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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
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食べ切れずに余ったパンを入れた紙袋を手に、司と怜は西条家を後にした。


「楽しかったですね。思ったより沢山出来ましたし、明日の朝にもまた楽しめそうです。」

マンションの廊下を歩きながら、ほくほく顔でパンを見つめる怜が可愛らしくて、司はつい口元を緩める。


「偶にはこういうのも悪くないな。多少作り過ぎて、一人で消費し切れるかどうか不安ではあるが。」

「私は毎食パンが続いてもあまり気になりませんが…。咲さん達はお店に差し入れると仰っていましたし、司さんも初めて作られたパンですから、ご両親に持って行かれては如何ですか?きっと喜ばれますよ。」

「却下だ。」

折角の怜の提案ではあるが、司は青ざめて即答する。


「咲なら兎も角、俺がそんな事をしたら、喜ぶよりもまず驚かれる上に、自炊もしない俺がパンを作る事になった経緯を、母に根掘り葉掘り聞かれるだろうから面倒だ。」

想像しただけでげんなりとしている司に、怜は苦笑を漏らした。


「ああでも、それを切っ掛けに怜の事を紹介しても良いなら話は別だけど?怜が俺の想い人だと分かれば多分父は喜ぶだろうし、母も見合いだの何だのと、がなり立てる事もなくなるだろうし。何時結婚するのかって責付かれる事にはなりそうだけどな。」

「なっ…!?」

意地悪く笑みを浮かべる司に、怜は顔を真っ赤にさせて狼狽える。


「冗談だよ。俺はちゃんと怜が振り向いてくれるまで待つって決めているから。ゆっくりでいいから、俺の事をちゃんと考えてくれると嬉しいな。」

今度は優しく微笑み、安心させるように頭をぽんぽんと撫でる司に、怜は顔を赤くしたままゆっくりと頷いた。


マンションの駐車場まで移動した二人は、司の車に乗り込む。

「ところで、怜に一つ訊いておきたい事があるんだけど、良いか?」

ドアを閉めた途端、急に真剣な声色を帯びた司に、怜も何事かと顔を上げる。


「二ヶ月前に俺が結婚して欲しいって言った時に、相手を探してどうしても見付からなかった場合のみ、条件次第で善処する、って言っていただろ?どんな条件なのか、一度聞かせてくれないか?」

「あ…。」

司の問いかけに、怜は言葉に詰まってしまった。


「すみません。あまり気になさらないでください。あの時とは状況が違っていますし、あまり深く考えて言った事ではありませんから。」

「そうなのか?それでも、どんな事を考えていたのかくらいは、良かったら教えて欲しいんだ。今後の参考にしたいから。」

「参考にはならないと思いますが…。」

「頼むよ、怜。」

渋る怜の手を握って司は懇願する。怜に好かれる可能性がある事なら、今はどんな事でも試したかった。


「その…あの時は司さんが私に興味がなく、偶々条件に当て嵌まった女性として私を指名されただけだと思っておりましたので、その前提の下で、万一結婚する事になった時に私の不利益になる事がないよう、『条件次第で』と申し上げただけなんです。司さんにはもっと相応しい女性が必ず見付かるとは思っていましたが、万一見付からず、私と結婚するしかなくなった場合、司さんなら予め生活面、金銭面、離婚時の条件等を取り決められるだろうと思いまして。その際に有利に事が運ぶよう、『条件次第』という一言を添えただけなので、それ程真剣には考えていませんでした。」


恐縮した様子の怜の回答に、司は拍子抜けした。

「何だ、そうだったのか…。」

「すみません、打算的で。」

申し訳なさそうに顔を伏せる怜に、司は苦笑する。


「そんな事はないよ。俺が自分の気持ちに気付いていなかったら、怜の言う通りになっていたかもしれないし。俺も逆の立場だったら、怜と同じ事を考えていただろうしな。それに俺だって、あの時は怜に凄く失礼だったと反省している。だから気にしないでくれ。」

握っていた手を離し、宥めるように優しく髪を撫でる司に、怜は顔を赤くしながらもそっと胸を撫で下ろした。


「因みに、怜は好みの男性のタイプとかはあるのか?」

司の質問に、怜はきょとんとした顔になった。

「いえ、特にありません。」

「本当に?料理が出来る男性の方が良い…とかは?」

「恋愛や結婚をする気がなかったので、考えた事もありません。」

「…そうか。」


真顔で即答する怜に、司はほっとしたようながっかりしたような、複雑な心境になった。怜の条件に自分が当て嵌まらないといった、危惧していた事態にはならなかったものの、怜に好かれるにはどうすれば良いのか、未だに分からないままだ。小さな溜息を漏らしつつ、司は車を発進させた。


好みの男性のタイプ、か…。


少しばかり気落ちした様子の司を窺いながら、怜は考えを巡らせた。基本的に怜は自分の事が好きではない。自分の長所は勉強と仕事と節約を頑張ってきた事くらいで、短所は人間不信を含め、論えば切りがなかった。そんな自分が嫌いな短所を含め、自分を丸ごと受け入れ、好きだと言ってくれる人はいるのだろうか。そんな人がもし仮にいるとするならば、その人がタイプだと言えるのかもしれないと思う。


司さん達は、ある程度の事を話しても、ドン引いて疎遠になるどころか、何故か親しくなりたいとか言われたけど…。


怜は唇を噛んで項垂れた。一番肝心で、重くて、暗くて、醜くて、自分が思い出したくもない部分は、まだ話していない。否、誰であろうと話す気になどなれなかった。こんな自分でも友達になりたいと言ってくれ、共に時間を過ごそうとしてくれる人達でも、流石にこの事を知れば引いて離れて行くのではないだろうか。少しだけでも知ってしまった、明るくて楽しく、優しくて温かな満ち足りた一時は、今はまだ手放したくないと思ってしまう。必要がないなら、言わなくても良いのなら、ずっと胸の内に秘めておきたい。例えそれが、自ら他人との間に壁を作っているのだと分かっていても。


…司さんは、私の全てを知っても、それでも私の事が好きだと言えますか…?


決して口に出す事のない心の声は、静かに怜の胸の奥へと消えていった。

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