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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
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27/67

写真

翌週の日曜日、司が運転する車の中で、助手席の明と後部座席の咲と怜はババ抜きに興じていた。


「やった、上がりっ!」

怜に最後の一枚を取らせた咲が歓声を上げる。怜は揃ったカードを除いて手札は残り二枚。明の手札は一枚だ。


「さて、どっちが当たりかな?」

明の指がわざとらしく怜の手札を行ったり来たりするが、怜の表情は微動だにしない。

「こっちだ!」

明が勢い良く引いたカードはジョーカーだった。

「げっ、またかよっ!」


思わず吹き出した咲の笑い声が響く中、明は悔しそうに手札をシャッフルする。明が差し出した手札を怜が一枚引き抜くと、明の手元にはジョーカーだけが残された。


「私も上がりです。」

怜が手札を場に置き、明はがっくりと肩を落とした。

「くっそー、また最下位かよ…。怜ちゃん一対一になったら絶対負けないよな。ずるいよそのポーカーフェイス。」

明がカードを掻き集めながら口を尖らせる。

「無表情には少々年季が入っておりますので。」

「そんなものは無駄に鍛えなくて宜しい。」

明と怜の遣り取りに、司と咲は失笑した。


「でも怜は、最近表情が少し豊かになってきたよな。」

「私が…ですか?」

司の言葉に、怜は目を丸くする。


「ああ。仕事では相変わらずだけど、オフの時は少しずつ表情のバリエーションが増えているよ。この前笑っていた時は凄く可愛かった。」

バックミラー越しに笑いかけた司に、怜は戸惑った様子で顔を赤くして俯いた。


「私もお兄ちゃんに賛成!そしてもっと色んな表情の怜さんを見たい!」

「俺も。」

「…そう言われましても…。」

にこにこと笑いかけてくる咲と明に、怜は困惑する。


「よし、怜ちゃんが動揺している間に再戦といくか。」

明がシャッフルを終えたカードを配り始める。

「あ、ずるいです明さん。」

一瞬で真顔に戻った怜に、咲と司は苦笑した。


「ババ抜きも良いけど、そろそろ景色も気にして欲しいな。」

司の言葉に三人が顔を上げると、前方に雪を被った富士山の頭頂部が見えた。


「わあ…。」

怜が思わず感嘆の声を上げる。


「おー、見えてきたな。でももうちょっとかかるだろ。一応気にしておいてやるから、何かあったら教えてくれ。」

素っ気なく答えた明は、カードを配り終えて手札の確認を始める。


「いちいち腹の立つ奴だなお前は…。」

「今はこっちの方が大事なんだよ。よし、次こそは勝ってやる。」

確認を終えてやる気満々の明に、咲と怜は顔を見合わせて苦笑を漏らした。


明がムキになっている間にも車は順調に進み、やがて目的地の箱根に到着した。少し早いが、軽めの昼食をとる。老舗蕎麦屋で店の落ち着いた和の雰囲気と、窓から見える川景色を楽しみながら、自然薯を使った蕎麦に舌鼓を打った。


昼食を終えた四人は、再び司の車に戻る。

「司、怜ちゃんは助手席に乗ってもらった方が良いんじゃないか?」

「ああ。俺も今それを言おうとした所だ。」

明と司の会話に、怜は小首を傾げた。


「今日は箱根をドライブしながら景色を楽しんでもらおうと思っているんだ。助手席の方が良く見えるからね。」

司が怜を振り返って微笑む。

「明さんは、宜しいのですか?」

遠慮がちに尋ねる怜に、明は笑って頷いた。


「私は怜さんの隣が良かったんだけどなー。」

若干頬を膨らませている咲に、明は苦笑する。

「来る時はずっと隣だったんだから良いだろ。今くらいは司に譲ってやれよ。」

「はーい。」

明にぽんぽんと頭を撫でられ、咲は多少なりとも機嫌を直したようだ。


箱根新道の山道を移動した後、絶景ポイントが多いと言う芦ノ湖スカイラインに入る。料金所でいきなり綺麗に見えた富士山に驚きつつ、山道と青空のドライブを楽しんでいると、途中のレストハウスがある駐車スペースで司が車を止めた。外に出た怜は、眼前に広がる芦ノ湖と山景色に目を輝かせる。


「凄く良い景色ですね…!」

感嘆の声を上げて振り返った怜に、司は顔を綻ばせた。景色に見入る怜の隣に立って、一緒に芦ノ湖を眺める。


「俺はこういう自然の風景を眺めるのが好きなんだ。何時でも無条件に感動するし、悩み事とか嫌な事があっても、眺めているうちに凄く小さな事のように思えてきたり、何時の間にか忘れたりするしね。」

司は怜の横顔をちらりと見遣る。彼女の方はどうだろうか。二月末の箱根はまだ寒いが、楽しんでもらえているのだろうか。


「分かります。自然の風景って、癒されますよね。」

隣の怜と視線が合う。ふわりと微笑みを浮かべた怜に、司の胸は高鳴った。喜びと安堵で顔の筋肉が緩んでいくのが自分でも分かる。


「お兄ちゃんと怜さん、何か良い雰囲気だね。」

デジカメで写真を撮りながら、咲が小声で明に言う。

「そうだな。偶には二人にしておいてやるって言うのはどうだ?」

「うーん。でも怜さんと一緒に景色見たい…。」

ぶすっとする咲に、明は苦笑する。この分では、司の恋路もまだまだ前途多難のようだ。


「怜さん、お兄ちゃん!こっち向いて!」

咲の声に、二人は向き直る。写真を撮った咲は、少し不満顔で歩み寄って来た。


「怜さんって、やっぱりカメラ向けられると真顔になっちゃうね。さっきまで凄く良い顔して笑っていたのに。ほら。」

咲が数枚の写真データを見せた。一枚は今撮った、芦ノ湖をバックに微笑む司と真顔の怜のツーショット写真だが、それ以外は司に柔らかく微笑みかける怜がツーショットやアップで写っている。


「へえ、良く撮れているな、咲。」

司が目を細めて写真に見入る。

「この前リズニーランドに行った時の写真を見たら、怜さんの写真は全部真顔だったんだよね。笑っている所を写そうと思ったら、結局隠し撮りみたいになっちゃった。」

咲が苦笑して怜を見遣る。


「私、こんな顔していたんですね…。」

ぽつりと呟いた怜に、三人の視線が集まった。目を細めて楽しげに微笑んでいる自分の写真を、怜は意外そうに見つめている。


「後で怜さんにも写真送るね!」

「はい。ありがとうございます。」


デジカメを咲に返した怜は、何だか少し面映くなった。鏡だろうが写真だろうが、何時でも自分で見る自分の顔は無表情でしかなかったが、あんな表情もしていたのか、と新たな自分を発見出来た気がする。司が言っていた表情のバリエーションとやらが、漸く少し分かった気がした。


「咲、俺にもその写真のデータを送ってくれ。」

「お兄ちゃんは一枚五百円ね。」

「安い買った。」

「…司さん、その写真どうされるおつもりですか?」

お金を出してまで欲しがる意味が分からず、怜は恐る恐る司に尋ねる。


「ん?怜があまりにも可愛いから、スマホの待ち受けにしようと思って。」

「止めてください恥ずかしいです肖像権の侵害です。」

「どうしても駄目?」

「駄目です!」


司の笑顔の圧力にも負けず、顔を赤らめながら即答で断固拒否する怜に、明は腹を抱えて大笑いした。

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