第二章 下弦の月①
きっと憑りつかれてしまったんだろうな。
体調不良を理由に長期休暇を出して来た帰り道、アキオが通っていたと言う保育園の前に、祥子はそんな事を思いつつ立っていた。
「アキオクン、いる?」
小声で言う祥子に、うんと返事が返って来た。
「タクちゃんやめて」
アキオの叫び声に入交、流れ込んで来た喩えのようがない悲しみが、ずっと胸に張り付いたままだった。
交通量が少ない道路。駅から歩いて来る間、自分の横を通って行ったのは、数えられるくらいの台数。こんな所でなぜ交通事故、と首を捻る祥子に、いつの間にか横に立つアキオが寂しい顔で、僕もそう思うと呟く。
「あそこから、いつもママが迎えに来るのを見てたんだ」
アキオが指差したのは、保育園を取り囲むように張り巡らされたフェンスだった。
丁度道路から、園庭が見える構図になっていて、色とりどりの帽子をかぶった園児たちがもう既に、思い思いの遊びを始めているのが見える。
バス通りから一本脇に入った道で、ポツポツと住宅と工場があるくらいで、だいぶ先までその光景は続いている。
「タクちゃんは、あそこに住んでいたんだって」
「そうなの」
「あくまでだけど、私は霊媒者でも何でもないの。頼られたところで何もしてあげられないわよ」
そう言われてもアキオの笑顔は崩れることはなく、階段を跳ね上がるように昇って行く。
祥子はそんな姿を幼い頃の雅春と重ねていた。
雅春がまだ3歳の頃、こんなアパートに住んでいた。
三輪車が好きで、上機嫌で乗り回しては笛付きサンダルを楽しそうに鳴らして、あんな風に階段を昇っていた。
ぎゅっと胸の奥を絞られるような痛みが、祥子の顔を歪ませ、次の瞬間、はっとして身構える。




