咲の我が儘
今回少し長めです。
同窓会の日。
司は雪原経由で明から指示された通り、十八時にWEST銀座店を訪れた。
「いらっしゃいま…司さん!!」
女性店員が目を輝かせて寄って来る。よく覚えていないが、この間の新年会にいたうちの一人だろう。
「今日は何かお探しですか!?良かったらご案内します!」
「いや、明と待ち合わせているんだが。」
「支配人とですか?ですが支配人は今日、お休みで…。」
店員が戸惑っていると、奥から男性店員が顔を出した。
「いらっしゃいませ、最上様。お久し振りですね。支配人でしたら先程到着しております。どうぞ、応接室までご案内致します。」
先導する店員に付いて行き、エレベーターで最上階に上がる。通された部屋は司も時たま世話になるVIPルームだ。賓客はその部屋でカタログを見、気に入った服があれば持って来させて、続きの小部屋で試着する事が出来る。
だが重厚なソファーの側には女物の鞄があり、何点か若い女性向けの商品らしき服がハンガーラックに掛かっている。どうやら女性の先客がいると思われるのだが、本当に居ても大丈夫なのだろうか。
「おー来たか、司。」
戸惑っている司に後ろから声が掛かる。振り向くと、明がニヤニヤしながら扉に寄り掛かっていた。瞬時にこの二週間分の怒りが蘇り、司は思わず大股で歩み寄る。
「お前!!この二週間、何で電話に出なかった!!」
胸元を掴み上げようとするも、おそらく察していたであろう明に軽くかわされる。
「だって電話に出ていたら、お前思いっ切り怒鳴り散らしていただろうが。」
「怒鳴り散らすような事をお前がするからだろう!雪原君を同窓会に強制参加させた挙句、俺への連絡は全部雪原君越しでしやがって!彼女に迷惑はかけないんじゃなかったのか!?」
「かけてないだろ。同窓会への出席は彼女もあっさり了承したぜ。お前にも別に構わないって言っていたんだろ?お前への伝言も彼女に同窓会の連絡をするついでに頼んだだけだし。彼女が迷惑だって一言でも言ったのか?」
司はぐっと言葉に詰まる。確かに明の要望に対し、迷惑に感じるかどうかは雪原次第だ。
「…言っていない。」
「だろ?電話を無視した事は謝っておくが、用件については咲や怜ちゃんを通して聞いているし、そこまで怒られる謂れはない筈だぜ?」
相変わらずニヤついている明が面白くなく、司は憮然とした表情で睨み付ける。
「司。お前、何でそんなに怒っているんだ?」
まるで自分の心情を全て見通している、とでも言わんばかりに明が見据え、司は唇を噛み締める。
何故こんなに苛立っているのか、だと?…確かに、明は別に雪原君に迷惑をかけている訳ではない。…今の所は。直接連絡が取れなかった事は腹立たしいが、用件はちゃんと咲や雪原君を通して…。
そう思った時、司は自分の苛立ちが増幅されるのを感じた。
何だ?俺は何にこんなに苛立っているんだ?
「あ!お兄ちゃん来てたの!?」
その声に振り向くと、咲が小部屋から出て来ていた。司はハッと我に返る。
「おい!先客は女性だろう!?取り敢えず出る!」
「ちょっと待て司!まあ見てみろって。」
明に体を向き直させられ、司が小部屋に目を遣ると、奥から一人の女性が出て来た。サラサラの黒髪は肩まで零れ落ち、二重の切れ長の目元は涼しげで、理知的な印象を醸し出している。グレーのシンプルなセーターは体にピッタリとフィットして女性らしいスタイルを際立たせ、黒のプリーツスカートと合わさって、彼女の持つクールな雰囲気に上品な華やかさを添えていた。
「…副社長?」
女性が目を丸くして出した声に、司は聞き覚えがあった。
「雪原君か!?」
司は唖然として彼女を見た。いつも髪は一括り、眼鏡に黒のパンツスーツの彼女が、髪型と服を変え、眼鏡を取っただけで、こうも印象が変わるものなのか。目の前に居る彼女はモデルだと言われても納得してしまうくらいのクール系美人で、自分の秘書と同一人物だとはにわかには信じ難い。
「ねー!言ったでしょ、絶対もっと綺麗になるって!」
咲が得意満面の笑顔を見せる。
「ああ、咲の言った通りだ。怜ちゃん凄く可愛いよ。」
明が雪原に微笑み、雪原は恥じ入ったように俯きながら礼を言う。
「怜さんってば美人でスタイルも良いのに、いつもそれを隠していて勿体無いと思っていたのよね。一回怜さんの魅力を全部引き出してみたかったんだけど、こんなに何着せても似合うとは思ってなかったわ。本当、久し振りに遣り甲斐のある人見付けちゃった!」
楽しそうな咲の言葉に、雪原に見惚れていた司は我に返る。脳裏を過ったのは、この前の飲み会の帰り、咲が雪原に絡んでいた光景だ。
「咲。まさかとは思うが、お前雪原君で着せ替え人形の如く遊んでいたんじゃないだろうな?」
「失礼ね、遊んでいたなんて。彼女により似合う服をコーディネートしていたと言って欲しいわ。」
咲は口を尖らせる。
この際言い方などどうでも良いが、雪原が咲に付き合わされていたのは確かなようだ。
「雪原君、その…。その服凄く似合っているよ。でも咲に付き合わされて、迷惑じゃなかったか?」
俯いている雪原に恐る恐る訊いてみる。
「あ、いえ…。確かに、お店に着くなり咲さんにこの部屋に案内されて、色々な服を着る羽目になった事には驚きましたが、迷惑と言う程では…。」
雪原が言葉を濁している。いつも率直な意見を言う彼女が言葉を濁す時は、大抵困惑している時だ。司はキリ、と唇を噛む。
「怜ちゃん、咲に付き合わされて疲れたろ。お詫びにその服、俺がプレゼントするよ。」
明の言葉に、司と雪原は目を見開いた。
「そんな…困ります!こんな高価な服頂けません!」
「遠慮しないで。咲の我が儘を叶えてやりたくて、二時間早く呼び出したの俺だから。それに、義兄がいつもお世話になっているから、そのお礼も兼ねて。」
「ですが…っ!」
雪原に微笑みかける明に、司はヘッドロックをかませて耳打ちする。
「おい明、何を企んでいる。」
「痛えな。何の事だよ。」
「とぼけるな。絶対何か下心があるだろう。彼女にプレゼントする事で断り難くして、変な条件を押し付けるつもりなんじゃないのか。」
「酷えな。俺は純粋にあの服が彼女に似合っているから着て貰いたいと思っているだけだよ。咲の我が儘に付き合わせた挙句、自腹で服を買わせるなんて可哀想だろ?」
確かに、と司は雪原をちらりと見遣る。彼女のクールで理知的な雰囲気を引き立てつつ、女性らしさも品良く演出している服は、本当に彼女の為にオーダーメイドされたかのようだ。このままこの服を店の商品に戻すのは惜しい。
「…だからって、俺をプレゼントの理由に使うな。」
司は明を解放し、雪原に向き直る。
「雪原君。その服、俺にプレゼントさせてくれないか。」
「副社長!?」
雪原は再び目を見開いた。
「妹の我が儘に付き合わせたお詫びと、いつもお世話になっているお礼。特に今は、俺の事情で雪原君を色々と振り回してしまっているから、その償いとして。」
「ですが…っ!」
「是非そうさせてくれないか。その方が、心苦しい今の状況より、俺も気が休まるんだ。」
雪原は司の目を見る。優しく微笑みかけるその目は確固たる意思を秘めており、雪原は溜息をついた。こうなった時の副社長は、梃子でも動かない。その事を二年間側で見てきて熟知しているから。
「…分かりました。」
「ありがとう。本当に良く似合っているよ。」
申し訳なさそうに項垂れる雪原に、司は笑顔を見せた。その側で、妹夫婦が目配せし、笑い合った事を二人は知らない。
切りの良い所までを一話としているので、今回少し長くなりました。
大体同じくらいに揃えたいと思っているのですが、難しいですね。すみません。