少しずつ
次のアトラクションは、簡潔に言えば暗闇を進むジェットコースターだ。立ち話が弾んだからか、意外と待ち時間は短く感じられ、気付けばもう少しで乗れる所まで来ていた。
「お兄ちゃん、怜さんと乗りたい?」
小声で訊いてきた咲に、司は目を丸くした。
「ああ。良いのか?」
「本当は私がずっと怜さんと一緒に乗りたいけどね。でもさっきのお兄ちゃんの顔見ちゃったから、ちょっとは譲ってあげる。」
咲はそう言ってにんまり笑う。
「怜さん!今度はお兄ちゃんが一緒に乗りたいって。」
「あ、はい。分かりました。」
何でもない事のようにさらりと答える怜に司は少々気落ちしたが、それでも気分は高揚していく。
「司、怜ちゃんは右側に乗せた方が良いぞ。」
明の耳打ちに、司は振り返った。
「何でだ?」
「このアトラクションは右カーブが多いんだよ。左側の方が遠心力の影響でスリルがあるから、初心者の彼女には向いてないって言うのと…あと左側に座ればカーブの度に彼女がくっついて来てくれるかもしれないって言う下心。」
司は半ば脱力しながらも、明に礼を言った。自分達の番になり、司は助言通り最後尾の前の列、右側の席に怜を乗せる。くっついて来てくれるかどうかは兎も角、…いや実現してくれると嬉しいが…、初心者の彼女にはあまり怖い思いをさせたくない。
「ラッキー、一番良い席に座れた!」
咲の声に後ろを振り返ると、苦笑する明の隣で最後尾の左側に咲が御満悦の表情で座っていた。ジェットコースターは最後尾が一番スリルがあると言われる。このアトラクションでは左側の方がスリルがあるのなら、咲が座っているのは一番怖さを感じる席という事になる。
勿論、人によるだろうが。
ジェットコースターは思ったより浮遊感や落下感は少なかったが、旋回が多くて横揺れが激しかった。隣の怜は安全バーを始終しっかり持って衝撃に耐えていたようだ。暗くて良く分からなかったが。
「大丈夫か?怜。」
ジェットコースターが停止し、立ち上がった司は怜に手を差し出した。
「あ…はい。ありがとうございます。」
素直に手を掴む怜に、司の心臓は跳ね上がる。自分の手よりも小さくて細い怜の手は、すべすべしていて柔らかかった。ジェットコースターを降りた彼女は、一見大丈夫そうだが、足元が少し覚束ないようだ。司は怜の手をぎゅっと握り直す。
「あの…司さん?」
怜は戸惑った表情で見上げてくる。
「足元、少しふらついてる。次はちょっと急ぎめで移動しなきゃならないから。」
パスの指定時間に間に合うよう少し駆け足で移動する間、司はずっと怜の手を握り締めていた。
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パスを効率良く使いながら、午前中は司の予想通り、絶叫系ばかりを巡り歩いた。
「怜さん、絶叫系はどうだった?」
レストランで昼食をとりながら、咲が怜に尋ねた。
「そうですね。別に苦手ではありませんが、わざわざ怖い思いをする為に好んで乗りに行こうと思う程ではない…と言った所でしょうか。」
「そっかー。」
怜の返答に、咲は残念そうに笑う。
「咲さんが乗りたいのであれば、午後からもお付き合いしますよ。」
「ううん、私が行きたかった所は午前中で殆ど行けたし、私達は前にも来た事あるから。次は怜さんが行きたい所に行こう。」
「そう言われましても…。」
困ったようにパンフレットを見ていた怜は、少し目を見開いた。視線が一点で釘付けになる。
「何処か行きたい所、見付かったのか?」
隣に座っていた司は、怜が手にしているパンフレットを覗き込んだ。
「あ…はい。」
パンフレットをテーブルの上に置き、怜が指差す場所に三人の視線が集まる。指先にあったのはアイスクリームショップだった。
「ぶはっ!!」
明が思わず吹き出した。
「リズニーランドで一番行きたい所がアイスの店って…怜ちゃんやっぱ面白いわ。」
クックッと笑う明に、怜はじとりとした視線を送る。
「いけませんか?」
「いや、いいよ。食べ終わったら行こう。デザートに丁度良いじゃん。」
明はそう言いながらも、肩を震わせ笑いを堪えていた。
昼食を終えた一行は、怜が示したアイスクリームショップへと移動する。店は外も中も白を基調とした洋風の豪華な建物だ。
店内には数種類のアイスクリームが展示されていた。怜は少し悩んで冬季限定のキャラメルとラムレーズンのダブルを、咲はチョコレートとストロベリーのダブルを、明はバニラを、そして司はアーモンドを注文する。
「お兄ちゃんがアーモンドって珍しいね。こういう時は大抵バニラを選んでいたのに。」
「まあな。」
司は適当に答えながらアイスクリームを受け取り、四人はテーブルに着いた。
「怜、アーモンド少し食べるか?」
自分のアイスクリームを差し出す司に、怜は目を丸くして戸惑った。
「色々な種類を食べるのが好きなんだろ?」
司はにっこりと笑って勧める。
「…じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ。」
怜は司のアイスクリームを掬って口に入れる。思わず口元を緩ませた怜に、司も顔を綻ばせた。
なーるほど。こういう事だったのね。
二人の微笑ましい様子に、咲も思わず頬を緩ませた。
「司さんも、召し上がりますか?」
律儀な怜は自分のアイスクリームを差し出してくる。
「ありがとう。」
司は破顔してダブルのアイスクリームを少しずつ貰った。
「怜さん、私のも食べる?」
咲と怜はアイスクリームを交換し、一口ずつ口にしてまた元に戻す。
「怜ちゃん、俺も。」
明が差し出したバニラを掬い、お返しにと自分のアイスクリームを差し出した怜の手首を司は掴んで止めた。
「怜、明にはやらなくていいから。」
「酷いな司。俺だってキャラメルとラムレーズン食ってみたいんだけど。」
「お前はいつもバニラしか食べないんだから、それで十分だろ。どうしても食べたければ買って来い。」
「アイス三つも食べろって言うのかよ。腹壊すだろうが。」
「怜が五個食べても壊さなかったのは、お前も知っている筈だ。」
何やら険悪な空気になってきた二人に、怜は咲を見遣った。咲は悠然とアイスクリームを味わっている。
「止めなくて良いんですか?咲さん。」
「いーのいーの。この二人はこれでいて楽しんでいるんだから。」
「はあ…。」
睨み合う二人に怜は視線を戻す。そう言われてみれば、二人共どことなく楽しそうに言い合いをしている気がしなくもない。これが親友というものなのだろうか。長年友と呼べる存在がいなかった自分には良く分からないと複雑に思いながら、怜は溶けてしまう前にとアイスクリームを食べ進めた。




