夢の国
翌週の日曜日、司は車で朝早くから雪原と妹夫婦を迎えに行った。車の中である程度の予備知識を教わり、開園時間と同時にリズニーランドに入場した。明が全員のチケットを預かってパスを取りに行っている間に、三人は別のアトラクションに並ぶ。
「怜さん、何処か行ってみたい所はある?」
咲に訊かれた雪原は、パンフレットを見ながら少し考える。
「…いえ、こういう所は初めてなので良く分かりません。副社長は何処かありますか?」
振り返る雪原に、司は苦笑した。
「俺は何処でも良いよ。…それより、頼みがあるんだけど。」
「はい、何でしょう?」
雪原は後方の司に向き直る。
「今日は仕事を離れて遊びに来ているんだし、副社長は止めてくれないか?出来れば名前で呼んで欲しいんだけど。」
司の頼みに、雪原は目を丸くした。
「…では司さん、で宜しいですか?」
司は思わず顔を綻ばせる。
「ああ。俺も怜、って呼んでいい?」
「はい。どうぞご自由に。」
満面の笑顔を見せる司に、咲は口元を緩ませる。
お兄ちゃんのあんなに嬉しそうな顔、久し振りに見たなー。いつも女の人相手だと不機嫌そうな顔しかしてなかったのに。
久々に見る兄の気持ちの良い笑顔を、咲は微笑ましく思った。
「お待たせ!パス取って来たぜ。」
明が合流し、各自にチケットとパスを配る。
「あーくんありがと!流石、割と早い時間帯で取れたね。」
「ああ。休日だから前来た時より混んでるけど、まだ朝だから次のパスもすぐ取れるぜ。これ乗り終わったら二回目のパス取りに行って来る。何処に行くか決まったか?」
「二人共何処でも良いって。混んでるならこっちをパスにした方が良いかな?」
パンフレットを見ながら明と咲が計画を立てる中、列が進んで順番が回ってきた。
「怜さん、一緒に乗ろう!」
咲は怜の手を引いて二人掛けの先頭席に陣取った。
「ジェットコースター初めてだよね?先頭の方が怖くないから、まずは体験してみよ!」
絶叫系が好きな咲は、アトラクションの楽しみ方を嬉々として怜に解説していく。
「折角のリズニーランドなのに、何が悲しくてお前の隣に座らなきゃならないんだ。」
前から二番目の席に座りながら、明が不満を漏らす。
「それはこっちのセリフだ。俺だって隣は怜が良かったよ。」
不貞腐れていた明は、司の言葉に口角を上げた。
「へえ。俺がパスを取りに行っている間に、ちょっとは親しくなったみたいだな。」
「まあな。ついでに協力してくれる気があるなら、次はちゃんとお前の嫁を捕まえておいてくれ。」
「出来るかどうかは、兄のお前が良ーく知っているよな?」
「…ああ。でもこのままだと、今日一日ずっとこの組み合わせになるぞ。」
「…それは勘弁願いたいな。切実に。」
そんな事を言っている間にジェットコースターは動き出す。次々に襲い来る浮遊感や落下感や遠心力に振り回されながらも、司は前方の怜が気掛かりだった。彼女は楽しめているのだろうか。後ろからだと様子が分からない。
「あー!楽しかったー!」
晴れ晴れとした表情で降りた咲は、怜を振り返る。
「怜さん、初めてのジェットコースターはどうだった?」
「…何だか、まだ足元がふわふわします。」
怜は目を丸くしたまま答える。
「怖くなかったか?気持ち悪くなったりはしていないか?」
司は怜の顔を覗き込んだ。
「いえ、それは大丈夫です。」
しっかりした怜の返事に、司は胸を撫で下ろした。
「良かった!じゃあこの調子でどんどん行ってみよう!」
二回目のパスを取りに行く明を送り出し、咲は先頭を切って次のアトラクションへ向かい始めた。この様子だと、咲が好きな絶叫系ばかり巡る事になりそうだ。幸い怜は大丈夫そうだが、彼女が無理をしていないか気に掛けてやらないと、と司は心に刻む。
次のアトラクションには、既に長蛇の列が出来ていた。
「あー、やっぱり結構並んでいるね。」
「ああ。でも思ったより早く乗れそうだな。終わったらすぐ一回目のパスを使いに行けば効率が良いんじゃないか?」
咲と司の会話を聞きながら、前方の行列を呆気に取られて見ていた怜は、ちらちらとこちらを振り返る人が多い事に気付いた。
まあ、無理もないわね…。
「お待たせ!」
明が合流し、再びチケットとパスを受け取りながら、怜は同行している三人を見た。サラサラの茶髪に涼やかな目元で高身長のクール系イケメンに、彼に勝るとも劣らない高身長ではっきりした二重まぶた、短い黒髪で適度に鍛えられた身体のスポーツマン系イケメン。そして胸まである茶髪を緩くふわりと巻き、色白でぱっちりした大きな目が印象的な可愛い系美人。これだけ揃えば、人目を引くのも無理はない。おまけに、彼らは皆日本を代表する大企業の御曹司に御令嬢だ。
何で私、こんな住む世界が違うような人達と一緒に、一生縁がないと思っていた場所に来ているんだろう…。
先程の影響がまだ残っているのか、足が地に着いている感覚がしない。周りを見回しても酷く現実感がなく、これは夢だと言われてもすぐに納得してしまいそうで。夢の国とはよく言ったものだと、怜は内心で独りごちた。