、その度合いを目の当たりにした気分だ。


「それにしても、今日はいつもと随分雰囲気が違うな。今の方が良いと思うが、会社ではそういう格好はしないのか?」

伊達眼鏡を外して髪を下ろしている怜を初めて見て、聡が尋ねる。

「あの格好の方が仕事には合っておりますので。面倒事にも巻き込まれませんし、動きやすくて気合も入りますから。」

「そうか。確かに華美な服装は避けてもらいたい所だが、君の場合はもう少しお洒落をしても良いと思うがね。今までアクセサリーの一つも身に着けなかった君が、最近ネックレスを着けるようになって、漸くお洒落心に目覚めたのかと、老婆心ながらほっとしたくらいだからな。」


聡に指摘され、怜は少し顔を赤らめた。司も思わず怜の首元を一瞥して口元を緩ませる。司が贈ったネックレスを普段から身に着けてもらえるよう頼んでからは、怜は律儀にそれを守ってくれ、いつも首元で控えめに光を放っている。


「あ、怜さんいらっしゃい!」

聡と共に庭に出ると、準備を始めていた咲と明が笑顔で出迎えてくれた。


「怜さん少し緊張している?自分の家だと思ってくつろいでね!」

「はい、ありがとうございます。」

明るく笑いかける咲に、ずっと無表情に近かった怜も、漸く薄く微笑みを浮かべた。そんな素振りは見せていなかったが、やはり緊張していたのだろうかと司は少し不安になる。


「明君、火の方はどうだ?」

「もう何時でも始められますよ、お義父さん。」

「よし、じゃあそろそろ焼いていこうか。」

「分かりました。」

聡と明に司も加わり、肉や帆立、野菜を次々に網の上に並べていく。


「咲ー、ちょっとこれ受け取って。」

リビングから華が持って来たお盆を咲が受け取り、皆の所に持って来た。


「咲さん、私もお手伝いします。」

ペットボトルのお茶をコップに注ぐ咲に、怜が声をかけた。

「大丈夫よ、私もやるから。雪原さんはお客様なんだから、ゆっくりしていて。」

後から来た華が笑顔を見せる。

「ありがとうございます、奥様。…ですが、皆さんが動かれているのに、私だけ何もしないのは落ち着かなくて。」

困ったような表情を見せる怜に、皆が口元を綻ばせた。


「じゃあ雪原君には、私の話し相手になってもらおうかな。会社で愚息が迷惑をかけていないか?不満があったら何でも言ってくれ。何なら配置転換も考えるから。」

聡の言葉に、司はぎょっとした。


「父さん、怜に抜けられたら、俺が困るんだが。」

「お前の希望など知った事か。私から雪原君を取り上げておいて。お蔭で私も神崎君もいい迷惑だ。」

睨み合う聡と司に、咲が大袈裟に溜息をつく。


「お父さんもお兄ちゃんも、こんな時にまで会社の話しないでよ。怜さん、仕事バカの人達は放っておいて、私と話そう!」

「ずるいわよ、咲。」

華が拗ねたように口を尖らせる。


「貴女は最近雪原さんと良く会っているんでしょう?私は三年前に一度ご挨拶しただけなのよ。この中で雪原さんと一番接点がないのは私なんだから、今日は私が雪原さんを独り占めしても良いわよね?」

にっこりと笑みを浮かべて振り返る華に、怜は戸惑う。


「いきなりお母さんと二人きりじゃ、怜さんも緊張すると思うから、私も混ざろうっと!」

咲が二人の間に割って入り、怜の腕に絡み付く。

「では私も混ぜてもらおう。雪原君とゆっくり話すのも久し振りなんだから、それくらい構わないだろう?」

「じゃあ俺も混ざります。見知った顔が一人でも増えた方が緊張しなくて良いよね、怜ちゃん?」

「怜が困惑しているから、取り敢えずそれくらいにしてくれないか。」


司が怜の肩を抱いて咲から引き剥がし、皆と少し距離を取った。どう答えて良いか分からず内心で狼狽えていた怜は、司の助け舟に少しほっとしながらも、肩を抱かれているという事態に別の意味で狼狽える。


「司、皆が雪原君と親睦を深めたいと思っているのに邪魔する気か?経営者たる者、もっと寛容でなければ任せられんぞ。」

聡が司を睨み付ける。

「自分の希望を優先して、人の気持ちも考えられない経営者になるよりはましだと思うが。」

司も負けずに睨み返す。

「あの…。」

険悪な空気が漂いつつある中、恐る恐る口を挟んだ怜に、皆の視線が集まった。


「お肉が焦げそうになっているのが気になるのですが。」


怜の発言に、皆がどっと笑い出した。明が手早く焼けた肉を器に盛り、野菜を引っくり返して肉を追加する。


「やっぱ怜ちゃん凄えな。場の空気が一気に和んだよ。」

明がクックッと笑いながら、肉を盛った器を怜に手渡した。

「はあ…。どうして皆さんが笑われたのか、私には良く分からないのですが。」

怜は首を傾げながら受け取る。


「良いんじゃない?そこが怜さんの魅力だし!」

「魅力…ですか。」


咲の言葉は腑に落ちなかったが、ピリピリした雰囲気が払拭されたようなのでまあいいかと思いつつ、怜はにこやかに乾杯の音頭を取る聡に倣って皆とコップを合わせていった。

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