条件再び
週明け。
「おはようございます、副社長。金曜日はお疲れ様でした。」
「おはよう。金曜は付き合わせてしまって悪かったね。」
出社した司は雪原と挨拶を交わし、副社長室の席に着く。
「週末は如何でしたか?」
雪原が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、先日の婚活の成果を報告する事が、最早新たな日課となりつつあった。
「相変わらず骨折り損のくたびれ儲けだったよ。」
「そうでしたか。お疲れ様でした。」
そして毎回、同じ会話を繰り返している。
「副社長、来週の土曜日は何かご予定はありますか?」
珍しい雪原の質問に、司は顔を上げた。
「来週の土曜日?特になかったと思うが、どうかしたのか?」
疑問に思った司が問い返す。
「明さんから、その日に大学の同窓会を計画しているとご連絡を頂きました。副社長がご参加出来るなら、人を集めてくださるそうです。」
雪原の返答に、司はカップを持つ手に思わず力が入ってしまった。
「…何であいつ、大学の同窓会の連絡を直接俺にじゃなくて雪原君経由にしたんだ?」
彼女に言っても仕方がない、と思いながらも、司は言わずにはいられなかった。表情がこわばっているのが自分でも分かる。
「明さんが開催する条件として、私もゲストで参加する事と仰っていました。」
「あの野郎!!」
ガチャリ、と乱暴にカップを置いた司は、即座にスマホを取り出し、明に電話する。だがコール音は鳴るものの、一向に出る気配がない。
さてはあいつ、出る気ないな!?
週末に雪原と連絡を取っていたのなら、今朝彼女が自分に連絡する事は予測可能だ。きっと今頃はスマホを手に、自分の名前が表示されているのを見て状況を悟り、ニヤついてでもいるに違いない。光景が目に浮かぶようだ。
舌打ちし、電話を切った司は溜息を吐く。
「雪原君、すまない。また迷惑をかけてしまっているな。近日中にあいつを捕まえて、もう君を巻き込まないように言っておくから。」
そう言いながら雪原を見ると、彼女は目を丸くしていた。
「…私は別に構いません。ですので、そのように怒られなくても大丈夫です。」
「あ、ああ…。驚かせてしまって悪かった。その…本当に構わないのか?」
「はい。お気になさらず。」
雪原は一礼し、身を翻す。
「あ、雪原君!」
「はい、何でしょうか?」
司が思わず呼び止め、雪原が向き直った。
「他にあいつから何か条件を出されていないか?嫌なら無理せずに断ってくれて構わないから。」
「いえ、今の所はそれだけですし、自分で対処出来ますので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
「…そうか。それならいいんだが…。」
一礼して部屋を出て行く雪原を見送った後、司はスマホに目を遣った。おそらくこの様子だと、明は同窓会当日まで自分とは直接連絡を取らず、雪原を介するつもりだろう。司は唇を噛み締めた。
やはりあの時、あいつの条件を飲むべきではなかった。彼女を飲み会に出席させなければ、せめて連絡先の交換など絶対にしないように言っておけば、こんな事にはならなかったかも知れない。これでは今後、もし明が彼女に無理難題を押し付けていたとしても、俺がそれを知る術がない。彼女の事だから大丈夫だとは思うが、唯でさえ俺の問題に彼女を巻き込み、散々迷惑をかけてしまっているのに、これでは彼女に負担をかける一方じゃないか…。
司は自分の愚かさが腹立たしかった。
明の奴。せめて来週の土曜日、同窓会の時に会ったら、一発ぶん殴ってやる。
物騒な思いを抱きながら、その日、司は八つ当たりするように、通常の倍程のスピードで仕事を片付けていった。
雪原はそんな司に呆気に取られながらも、最近の婚活の時間創出の為に溜まりつつあった仕事を、ここぞとばかりに司に回していった。
そして結果的に、それから本当に同窓会の日まで、司は明に直接連絡を取る事が出来なかったのである。