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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
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何度でも

今回少し長いです。

司さん、心配してくれていたのに、悪い事しちゃったな…。


落ち込みながら休憩室に入った怜は、聞こえてきた明の声に顔を上げた。


「あ、ごめんね。連れが来たみたいだ。」

「えっ、あの女の人ですか?凄い美人…!」

「もしかしてお付き合いされているんですか?」

「違うよ。彼女はさっき隣に居た俺の友人が片思いしている相手。」


明の言葉に、再び怜の顔に熱が集まる。怜は明から少し離れた所に座り、手で扇いで熱を冷ました。


「怜ちゃん一人?咲はまだ女湯に居るのかな?」

二人組の女性と別れ、歩み寄って来た明が隣に座る。

「あ、いえ、一緒に上がって来ました。もうすぐ司さんと来られると思います。お待たせしてしまってすみませんでした。」

怜の返答に、明は疑問を抱いた。


咲と一緒に上がって、司とも合流したなら、何で一緒に来ないんだ?


「怜ちゃん、あいつらと何かあったの?」

「いえ、そういう訳では…。」

怜が返答に困っていると、咲と司が姿を現した。


「怜、大丈夫か?飲み物買って来たから、水分補給しておいた方が良いぞ。」

「あ…すみません。ありがとうございます。」


先程はあんな態度を取ってしまったにもかかわらず、相変わらず優しい司に怜は安堵した。だが受け取る時に手が触れただけでも思わず動揺してしまった自分に閉口する。早く平常心に戻らないと心臓に悪い。


「咲、あの二人に何があったんだ?」

怜の僅かな動揺を見て取った明は小声で咲に尋ねる。

「ちょっとね。さっき二人共焚き付けちゃった。」

何処か楽しげな咲の返答に、大体の予想がついた明も口角を上げた。


「ところであーくん、待っている間に何か収穫があったんじゃないの?」

咲がにやつきながら尋ねる。

「まあな。今日は三回声をかけられたけど、最後の二人はどっちも東京だったから、ちゃんと口説いておいたぜ。今度揃って店に来てくれるってさ。」

「流石。新規顧客二名様ゲットね。こっちは最悪だったよ。お店からは遠過ぎるわ意外としつこいわで。」

二人の会話に、司は溜息をついた。呆れてものも言えないとはこの事だ。


温泉施設を出た一行は、観光とショッピングを楽しみ、少し早めの夕食をとってから箱根を後にした。妹夫婦のマンションの駐車場で二人を見送った司は、後部座席を振り返る。


「怜、少し話があるんだ。助手席に移ってもらっても良いか?」

「あ…はい。」

怜は荷物を抱えて助手席に移った。


何か緊張する。話って何だろう。


シートベルトを手に取りながら、怜は横目で司を窺った。何時の間にかシートベルトを外していた司は、自分に向き直って真っ直ぐ見つめてきていて、怜は思わず視線を外す。バックルに差し込もうとした手を司に掴まれた怜は狼狽し、ベルトは音を立てて元の位置に戻ってしまった。


「咲から聞いたんだけど、俺の気持ちが伝わっていなかったって本当なのか?」

真剣な表情で自分の顔を覗き込んでくる司に、怜は思わず目を逸らして俯いた。掴まれた手が熱い。心臓がやけに煩くて言葉が出てこない。


「…本当、なんだな。」

無言を肯定と受け取った司が落胆した声色を出し、続いて息を吐き出す音が聞こえた。緊張と罪悪感で司の顔を見る事が出来ない。


「だったらもう一度言うよ。俺は、怜が好きだ。」

司の言葉に、怜は思わず顔を上げた。視線が司のものとぶつかる。熱を含んだ真っ直ぐな瞳から視線を逸らせず、心臓の鼓動が脳まで響いた。


「婚活が嫌になったから告白したんじゃない。怜に惹かれている自分に気付いたから告白したんだ。怜が信じられないと言うのなら信じてもらえるまで何度でも言うよ。俺は怜が好きだ。怜じゃないと駄目なんだ。」

司は怜の手を強く握り締めた。怜は先程から目を見開いて硬直したままだ。彼女に信じて欲しい。想いが届いて欲しい。そう願っていると、怜が目を伏せてぽつりと呟いた。


「…どうして、私なんですか?」

司は怜の顔を見つめた。俯いていても、思い詰めた表情をしているのが分かる。


「司さんの条件とやらに合う女性は、他にも沢山いらっしゃる筈です。司さんが探そうとされないだけで、それこそ私なんかよりも素晴らしい女性が必ず見付かると思います。…それに、私は表面上は取り繕う事は出来ても、中身は空っぽのつまらない人間なんです。人間不信を拗らせて、勉強とお金の遣り繰りと仕事の事しか考えてこなかったから、友人の作り方も遊び方も何一つ知らない。奨学金の返済だって残っているし、華やかな世界とは縁がない、司さん達とは住む世界が違う人間なんです。」

「そんな事はない!!」


声を荒らげてピシャリと言い放った司に、怜はビクリと身を震わせて司を見た。司は怜の手を力任せに引き寄せ、バランスを崩した怜を腕の中に閉じ込める。


「君は空っぽのつまらない人間なんかじゃない!仕事でもそれ以外でも、向上心を持って努力を惜しまない、尊敬に値する素晴らしい人間だ!知らない事はこれから学んでいけば良いだけだ!俺も咲も明も、君の内面の魅力に惹かれて一緒に居たいと思っている。俺にとっては初めて好きになった、唯一無二のかけがえのない女性なんだ!だから、住む世界が違うだなんて、そんな悲しい事は言わないでくれ!!」


逞しい腕に力強く抱き締められ、悲痛な声色が怜の脳内に響く。司の思いを体現するように力が込められていく腕に、呆然としていた怜は我に返って慌てた。


「つ、司さん、苦しい…。」

「あ、すまない…。」

司は腕の力を抜いて怜を見つめる。怜は司と目が合うとすぐに俯いてしまった。


「…怜、俺の言う事が信じられない?」

怜は答えられなかった。腕の力は抜けたとは言え、まだ司の腕の中から解放されていない状態だ。先程から心臓が未だかつてない程音を立てていて、頭に血が上って脳まで心臓になってしまったようで、何も考える事が出来ない。何か言わなければいけないと思うのに言葉が出てこなかった。

やがて司が小さく息を吐く音が聞こえた。


「…今は信じられなくても良いよ。何時か怜に信じてもらえるまで、これから何度でも、顔を合わせる度に怜が好きだって言い続けるから。」

怜はぎょっとして顔を上げた。司は穏やかな微笑みを浮かべており、その目は本気だと物語っている。それはまずい。非常にまずい。会社でも顔を合わせる度にそんな事を言われたなら、仕事が手に付かないに決まっている。


「あの、つ、司さん、顔を合わせる度…って、まさか会社でも仰るおつもりではないですよね?」

至近距離にある司の顔にしどろもどろになりながらも、怜は司に確認するが。

「そのつもりだけど?」

司に即答されてしまい、怜は更に慌てる。


「こ、公私混同です。セクハラに当たると思いますがっ。」

「じゃ俺の事信じてくれる?」

「なっ…!」

口をパクパクさせる怜に、司は口角を上げた。


「怜が俺を信じてくれるなら、俺も会社にいる時まで怜が好きだって言い続ける必要もなくなるけど?」

「そ、それって…、私が司さんを信じるか、それとも会社でも好きだと言い続けられるか、どちらか選べと仰る訳ですか?」

「そう言われると人聞きが悪いけど、極論を言えばそうなるのかな?」


爽やかな笑顔を浮かべる司に、怜は信じられないものを見た気がした。商談の場で交渉術の一環として司が用いる時の笑顔だ。いや、あの笑顔よりも一層性質が悪い気がする。だとしたら今の自分は勝ち目がない。司の腕の中に閉じ込められ、至近距離から顔を覗き込まれているこの状態では、冷静さと思考力を取り戻せる訳がない。しかも司は返答を促すように、愛しい者を見るような目をしながら怜の髪を優しく撫で、ゆっくりと顔を近付けてくる。


「わ、分かりました!司さんの事、信じますから、離してください!」

パニック寸前の怜の叫びに、司は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう。」

司はもう一度だけ怜の身体をぎゅっと抱き締めてから名残惜しそうに解放した。最後の抱擁のせいで半ば放心状態になっている怜の分までシートベルトを締めてから車のエンジンをかける。


ず…ずるい…。絶対こんなやり方、反則でしょう…!


未だバクバク言っている心臓を必死に宥めながら、怜はおそらく耳まで赤くなっているであろう顔を両手で隠し、膝上の荷物に顔を突っ伏したまま硬直していた。

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