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西条家にて

翌日、出社した司は、雪原の首元に贈ったネックレスが着けられている事に気付き、心底胸を撫で下ろした。昨夜は良く眠れなかった事を看破した雪原が、コーヒーにマドレーヌを添えてくれた事も、司の顔を綻ばせた。西条家の夕食の招待も、戸惑いながらも了承してくれた。

昨日は拒絶こそされたものの、嫌われている訳ではないようだ。その事を励みに、司は週末まで、雪原からの婚活の勧めに心を切り裂かれる思いをしながらも、必死に仕事に打ち込む事で何とか耐え抜いた。


そして日曜日。

雪原と最寄り駅で待ち合わせた司は、共に西条家を訪れた。明と咲の住まいは最寄り駅から徒歩五分程度の距離にある、オートロック式マンションの最上階の角部屋だ。


「お兄ちゃん、怜さん、いらっしゃい!」

玄関の扉を開けて出迎えた咲は、雪原を見るなり「あー!」と不満げな声を出した。


「怜さん、また伊達眼鏡かけてる!外した方が絶対良いよー!」

咲の言葉を受け、雪原は眼鏡を外して髪をほどいた。司は目を丸くする。


「咲、お前雪原君の眼鏡が伊達だって知っていたのか?何時からだ?」

「え?最初に会った時からに決まってるじゃない。伊達眼鏡かどうかなんて、見ればすぐ分かるし。」

あっけらかんと言う咲に、司は舌を巻いた。流石はお洒落好きの咲だと言った所か。…いや自分が鈍いのか?


「さ、どうぞ上がって!」

リビングに通されると、皿を並べていた明が出迎えてくれた。

「明、いつも世話になるな。」

手土産の赤ワインを差し出すと、明は嬉しそうに受け取った。

「咲さん、つまらない物ですがどうぞお受け取りください。」

雪原の手土産を受け取った咲は、満面の笑顔を見せた。どうやら咲の好きなチョコレートだったらしい。


「お兄ちゃんも怜さんも座ってね。」

咲に促され、司は雪原の左隣に座る。向かい側に明、その左隣に咲が座った。

シャンパンで乾杯を済ませ、司は改めて食卓を見る。焼きたてのパン、香ばしい匂いのローストチキン、綺麗に盛られた魚のムニエル、色鮮やかなサラダ、具沢山のスープ。そのどれもが手作りのようだ。


「咲、これ全部お前が作ったのか?」

「全部じゃないよ。サラダはあーくんが作ってくれたし。」

「ふーん。割と美味いな。料理下手のお前が成長したもんだ。」

「三年間毎日作っていれば、それなりに上達するわよ。お兄ちゃんはどうせ外食か市販のお弁当かインスタント食品でしょ?少しは食生活にも気を遣わないと、生活習慣病まっしぐらよ。」

「ちゃんと野菜が入っている惣菜も選んで買っているから問題ない。」

「…一応は気を遣っているのね。」

呆れたように司を見遣った咲は、向かい側の雪原に向き直る。


「怜さんどう?お口に合うといいんだけど。」

「とても美味しいです。このパンもご自分で作られたんですか?」

「良かったー!そうなの、最近パン作りに嵌まっているんだ。これが結構楽しくて!」

「凄いですね。パンは自分で作った事がないので、今度作ってみたいです。」

「本当!?是非作ってみて!私もまだ簡単な物しか出来ないんだけど、このパンの作り方はね…。」

咲と雪原は暫くパン談義に花を咲かせ、司と明は料理に舌鼓を打ちながら、それを微笑ましく見守っていた。


「怜ちゃんは自炊しているんだ。偉いね。司と同じくらい忙しいのに。」

殆ど食べ終えてしまった明が、赤ワインを口にしながら言う。

「その方が食費を抑えられますから。自分が食べられさえすれば良いので、味の保証はありません。」

それでも食べてみたい、と司は思う。時折雪原が副社長秘書室で手製のお弁当を食べている所に出くわすが、何時見ても彩りが良くて美味しそうだった。


「怜さんは小さい頃からお料理していたの?」

咲の質問に、一瞬雪原の手が止まった。

「…そうですね。」

雪原は何食わぬ顔で返答したが、言葉を濁している事に気付いた司は目を見開いた。


もしかして困惑している?でもどうして?


「…雪原君は小さい頃、どんな子供だったんだ?」

「…年齢の割には、大人びていると言われた事があります。副社長はどのようなお子さんだったのですか?」

折角水を向けたのに、質問で返されてしまった。


「お兄ちゃんは小さい頃から真面目だったよー。頭も良くて勉強も出来たし。でも優しくはなかったな。私の相手をする時はいつも嫌そうにして、文句ばっかり言っていたんだよね。まあ何だかんだ言っても、ちゃんと面倒は見てくれていた訳だけど。」

「咲、俺の話はいいから。」

苦り切った表情で咲を窘めると、咲はペロッと舌を出した。


「俺は雪原君の話が聞きたいな。子供の頃の話とか、プライベートの事とか。」

再び話を振ると、雪原は口角を上げ、射るような視線を送ってきた。彼女独特の威嚇する笑顔だ。警戒心の強い、野良猫のような目をしている。


「…私に興味を持って頂くのは、二ヶ月後にして頂きたいと申し上げた筈ですが。」

「俺にとって二ヶ月なんて、もう何の意味もない。」

司は雪原に向き直った。


「俺は君に惹かれている。もう何をしていても、誰と会っていても、君の事しか考えられない。あと二ヶ月、君を想いながら婚活をした所で結果は目に見えている。俺は君じゃないと駄目なんだ。…だから、君の事を教えてくれないか。君が恋愛に興味がないと言っていた、その理由を知りたい。俺が君に好かれる可能性が僅かでもあるのか分からないと、俺はこの先どうしたらいいのか見当も付かないんだ。」

司の熱意のこもった懇願に、雪原は険しい顔をして俯いた。沈黙が場を支配する。


「…怜ちゃん、話せる所まででも良いから、司に話してやってくれないかな。そうしないと、こいつは前に進めないんだ。俺達に聞かれたくない話だったら、俺達は席を外すから。」

雪原に優しく語りかけた明は、咲を促して席を立つ。


「…いえ、その必要はありません。」

項垂れたまま雪原が発した声に、三人は思わず瞠目した。全ての感情を押し潰したような、低くて重い声だった。


「副社長は今まで、明さんに色々ご相談されていたのでしょう?でしたら、席を外して頂いた所で同じ事です。いずれ副社長が私の話した内容をお二人にご相談されるのであれば、今ここでご一緒にお聞きください。その方が手間が省けます。」


ゆらりと顔を上げた雪原の生気のない表情に、三人はこぞって息を呑んだ。


「お話し出来る所まではします。」

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