帰り道
暫くして飲み会はお開きになり、一行は店の外に出た。
「えーっ、司さん二次会行かれないんですかあ?」
「行きましょうよ~。もっと司さんとお話したいです~。」
相変わらず女の子に群がられている司を尻目に、明は雪原と咲を見遣る。
「ね~怜さん!今度絶対お店に来てよお~!怜さんスタイル良いから、服と髪形変えたら絶対もっと綺麗になるってば~!」
ね~いいでしょ、私に全身コーディネートさせて~!と雪原の腕に絡み付く姿は、何処をどう見ても性質の悪い酔っ払いだ。
やれやれ、と思いながら、明はスーッと息を吸い込む。
「はーい皆そこまで!司が困っているだろ。咲、お前もいい加減怜ちゃん離してやれ。怜ちゃんも帰るんだから。」
「なっ…!?」
声がした方を見ると、司が驚いたように明を見ていた。心なしか顔が引き攣っているように見える。
「あ?どうかしたのか?司。」
「…いや、何でもない。」
何でもない、と言っている割には憮然とした表情をしている司は放って置いて、明は咲に歩み寄り雪原の腕から引き剥がす。
「怜ちゃんゴメンね。でも俺も怜ちゃんが来てくれると嬉しいよ。前もって連絡くれたら咲とスケジュール合わせるからさ。」
「いえ、そこまでして頂く訳には…。」
「俺も連絡入れるから、怜ちゃんも連絡してね。」
さっきのお返しの意味も込めてにっこりと微笑んで見せると、雪原は「畏まりました。」と受け入れた。
「怜さん、絶対来てよ~!安くするからさ~!」
叫びながらブンブンと手を振る咲に雪原は一礼し、一行はそこで解散した。WEST組は二次会へと繰り出し、司と雪原は帰路に就く。
「…随分仲良くなったんだな。」司が独り言のように呟く。
「はい、お蔭様で。咲さんとは三年振りになるでしょうか。珍しく泥酔された社長をご自宅までお送りした時にご挨拶して以来ですね。」
そうじゃなくて…と思いながら、司は片手で頭を抑えた。
「あー…。その節は父が迷惑をかけてすまなかった。確か咲が結婚する直前の事だろ?」
「はい。普段は厳格で隙を見せない方だけに、それだけお嬢さんを大切にされているのだなと思ったものです。」
雪原が一瞬、表情を翳らせたような気がした。えっと思った司が目をしばたたくと、そこにはいつもと変わらない無表情の彼女がいる。
「…どうかされましたか?副社長。」
不躾な視線を送ってしまっていたのだろうか。雪原が怪訝そうに司に尋ねる。
「あ、いや…。そう言えば、明に何か気に障る事とか言われなかったか?」
司の言葉に、雪原は目を丸くした。
「…いいえ。特にそのような事はありませんでしたが。」
「本当か?途中で君が笑ったように見えたんだ。君があんな顔をする場合は、大抵何か相手を牽制したい時が多いから気になって。もしそうだったら遠慮なく言ってくれ。あいつにガツンと言ってやるから。」
その言葉に、雪原は口元に笑みを浮かべた。先程の威嚇する笑顔とは違う、優しい目元をしていた。
「ありがとうございます。ですが本当に大丈夫です。副社長に気遣わせるなんて、私もまだまだですね。」
滅多に見せない雪原の微笑みに、司は思わず見惚れていた。
「やはりお酒は飲むべきではありませんね。」
無表情に戻った雪原が自嘲気味に言い、漸く司は我に返る。
「え…雪原君、お酒を飲んだのか!?」
「はい。今日は仕事ではありませんし、偶には良いかと咲さんお勧めのカクテルを一杯だけ。」
司はこれまで雪原がお酒の類を口にする所を見た事がなかった。接待は兎も角、会社の飲み会でも酒に弱い、眠くなるからと誰に何を言われても断り、一切口にしない徹底振りだったのだ。
その雪原が酒を飲むとは、余程咲と、そして明と仲良くなった、という事なのだろうか。
司の腹の底にもわっとしたものが湧き上がり、澱む。
良い事である筈なのに、何故だろう。面白くない。
「ところで副社長、私の事を気にしてくださる余裕があったくらいですから、今日の飲み会は何かしらの収穫があったのでしょうか。」
雪原の問いかけに、司はぐっと言葉に詰まる。
「…いや、特にこれといった女性はいなかったような…。」
司の言葉に、雪原は溜息をついた。
「そうでしたか。残念です。ではこの週末に良い女性に出会えるよう、頑張ってください。」
釘を刺すような雪原の淡々とした言葉を聞きながら、司は自分でも知らないうちに眉間に皺を寄せていた。




